50億分の1の安全神話の果てに(「アメリカから見た福島原発事故」つづき)

NHKの番組ETV特集アメリカから見た福島原発事故」の続きです。
タイトルは前回に引き続き私の方で勝手につけてみました。
後半は、いよいよ、福島第一原子力発電所に移ります。福島の原発建設(GEのマークI導入)10年後のGE社で内部告発があり、その後大きな話題になったものの、安全性についての天文学的数字のみが、日本に引き継がれました。原発の重大事故の可能性は「50億分の1」で、無視してよいというラスムッセンレポートの内容は、その後、スリーマイル島の事故で、米国では疑問視され、安全性の見直し、検証が始まったにもかかわらず、です。
それでは、また、番組の内容に従ってメモを続けます。ブライデンボウさんの問題提起に対して安全だという論陣を張ったラスムッセン教授からでした。

政府の依頼でラスムッセン教授がまとめた報告書「原子力安全性研究・Reactor Safety Study」は約10億円の国家予算が投じられ、原子力発電所で起こる事故の可能性を研究。詳細な研究の結果、自動車や航空機の事故、竜巻やハリケーンなどと比較しても原発で人が亡くなるような重大な事故の可能性は極端に低い、5,000,000,000分の1という天文学的な低さだと発表。この報告の陰に隠れて、ブライデンボウさんの発言は議会で真剣に受け止められなかった。(↑最初の写真は日本版)
 
しかし、NRC(原子力規制委員会)の中で、ラスムッセンレポートを批判する人がいた。カリフォルニア大学バークレー校のキース・ミラー教授です。彼は数学の専門家でNRCの委員を務めていた。「原発事故で死亡するのは隕石に当たって死亡する確率より低いと言うのです。私は愕然とした。NRCでラスムッセン報告書は多くの人に支持された。不具合が起こる可能性は低くして、重大事故が起こる確率を驚くほど小さくした。そのために安全対策がどんどんおろそかにされていった。”ラスムッセン報告によれば事故の可能性が低いので安全研究の必要がない”と言うのです。ラスムッセン報告書は聖書のようでした。」

ラスムッセン報告は日本にも紹介され、多くの原子力関係者が参考にした。「原発は重大事故が起こる可能性が極めて低い」という考えが日本にも浸透した。

しかし、その後アメリカではラスムッセン報告が見直される一大事故が起こりました。1979年のスりーマイル島原発事故で、炉心溶融が起こる重大事故が起きました。死者こそ出なかったが、周辺はパニックに陥りました。原因は機器の故障に運転員のミスが重なった事、まさにミラー教授が警告した通りの事態でした。3年後になって漸く炉心内部の調査が可能になり、カメラを圧力容器の中に入れてみると、高温で溶け落ちた核燃料が瓦礫のように底に積み重なっていた。重大事故の可能性が低いとしてきたラスムッセンレポートは疑問にさらされた。

事態を重く見たアメリカの原子力規制委員会(NRC)は原発の安全性と対策の見直しを始めます。この時、NRCで総指揮をとっていたのが安全部長のハロルド・デントンさん。「当時NRCが運転許可を与えた原発で重大な事故が起きるとは思っていなかった。何重ものバックアップシステムがあるので大丈夫と思っていた。溶融すると言う確率は非常に低いと思っていた。スりーマイルではメルトダウンは起きたが燃料は圧力容器にとどまった。NRCは重大事故のリスク調査を行うことにしました。」


原発には格納容器と呼ばれるものがある。赤い色の核燃料を入れた圧力容器で万が一事故が起きて放射性物質が漏れ出しても、格納容器で閉じ込めるのがその役割です。一般には格納容器が大きい方が閉じ込める空間的余裕が大きいといわれている。
格納容器に注目して10年以上安全性を検証してきた研究者をニューメキシコ州に訪ねた。サンディア研究所の研究員だったケネス・バジョロさん。NRCの依頼を受けて炉心溶融メルトダウン)するとマークIの格納容器がどうなるかの実験や解析を繰り返し行った。「最大の問題は格納容器が小さすぎる事です。建設後に大きくすることはできません。補強工事などでは解決しない。最初から建て直す以外に”小さい”という問題は解決できません。炉心溶融が起こると水素が発生。スりーマイルのような大きな格納容器なら中で水素を処理できる。水素を少しづつ燃焼させればよい。それが大きな格納容器の特徴です。しかし、マークIの格納容器はとても小さい。重大事故が起これば水素の処理が大きな問題になります。マークIは構造上の問題を抱えている。」(図の左がマークI型、右がスりーマイルの原発
事故のとき原子炉では高温の核燃料と大量の水蒸気が化学反応を起こし水素が発生する。水素は圧力容器から格納容器へと流れ、外に漏れ出すと爆発の危険があります。実際、福島第一原発では1号機と3号機の建屋で水素爆発が起きた。
バジョロさん:「福島のことは大いなる悲劇です。非常に残念に思っています。その一方で、科学者として興味をひかれます。何十年もシュミレーションをしてきました。全ては理論上のことでした(not real)。事故の悲劇性と危険性にもかかわらず驚き(amazing)の連続でした。分析したとおりに事故が進んでいったのです。爆発は私たちの想定どおりに起きました。」


1989年、NRCはマークIの安全政策をまとめます。圧力抑制プールという仕組みはあるが、高い圧力にさらされる可能性を考えた、水素や水蒸気を逃がすための非常手段ベントを導入します。ベントとは、新たに付け足した配管で、コントロールしながら水素や水蒸気を外部に放出するパイプラインで、格納容器のふたが持ち上がったり、破損したという事態を避けるためです。しかし放射性物質を閉じ込めるための格納容器から放射能に汚染された水素や水蒸気を外に出すという矛盾した非常手段でした。
ハロルド・デントン(元NRC安全部長):ベントについて、「全ての問題を解決は出来ないが、役には立ちます。高まった格納容器の圧力をベントによって逃がす事ができる。放射性物質を大気に放出するが、より危険な格納容器の破損は免れます。在職中に40基の原発の運転許可を出した。”合理的な安全基準”は満たしていたからです。」
元GE原発部門幹部・サロモン・レビー:「マークIは電力会社に引き取られていてGEの所有物ではありません。マークIの(規制の変更による)設計変更にはGEの責任はないのです。確かにマークIを設計したのはGEですが、設計変更まではGEは責任を持てません。」
NRCがまとめた「安全性の検証と対策」にはアメリカならではの前提があった。実はマークIはアメリカの東部、地震ががほとんど起きない地域、地震津波が引き起こす事故のリスクが低いと考えられた地域にしかありません。
ハロルド・デントン:「アメリカのマークIに対する安全評価はそのまま日本に適用できない。NRCは地震が多発する地域のマークIの安全評価は行っていない。日本では地震津波が起きた時、マークIが安全かどうか調査する必要があります。アメリカのマーkIがある場所は津波は来ません。小さい波しか来ないのです。」
元サンディア国立研究所のケネス・バジョロさん:「1980年代、”マークIを廃止すべきか”真剣に検討しました。そして今も検討すべき課題です。特に地震の危険性が高い場所では真剣に考えるべきです。」
 
一方、地震が多い日本ではどんな対策がとられたのか?
日本には福島第一原発をはじめ10基のマークIが建設されている。アメリカで検証が始まると日本でも1987年から原子力安全委員会で重大事故対策が検討された。原子力安全委員会で重大事故の安全対策と安全指針をまとめてきた(原子炉安全基準専門部会部会長でもあった)村主(すぐり)進さんは、福島の事故の引き金となった電源喪失は考慮していなかったと言います。「日本でもマークIにベントを設置、という風な情報は入っています。全電源喪失・・・・というようなことは、しないようにするというのが普通です。それに対して、電源喪失した場合も考えなきゃいけないけれど、それは、確率的に低い、天文学的に低い。」
原子力安全委員会が1992年にまとめた重大事故に対する安全対策の報告書「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」の冒頭で、「日本では現実的に起きる事は考えられないほど発生の可能性は十分小さいもの」として、「原子炉施設のリスクは十分低くなっていると判断される」と記されている。そして、日本では重大事故が起こる可能性はほとんどないが、アメリカなどの対策にならいベントを自主的に導入する事を電力会社に促しています。


3月12日午後2時30分、ベント実施を確認 福島では安全委員会が想定していなかった電源喪失が起きた。炉心溶融から水素や水蒸気が大量に発生、ベントが行われた。しかし、ベントにはフィルターがなく放射性物質は放出されました。さらにベントのタイミングが遅れ、水素爆発を引き起こしたのです。
今回、事故ではもう一つ、日本の原発の安全対策の大きな欠陥が浮かび上がった。非常用電源の問題です。
非常用発電機は津波でほとんど使用不能に陥りました。海に近いタービン建屋の地下のほぼ同じ場所に置かれていたためにいっぺんに津波でやられた。(東電が非常用の発電機を1993年の増設の際1階から地下に移したというのは間違いで、元から2つとも地下にあったと17日付けでNHKの訂正がありましたので、カットしています)

バジョロさん:「信じられない過ちです。非常用発電機を同じ高さに置き、空気を取り込む配管も同じ高さにした。大きな過ちです。異なる高さに、多様にすべきです。多様性こそがさまざまな事故から原子炉の安全を守る最高の防御。多様性はもっと時間をかけて考えることです。もっと図面をひき、もっと調査をする。多様性のある安全装置はコストもかかります。しかし、もっと安全になります。福島の事故はマークIの格納容器だったので事態は悪化しました。しかし、発電機の設置場所のことが、より大きな過ちでした。」
アメリカの原発では非常用発電機は異なる場所に設置するのが原則。テネシー川沿いのブラウンズ・フェリー原発。福島と同じマークIが3基ある。ここでは非常用電源は8基あり、発電機はそれぞれ異なる4箇所に設置され、さらに防水扉が備えられている。


日本の原子力安全委員会は「安全上重要な設備は多重、多様にしなければならない」と指針を出していた。福島原発の地下にある2機の非常用電源の図面を見ながら先ほどの村主さん:「安全上重要な設備は多重、多様、そして信頼性がなければならない。信頼性とは共通原因の故障を避けること。」それなのにどうして?という質問に、「万が一の事があると思っていない。いいですか、M9というのは、過去、日本で起こったことがない。たとえば、隕石が落下するという事は確率的にはある。しかし、確率が低いから考えなくて良い。だから津波だって、M9の地震津波は、未曾有です。考えてなかったということ。」  つづく

もう少しですが、今日はここまで。