萱野三平とタイム・スリップ

ぽかぽか陽気の土曜の昼下がり、この間から気になっていた園芸店を訪ねて自転車で。
一周年記念で全品1割引きというチラシが入っていて、誰に聞いても知らないというので、出かけました。
国道を越えてこの辺りで南へ曲がってという処でバッタリ、古い知り合いと10何年ぶりに出会いました。手には花の苗!
やはり、この道筋で合っていました。「今、行ってきたところ、1年前にオープンした花屋さん」ということでした。
少し割高に思える苗でしたが、記念にと少し買ってから、今度は国道に出ないで反対側の廻り道を行くことに。
思い出しました! ここは萱野村の真ん中あたり、萱野三平邸が近いはず、やっぱり〜
閉じられている門に、土曜日は駄目なのかな〜と写真だけ撮って、少し行ってビックリ!
正門の西側が新しく整備されて大きな入口に。萱野三平の俳号を使って「涓泉亭(けんせんてい)」となっています。
覗いてみると受付にご近所のおばあちゃんらしきお二人がお話し中、挨拶して、パンフレットをもらって庭の方へ。

以前ここを訪れたのは息子が小学校の4,5年、カブ・スカウトに入っていて、親がデンマザーという世話役をしなければならないという頃なので、今から25年以上も前の事。屋敷は荒れた様子で、ここが忠臣蔵で有名な萱野三平のお屋敷と興味津津でしたが、畳の上で干からびたアブラムシが死んでいるのを見つけた子供たちが、「切腹しとる〜」と大騒ぎ、皆で大笑いしたことがありました。随分と立派に整備されて奇麗なお屋敷に生まれ変わったようです。パンフレットによりますと「平成3年に市に寄贈され、市が4年から長屋門・土塀の修復、管理棟(涓泉亭)の建設等整備にあたった」とのこと。

西日が射しこむ切腹の間には座像がありました。 ]

ここで、「萱野三平と赤穂事件」について、パンフレットでおさらいです。

   元禄14年(1701)3月14日松の廊下で浅野匠長矩=内匠頭、吉良上野介に刃傷、夕刻切腹赤穂藩上屋敷にいた三平、午後江戸を出発。赤穂へ向け駕篭にて早駆ける。3月18日、赤穂へ向かう三平達の早駕籠が西国街道沿いの萱野邸前を通過するとき、前日亡くなった母の葬式に会うも、そのまま通過、19日未明、赤穂に到着。
   赤穂城の開城後、萱野へ帰った三平は、大石内蔵助を中心とする仇討の一党に名を連ね江戸へ下ることを願うも、父重利は、三平を浅野家に推挙した大嶋家へ迷惑が及ぶことを思慮して、これを許さず。
   内匠頭への忠義と、父への孝行の板挟みになり苦悩した三平は、元禄15年(1702)1月14日、自刃し、27歳の生涯を閉じる。

辞世の句「晴れゆくや日ごろ心の花曇り」が刻まれた句碑は切腹の間の西側にあり、傍には柿の木が。


外に出て、しばらく行くと大きくて立派なお屋敷が。表札を見るとTとあります。私が卒業した中学校は、当時新設で、私達の学年から3つの小学校の卒業生が通うことになりました。Tさんは萱野の大きなお家のお嬢さんで、とってもハンサムな御兄さんがいらして、勉強が良く出来て、国立大学を出てお医者さんに、と聞いていましたから、裏に回ると医院の看板が出ているこのお屋敷はあのTさんのお家! 
お屋敷前の道を歩いていたら、お店が開いていたので、中へ向かって声をかけました、「Iさんのお寺はどちらでしょうか?」「T先生の前を左に折れて、国道との間に…」と教えて頂いて、歩いて行くと、また大きなお屋敷! 表札を見るとO。思い出しました。憧れの君、2年先輩のOさん!に違いありません。学年を超えてドッチボールやソフトボールで遊んでもらったこともあります。声をかけたくなりましたが、判る筈ないか・・・、と思いとどまって、お寺探しです。一回りしたら出てきました。  お寺の前です。表札を見たら、Iとあります。高校時代、I君は豊中高校でした。中学校で生徒会を一緒にやった者同士、男女2人づつ4人で、学校は違っても持ち回りで、学期ごとに会おうと決めていました。それでI君のお家へ寄せて頂いたことがあったのです。ここへ来たんだ〜と思いました。何年前? 15歳の時だから、丁度50年前です。
50年ぶり!?! 去りがたい思いで、自転車を押して歩いて通りに出ますと、先ほどの三平邸が。三平邸の正面を少し入った所にあるお寺だったんだ〜と。国道を越えて自転車に乗って帰途に。
Tさんも、I君も、O先輩も、あの頃すでにきっと百何十年も続く時間(由緒ある家柄)を背負っていたんだと感慨深い思いです。
何やら賑やかな音がして、人権センターあたりに人垣が。ボランティアスタッフさんに訊くとお宝祭りとか。
曲がり池に差し掛かる辺り、中学生の頃に見た景色がそのままポッカリ残ったようになっていました。
中学生の私がこの地域に入ったのはここまででした。
その先を通って、萱野村のI君のお寺へ一度だけ行ったのは高校生の時。
なんだか、タイムスリップして異次元空間の10代の頃をくぐり抜けてきたような不思議な感覚を体験してきました。