「ロシナンテス」と「ペシャワール会」

1ヶ月ほど前の事ですが、10月にあった小学校の同窓会で遠方から来られたO氏から、九州時代の高校の後輩がやっているというNPOの「ロシナンテス」を紹介されました。アフリカのスーダン共和国で医療を中心に活動を行っていて、彼の後輩で理事長の川原尚行氏がスーダン日本大使館の医務官を務めていた時、スーダンの現状を見て、一医師として何か出来ないかと2005年、外務省を辞め、スーダンで取得した医師免許のもと医療活動を始めた。2006年5月にNPO法人ロシナンテスを設立、8月にはスーダンにて国際NGOとして登録、現在に至ると、同封のパンフレットに書いてあります。詳しくはホームページを訪ねてみてください:http://www.rocinantes.org/
ロシナンテス?って聞いたことが・・・と思っていたら、由来が書いてあって、「ドンキホーテ」に出てくる痩せ馬の「ロシナンテ」から来ています。「一人ひとりは痩せ馬のロシナンテのように無力であっても、集まってロシナンテスになれば、きっと何かが・・・」という思いでつけたとあります。
O氏のお手紙では「言葉は悪いのですが 我が愛すべき『アホ』の一人です」と。
やっと一寸一息ついた先週あたりから、お返事をしなくてはと思っているところへ、ペシャワール会の会報が届きました。先日の忘年会で集まった一人、Sさんの長男さんは青年海外協力隊の一員として、アフリカのモザンビークの南端にあるマプトという町で今年初めての年越しです。遠い海外で世界の為に働く日本人がおられることに想いを馳せながら・・・会報の一部を紹介してみます。詳しくは「ペシャワール会」のサイトを訪問してみてください。http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/

まず中村哲さんの現地便り、
最大規模」の復旧事業と自然の恵みー大洪水の後始末はこの春までが勝負ですーより

みなさん、お元気でしょうか。
アフガニスタンは間もなく冬に入ります。河の水が急に下がり始め、例年のことながら、あちこちの取水堰の補修が必要な季節です。今年はまた特別です。
去る七、八月にアフガニスタンパキスタンを襲った「世紀の大洪水」は、あちこちに爪痕を残しました。災害直後は大きなニュースとして伝えられましたが、本当の後始末はこれからなのです。

でも、暗いことばかりではありません。「ガンべり砂漠開拓」は着々と進んでおり、今年は30ヘクタールに小麦畑が出現しました。周辺農家を入れると、100ヘクタールを超えていると思います。砂漠の面影は少しずつ消え、緑が広がっています。
かつての「死の谷」は、今や生命の躍動する場所となりました。鳥や昆虫たちの姿が増えました。牧畜や養蜂も、来年から始まります。大きな貯水池では、養魚も計画されています。遊牧民のメッカともなり、続々と羊の群れが集まってきます。
この光景は、どんな言葉にも優り、「平和」の何たるかについて、実感を与えてくれるようです。

猛々しい「対テロ戦争」も、ここでは作為的に思えます。私たちは怯えなくてもいいものに怯え、人に与えられた恵みを忘れがちです。武力で立つ者は、必ず武力で倒されます。もうとっくの昔に、戦争に関心がなくなりました。政治的に正しいかどうかは問題ではありません。ここでは日々の糧と天の恵みに感謝できることが、もっとも大切なことのように思えます。

アフガニスタンアメリカの対テロ戦争の最前線になっています。現地にいる中村哲さんからみると新たなジェノサイドにも見えるとも。タリバン勢力をこの世からなくす事は不可能とも。新たな憎悪と貧困の循環が絶たれない限り循環の輪が途切れる事はない。それに対して、ペシャワール会の事業は、不毛の大地を緑に変えて、確実にアフガニスタンの大地と人を変えています。

「事務局便り」から:

*雑誌「ニューズウィーク」の最近の調査によるとアフガニスタンでの戦争に関心を持つのは、米国市民の三パーセントだとのこと。いまや大半の市民の関心は「景気と雇用」に移ったという。「チェンジー」というキャッチフレーズで登場し「アフガニスタンこそが主戦場である」と宣言したオバマ政権は来夏より撤収を開始する。NATO軍も2014年までには撤収するという。かつての大英帝国が、三度の戦争でアフガニスタンを屈服させ得ず、ソビエトも十年の侵攻で疲れ果てて撤退した。イラクアフガニスタンの戦争で、アメリカと国際社会の何が、「チェンジ」したのか、ジックリ見てゆく必要がある。
*国際的な気流変動の中で、日本国がダッチロールのなかにあります。皆さん方の変わらぬご支援を受けて、来年の激流も乗り越えてゆきたいと思います。

各地でアフガニスタンでの活動を紹介する写真展も開催中。お近くの方は是非一度!
関西地区は来年の2月が大阪、3月が京都、4月が神戸の予定。詳しくはホームページで。