「第0次世界大戦」って?

週間天気予報では昨日(28日火曜日)が暖かい日の最後、それも午後から雨、ということで窓拭きのチャンス!
午前中は2階とサンルームのガラス窓を拭きました。 昼食後、NHKの番組のブログの下書きを打っていると電話が。
夫の山の行動食用にいつもクッキーを焼いてくださるSさんから。「年内最後の分、明日からご主人山でしょ、今から届けに行くから」とのこと。有難い事です。先日、そういえば、「年末年始、夫は山よ」と言ったかも。覚えていて下さったようです。お礼に何か…で、干し柿を包んで用意しました。
上がってもらって一緒にコーヒーを。お昼休みの夫もキーボードで遊んでいるところでしたので、3人で話している内に、大根や人参、ショウガのスライスなどを、魚の干物を作るネットで干すと出汁も吸って美味しくなるというお話。29日の夜から、大量の食糧を運ぶ事になっている夫には、軽くて美味しい食材作りの大ヒント。早速、「コーナン」へ行ってネットを購入、「ライフ」で野菜を買って、刻んで並べて、1日半干せば少しは水分も飛ぶでしょう。
さて、昨日、打ち込んでいた下書きです。 

27日(月)夜10時、見るともなくニュースからつけっ放しにしていたNHK、タイトルが「第0次世界大戦」
何のこと?と思っていると司馬遼太郎が描いた「坂の上の雲」の日露戦争というナレーション。
日露戦争が第0次世界大戦」ということ?と椅子に座りなおして見る事に。

これはとっても面白い番組でした。表向き戦争当事者は日本とロシアだったけれど、あの戦争は列強・覇権国家の代理戦争であった。20世紀は「戦争の世紀」、第一次、第二次大戦に引き継がれる1903〜4年の日露戦争こそ、戦争に明け暮れる世紀の幕開け、第0次世界大戦であったというものです。
新聞の番組欄では「日露戦争・列強の思惑▽独の野望、英の苦境▽中国進出のため日本を支援した米▽新史料・日露同盟案▽東進鉄道」。
さて、いつものように咄嗟のメモを頼りに内容をおさらい。誤りがなければいいのですが・・・

極東の東清鉄道からスタートします。ロシアのシベリア鉄道の末端、満州を走る鉄道です。中国人の外国勢力への反感は強く1900〜01年義和団事件が起こります。明治維新からまだ30数年の日本は国民国家の産声を挙げてよちよち歩きからやっと一人前になるかならずの頃。ロシアの南進は利益線である韓国を侵されるのではと神経質にもなります。外相の小村寿太郎は1900年7月、ロシアが満州を、日本が韓国をという満韓交換論を提唱しますがロシアのウィッテに受け入れられません。


1901年、英国でビクトリア女王の葬儀があり、そこでドイツのウィルヘルム2世は英国が同盟の相手国を探している事を知り、日本と英国との同盟を画策します。時あたかも情報革命の最中、情報は電信ケーブルで飛び交う。2週間後、ドイツの外交官がロンドンの日本大使館を訪れ、日英独の三国同盟を提案。英国は賛成するはずと持ちかけ山県有朋は乗り気。英国に真意を確認すると英国は同盟に好意的。覇権国家英国には事情があった。当時アフリカ南部でオランダと泥沼の戦争状態(南ア戦争)。中国でもロシアやフランスの進出に危機感をもっていたので、英国は日本の海軍力を期待した。1902年1月30日、日露戦争を想定して日英同盟が締結される。


独のウィルヘルム2世は、2月26日、英国に対して「日英同盟、おめでとう!」の電報。しかし、同盟締結を持ちかけるも、自国は同盟に加わらず。議会はフリーハンドを選択。時間をかければかけるほど独に有利と判断。ロシアは2ヶ月後、政策転換し、満州撤兵を決める。東清鉄道が完成する1903年10月8日までに半年ごとに3回に分けて撤兵すると宣言。極東での日本とロシアの衝突を注視している国が2つ。イギリスとアメリカである。アメリカは市場を海外に求めており、中国へ進出を図り、満州の門戸開放を望んでいたが、ロシアが障害であった。ルーズベルト満州が米の門戸開放に応じようとしないことに怒りをあらわにした。満州国王は「夷をもって夷を制す」で第3国の圧力を利用しようと1903年10月8日に米と通商条約を結ぶ。


小村寿太郎は2ヶ月前の8月18日、電報で「わが日本も同日に通商条約を清と結ぶ予定」と電報を打つ。米に同調し、米の外交的サポートを得るチャンスとした。1903年10月8日、日清通商条約を締結。日本が米に同調する姿勢を見せ、米は日露開戦の折には軍事的には出来ないものの、外交面で後押しすると日米共同歩調で清に門戸開放させたが、ロシアは全面撤退せず。実際には米は満州に入れず。


ロシアの公文書から新たな発見が。1904年1月10日付けの「日露同盟案」である。日露が戦っても得をするのはイギリスとアメリカであるという。この考えは小村寿太郎の満韓交換論に通じるものであるが・・・その後の資料はなし。1904年2月4日、御前会議。ロシアは平和のポーズだけ、全ての交渉を断絶と決定。1904年2月8日、日露戦争勃発。旅順で打撃を与える。


日露の開戦を待ち望んでいたウィルヘルム2世は3日後の11日に、ニコライ皇帝に手紙で激励? アメリカのルーズベルト大統領は2日後の10日、息子への手紙で「日本の勝利を喜んでいる。なぜなら、日本は我々のゲームをやってくれている(playing our game)」と書いている。満州の状況をケーブルで詳細に報告を受けていたルーズベルトは5ヵ月後の1904年7月、こう書いている、「日本は文明諸国の為の戦争をしてくれている、果実はアメリカに」。1905年8月、講和会議が米国のポーツマスで。9月5日、ロシアを追い払って、政治的、軍事的、経済的に満州の門戸開放が実現された。2ヵ月後、日本は大韓帝国保護国とし、満州の鉄道権益を手に入れる。しかし、これは、後に米国と対立する結果となる。


日露戦争の結果は極東だけでなくヨーロッパにも大きな影響が。ロシアと英仏が一緒になって、ドイツを包囲することになる。ウィルヘルム2世は窮地に陥りパニックに。9年後の1914年、ドイツはイギリスと戦い、第1次世界大戦。極東では1941〜1945年、日米開戦となり第2次世界大戦。日露戦争はヨーロッパだけが中心であった世界にアメリカと日本が加わって戦争の世紀の幕開けの戦いとなり、第0次世界大戦と呼ばれるに値する。

アメリカの西進については内田樹先生が「辺境論」にも書いておられましたが、東海岸からロッキー山脈を越えてカリフォルニアに開拓地を求めた「西進」は海を越えて中国を目指し始めていました。その薪炭水の補給地として日本に開国を求めました。明治維新はその黒船が切っ掛けでした。
しかし、日露戦争の解決をアメリカに頼った当時の日本に、その大きなアメリカの狙いをまだ読み切れていなかった。いずれ満州の権益を廻ってアメリカと衝突するはずという先を読めなかった。いま叉歴史は繰り返す。100年前と違って今はアメリカは経済的に中国と切っても切れない関係です。それを忘れないで日本とアメリカの関係を考える必要があります。中国に対して軍事的には日本を利用しながら、「果実」だけはアメリカに…が繰り返される?
 日経の27日のオピニオン頁に「領空侵犯」というコラムがあって、フランス人の歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏のインタビュー記事が載っています。<76年の著書「最後の転落」でソ連崩壊を予言、「帝国以後」で米国は衰退期に入ったと分析。近著は「自由貿易は、民主主義を滅ぼす」>と紹介されています。
で、この方の主張は「強大化する中国をけん制するため、日本はロシアと関係を強化すべき」で「北方領土問題は、両国が戦略的な関係を構築しようと思えば、必ず解決の道筋が見つかる」、「ロシアは日露戦争の敗北を脳裏に刻み、日本は第2次大戦の最後にソ連が参戦したことを許していない。過去の歴史ゆえに両国は合理的な判断が出来なくなっている。中国が台頭する中、両国には協調する必然性がある。」というものです。

 アメリカとの関係では、「現時点では日本にとって米国との同盟が重要です。でも、将来はどうか? 米国は今後、経済的にも軍事的にも衰えていきます。その一方で米国は経済を中心に中国との相互依存を深める。日米同盟は不安定になる可能性があります。日本にはもう1つの選択肢がある。核武装です。広島、長崎の悲劇を経験した日本の国民感情は理解していますが、核武装は他国の攻撃から国土を守るための手段で、平和のための道具なのです。」


 日経編集委員の質問「東アジア共同体構想は、独仏を和解させた欧州連合EU)のようになりますか。「アジアと欧州の状況はあまりに違います。ただ日本はロシアとの協調に加え、韓国、フィリピン、インドネシア、タイのような海洋国家群と連携を深めるべきです。それが中国の圧力に対抗する有効な方策になると思います。」


 中国については、「日本は非核国なのに、中国は核保有国。経済でも日本は高い技術の先進国なのに、中国は輸出や生産の規模は大きいが技術力は低い。中国は貧富の格差拡大などの弱点を抱えながら成長している。日中両国は何から何まで違い、均衡が取れていません。不均衡な関係は危険です。実際、中国は国内の不満をそらすために反日ナショナリズム利用しています。中国をけん制するには、地政学的に見てロシアとの関係強化が有効なのです。」

聞き手の編集委員の感想は:「ロシアとの協調と核武装はいかにもフランス人らしい発想だ。仏は隣の大国ドイツに対抗するためロシアと同盟を結んだ歴史を持つ。核抑止思想も独に何度も侵略された苦い体験から生まれた。仏独は今や最も親しいパートナーだが、日中は違う。日本は隣の大国とどう向きあうのか。将来を見据えた戦略が必要だ。」
日本の隣国と言えば、海のむこうのアメリカも中国も韓国も北朝鮮もロシアも隣りなんですね〜。
この仏人学者の提言は突飛に響きますが、過去に日本から「満韓交換」、ロシアからは「日露同盟」という考えもありました。
頭を柔らかくして、色んな視点で日本を見ると、意外な発想が浮かんでくるかもしれません。
過去の歴史も、今の視点で見てみると、意外な発見や教訓が・・・ということですね。