高校の同窓会と大阪金曜デモ(「青空学園だより」さんから)

昨日は高校の同窓会で梅田の新阪急ホテルに出かけることに。箕面の駅で年下の知り合いと会い、電車の中ず〜とお喋り。「お陰様で梅田まで楽しく来られました」と言われ、「こちらこそ」と言って別れました。
さて、5年ごとに開かれる同期会、前回欠席したので10年ぶりです。箕面から岡町の学校へ進学したのは10人ほど。私は小中と通学には苦労しなかったので、重いカバンを持って電車通学するのがとっても苦痛でした。中学3年間はソフトボールで過ごしましたが、高校では文化部のESSに入りました。部長さんがステキで聖書研究会もやっていて、初めて聖書を買いました。1学期の終わり、この部長さんが消えてしまいました。広島へ引っ越したということを聞きました。部長さんがお目当てだったクラブ活動でしたので続ける意味が無くなって辞めてしまいました。
それ以来、帰宅部です。箕面の田舎からレインシューズをはいてカサを持って、歩いて10分、電車で乗り換え20分、又歩いて10分。学校へ着くと豊中は雨が降っていなくて笑われたこともあります。言葉使いも都会言葉だし、文化が違うととまどいました。受験勉強たけなわの時代で、成績優秀者は張り出しがあった頃です。こんなの本当の勉強じゃないと思いつつ、本当の勉強をするためにはこれを潜り抜けるしかないとあきらめていました。いい子ぶりっこの長女だった私にも遅い反抗期が訪れ、鬱々とした暗い時代だったかもしれません。学校ではアメリカンポップスが流れ、授業の続きで絵を描いたり映画を見たり本を読んだり、暗いなりに楽しんでもいました。
卒業後は、箕面から一緒に通った今はカナダ在住のSさん、今も箕面で立体裁断を若い人たちに教え続けているMさん、宝塚へ今年も絵の作品を見に行ってお茶を飲んだWさん、就き合いがあるのはこの3人くらい。断捨離で高校の同窓会はもういいか…と思っていたところへ、「卒業50周年記念と古希を祝う会」で最後の同窓会という案内が来ました。最後なら行って見ようと会費を振り込みました。Wさんからお電話があり「あなたも行くと思って振り込んだわよ〜」「じゃ、そうする」なんてやり取りもありました。
昨日は、立派な冊子が用意されていて、3学年のクラス写真がありました。これは助かりました。50年経った顔はまるで分りませんが、50年前のクラス写真は記憶があれば甦ってきます。後は今のお顔に痕跡を探して修復作業を施しますと何となく面影が・・・。女性の中には、まるっきり変わっていない方もいて、これはこれでビックリです。
ずーとお世話をし続けていた方のご挨拶では、109名の参加があった今年を区切りに体調不良もあって世話役は降りようと思っていたけれど、今日の参加の感謝の”倍返し”で5年後もやりますというお話でした。そういえば、今からが必要な同窓会かも知れないと私も思い直しました。
そして今回は、隣りの組のSくんの息子さんが飛び入りでした。実は、5年前からの約束で、次回の同窓会では一席ということだったそうです。落語家の桂吉弥さん。同窓生のご子息でした。神戸大学を卒業した年、”先生”にならずに桂吉朝に入門。2004年のNHK朝の連続テレビ小説ちりとてちん」で私もその存在を知りました。昨日は直前のラジオの仕事を終わって、4時からの2つの仕事の合間に父親命令で同窓会で一席ということでした。さすがに、真室川音頭の出囃子のお話から本題の昔話へと流れるような話の運び方が素晴らしい。みんな大笑いの30分でした。各テーブルで写真撮影のサービスをして次の仕事へ。1971年ということですので、私の2人の息子の間の年生まれです。もう社会の中堅の子どもたちの親の世代になってしまっています。来年は古希の昭和19年生まれでした。帰り、2次会には参加せず、阪急百貨店でプレゼント用の買い物をして新装オープン2年を記念する飾り窓を見て帰りました。(写真は「秋のフラワーファンタジー」という飾り窓の作品の花と妖精たちです。)
◆「青空学園だより」さんのブログ「 金曜行動の日に(続)」では、金曜日大阪関電前の金曜デモのご報告とともに、いつもにも増して、様々な情報と運動の在り方について。
どれもこれも読んでみると、表には出てこないこの国の根元のところで起こっている大きな流れ、それも逆巻く濁流のようです。これを、伝えない日本のメディアについてはもう言っても無駄ですので、こうやってブログを読んでくださっている方たちに紹介することで広めるお手伝いができたらと思います。

福島の今 サイト『福島 フクシマ FUKUSHIMA』は福島の現実を伝える.(http://fukushima20110311.blog.fc2.com/)
▼最近の記事では,「汚染水より深刻 使用済み核燃料の取り出し――収束作業の現場からⅡ」、そして「汚染水流出 その危機の本質」が読むものに大きな問題を突きつける.(http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-89.html)
▼「もし今国会で秘密保全法が成立すれば,このようなサイトはどうなるか.」田中龍作ジャーナル原発は秘密指定される」(http://tanakaryusaku.jp/2013/10/0007995)
▽ここにもあるように,「原発関連の情報発信は秘密事項に指定され「福島 フクシマ FUKUSHIMA」のようなサイトは閉鎖の圧力がかかるだろう.もちろんそのときは,心あるものの連携で,圧力を受けたサイトを守り,閉鎖されればまた他で現れるような,そんなことまでの心づもりが必要な時代になってきた.もちろん,秘密保全法を阻止すべくいろいろな試みがなされているし,こちらもなし得ることはしたい.反対運動そのものが,次の段階をきり拓く.」
▼「若いスポーツマンへの広瀬さんの呼びかけ:『COUNTERPUNCH』に,「a letter to all young athletes who dream of coming to tokyo in 2020」(東京五輪を夢見る若いアスリートへの手紙)として「Some Facts You Should Know About Fukushima by TAKASHI HIROSE」(福島について知っておくべき事実,広瀬隆)が掲載された.」(http://www.counterpunch.org/2013/09/26/a-letter-to-all-young-athletes-who-dream-of-coming-to-tokyo-in-2020/)
▽「東京五輪の賛成反対はいろいろあってよい.しかし,事実として出来るのか,これが問題である.結論として言えば,開催は不可能である.そのことを広瀬さんは事実をもって語りかける.この手紙がもっともっと広がることを願っている.」

つづいて、「アメリカ国債のデフォルト問題」: アメリカ大統領と共和党の間で10月17日までに妥結が出来なければ,アメリカは国家として債務不履行国債の支払いは行えず,デフォルトに陥る.アメリカは現代のローマ帝国.崩壊をはじめたローマ帝国である.この間までは「凋落をはじめた」と言っていたのであるが,いまは「崩壊をはじめた」である.

そして、「日本国は600兆円ものアメリカ国債をもつ」: その米国債が「紙切れになることが現実の問題になっている.そのとき,誰がその責任をとるのか.福島の核惨事と同じである.誰も責任はとらない.そして日本はローマ帝国の崩壊とともに,紙切れとなった600兆円の塩漬け米国債を抱いて崩れるのではないか.「抱いて」と書いたが,実はアメリカ国債の証券は日本政府の手元にない.預かり証を渡されているだけである.アメリカもまた日本を信用していない.売られては困るのである.それに従順にしたがっている日本政府.

この米国債に手を付けようとすると政治家はどうなるか? 故橋本龍太郎元首相と故中川昭一元財務金融相を取り上げておられます。
中川昭一元財務金融相「変死」にちらつく米国の影>(http://ameblo.jp/hirokane604/entry-10386278047.html)を読むと、当時テレビのニュースの画面を通して中川氏の朦朧会見がオカシイ・アヤシイ?と感じたことがよみがえってきます。奥さんが「お酒ではなくて薬」と言ったという話も思い出しました。ぜひ読んでみてください。

最後に「運動の転機」として、こういう現実を変えていく運動について、小泉元総理の最近の脱原発について書いたうえで以下のように書いておられます。

これまでのように,政府に意見を言い,圧力をかけ,あるいは誓願し,政策を政府にやらせようとする運動,そして,政府のやろうとすることに対し、それに反対する運動.これがこれまでの運動であったし,実際のところ,何ごとも運動はそこからはじまる.しかし,安倍政権がTPPに反対と言って当選すれば賛成し,農業五項目は守るといいながら交渉がはじまればその約束も投げ捨て,出来てもいないコントロールができているといってそんな大嘘を平気でつく.安倍政権がこのように大嘘つきのあまりな政権になったのは,それだけ彼らの側に余裕がなく,アメリカからはせっつかれ嘘をついてでもやるしかやりようがなくなっているからである


そうであるのならば,われわれは安倍政権に何かを要求するのではなく,これを倒し,われわれ自身の政府をうち立て必要な施策をわれわれが実行する.そのような政治を実現する運動へ,舵を切ってゆかねばならないのかもしれない.これはまた,これまでのようにどこかで議会につながるような運動から,より直接民主主義的運動への転機でもあるその回路はまだ見出されていない.また,その前提となる「行動の統一・批判の自由」も運動の中に打ち立っているとはいいがたい.しかしいろいろなところにその芽がある.見守りつつその現場にいて考えるようにしたい.

▼全文はコチラで:http://d.hatena.ne.jp/nankai/20131011