「オバマ政権、日本にプルトニウム返還を要求」(何が問題?)


都知事選、著名な方たちが細川氏のホームページに写真とメッセージで支援を表明されています。
宮崎駿、ドナルド・キーン、瀬戸内寂聴菅原文太なかにし礼澤地久枝、福島菊次郎(1921年生まれの報道写真家)、画家の千住博吉永小百合、コーディネーターの加藤タキ(敬称略)・・・」
◎「細川護煕 公式ホームページ」:http://tokyo-tonosama.com/(支援の方の写真をクリックするとメッセージが)
◆1月27日の共同通信のニュースです。

【米、プルトニウム返還を要求】
オバマ政権が日本に  300キロ、核兵器50発分/背景に核テロ阻止戦略




 核物質や原子力施設を防護・保全する「核セキュリティー」を重視するオバマ米政権が日本政府に対し、冷戦時代に米国などが研究用として日本に提供した核物質プルトニウムの返還を求めていることが26日、分かった。複数の日米両政府関係者が明らかにした。
 このプルトニウム茨城県東海村の高速炉臨界実験装置(FCA)で使う核燃料用の約300キロ。高濃度で軍事利用に適した「兵器級プルトニウム」が大半を占め、単純計算で核兵器40〜50発分程度に相当する。

 日本側ではこれまで「高速炉の研究に必要」と返還に反対する声も強かったが、米国の度重なる要求に折れて昨年から日米間で返還の可能性を探る協議が 本格化している。 米側は3月にオランダで開かれる「第3回核安全保障サミット」を機に返還合意をまとめたい考えだ。

 オバマ政権は核テロ阻止の観点から、兵器転用可能な核物質量の「最少化」を提唱。2010年に初の核安保サミットを主宰した前後から、東海村にある日本原子力研究開発機構の FCA 用のプルトニウム331キロ(うち核分裂性は293キロ)を問題視し、日本に返還を求めてきた。

 英国産のプルトニウムも含まれているため、米国は英国の理解を得た上で日本から米国への「第三国移転」を図りたい考え。外交筋によると、日米英3カ国間でも政策調整が進められている。

 文部科学省などはこれまで「研究に必要。他では取れない良いデータが取れる」と主張。 日本は原発の使用済み核燃料の再処理によって 他にも約44トンのプルトニウム保有するが、「研究用のものと比べ不純物が多く、高速炉研究には使えない」(日本の政府系専門家)という。

 東京電力福島第1原発事故後、日本のプルトニウム消費の見通しが立たず、米政府は日本側に懸念を伝達していた。

 FCAは高速炉の特性を調べるため造られ、1967年に初臨界した。


◎このニュースを読んで、思い出すのは、3・12の福島原発事故後、当時野党だった自民党の石破氏が脱原発の世論の盛り上がりを恐れて?「核抑止力の為にも原発はゼロにはできない」と発言したことです。あの時点で原発を安全保障の問題として発言した人は石破氏しかなかったと思います。
このところの安倍政権、オバマ政権のメッセージを無視するかのような外交面での日本の右傾化。共同通信の解説、「背景に核テロ阻止戦略」に通じるものです。アメリカからすれば、「日本の安倍政権に核を持たせては危なくて仕方がない」という考えもありです。日本が世界的には北朝鮮と同じような国に成り下がるという私たち国民からしても情けない話ですが、アブナイ兆候は大ありで国民がそれを阻止出来ていないわけですから、アメリカが日本の特別扱いを警戒するのも解ります。(◇ニュースと背景の解説はコチラで:http://www.47news.jp/47topics/e/249732.php
◎このニュースを取り上げている三つのブログを紹介したいと思います。
◆一つは、「リュウマの独り言」さんの記事です。

 アメリカ大使館の Facebook で 「オバマ大統領」や「ケネディ大使」を 罵倒してきた 「ツケ」が 回ってきた。 「 日本は 少なくとも 5〜6ヵ月 あれば、 核武装できる 」 などと 平気で国民がいい、 先の大戦で 日本の力を 身に沁みてわかっているいるはずだ、と「アメリカ」を 恫喝する 「危険な民族」。 -- そう捕らえられても仕方がない。 --  その上、 都知事選でわかるように、 「先の大戦で、 日本は 侵略戦争をしていません。 私は 靖国神社に参拝します。」 などという 候補者(田母神氏=蛙)に 若い世代が 熱狂する。


 その内、 ポツダム宣言も、 東京裁判も否定するだろう。 第2次世界大戦を引き起こした その責任をとろうとしていない。 その点を追求されると、 「お前たちも同じことをやったではないか、 それ以上だ。 まず、 自分たちが反省せよ。」という 論理を振りかざす。 こんな危険な集団に 「原爆の原料」を 預けておくことは、 世界にとって 許されることではない。 だから、 なんとしても、 「兵器級プルトニウム」の引き上げは 実施されるであろう。

 
 もちろん、 この話は つい最近出てきたことではないだろうが、 時期を先延ばしにしてはならない、 そう アメリカは考えてくるだろう。 日本の 「原発推進派の方々」も、 使用済み燃料の保管場所に困っていることには そんなに異論はないわけだから、 反対ではないはずである。 わざわざ 「核のゴミ」を 引き取ってくださるといっているのだから … 



 ところが そうはいかない。 彼等は 「兵器級プルトニウム」を アメリカに引き渡すことに 賛成はしない。 「原発の最終的な目的」が 「兵器級プルトニウムの生産」であるのだから … だから、 もめているのである。

 これなしでは、 「中国と対等に渡り合えない」と 思っている。 「原発」を何のかんのと 稼動させたい (続けたい) 本当の理由だからである。 だから、 原発の停止が 国民にとって 「不利益」になると アナウンスする必要がある。 それも、 日常生活で …  そんなことなら、 少しの危険には 目をつむって、 「原発の再稼動を認めようか」 と 一般国民に思わせたい。 都知事選でも、 貿易赤字は 原発停止のせいだ、 という候補が必ず出てくる。


 その点を 「原発隣接地帯から」さんが 明快に 暴いている。 もちろん 「時事通信」以外のマスコミも 同様な事を言っているわけだ。 当然 「あなたの NHK」も 「国が『右』といっていることに、 『左』といえますか ?」 などと言いながら  さも、 原発停止にも 責任の一端があるように 伝えた。 引き算もできないらしい … <略>

◎続きは、「リュウマのパパ」さんのコチラ<アメリカが日本に 「兵器用プルトニウム」の返還を要求。  過去最大の貿易赤字の原因を 数量ベースで 増加していないのに 「原発停止」に求めるのは 「大いなるデマ」であろう。>で:http://ryuma681.blog47.fc2.com/blog-entry-962.html

◆◆もう一つは「あきつ・あんてな」さんの27日のブログ、<米国の「プルトニウム返還要求」と都知事選>です。「あきつ」さんは、このニュースについての加藤典弘氏(「敗戦後論」その他)の「プルトニウム返還要求の意味」という40に及ぶtogetterを一続きに読めるように編集されています。これは、なかなかの内容です。その中から後半部分をコピーしてみます。


今後は次の二つに一つしかなくなった。一つは、私が先の本で述べた道ですが、日本は今後、核燃料サイクルを放棄し、保持しているプルトニウムは何らかのかたちで国際社会の管理へと委ねる要請を行い、はっきりと核技術抑止政策の放棄を内外に宣言して、平和国家として、脱原発社会で進む。


もう一つは、アメリカとの信頼関係をなくした後、独自に、なおも核燃料サイクル、核技術抑止政策、原発維持を邁進する、孤立化の道です。


前者は、細川・小泉ラインが、脱原発に、さらに平和政策の採用をも併せもつ本格的姿勢を打ち出さなければ、もはや脱原発の政策的なインテグリティ(齊一性)をとれないことを示しています。


後者は、安倍ラインがこのままいけば石原慎太郎の「アメリカに『ノー』をいう」核武装へと進む可能性が強いことを示唆しています。今回の警告で、米は2018年の日米原子力交渉で「包括同意」方式の撤廃を主張する可能性が大きい。


日本がこれを認めなければこれが強烈な日米対立の発火点になります。数十年後、ここで「戻れなかったか」といわれる分岐点になりかねない。これまでこんなに投資してきた核燃サイクルと再処理を断念し、放棄できるかどうか、が政治問題になる。1905年の満州鉄道の経営権問題をめぐるハリマン(米)との対立を思わせます。つまり、今回のプルトニウム返還要求でいまや風前の灯となったのは、この二つの間の中庸のオプション、寺島実郎氏、遠藤哲也氏らがめざしてきた核抑止政策と核燃サイクルを保持し、日本の高度な核・原子技術水準、人材は確保しつつ、国際社会に発言権を保持しながら、核の平和利用にあくまでも徹するという道なのです。


私に言わせれば、そもそも、そのようなやわな弥縫策(核抑止を保持しながら平和国家としての声望をも国際社会に要求するという楽天的なよいとこ取り路線)は甘かった。


平和に徹する理念とか政策思想とかは人間の顔をした冷静な「信義」に基づかなければならない。やはり私の先に述べた平和立国論しかない。ここ20年ほどの日本の政治が抱えてきた危うさを、このたびの安倍政権のネトウヨ的暴走が明らかにしたのだというのが、私の考えです。


一言でいえば、日本はアジアに足場をもつ以外に生きていけない。そのためにはアジア隣国にしっかりと謝罪し、信頼を獲得する透徹した政治的な覚悟が必要です。と同時に、長期的なエネルギー政策とそれに連動するやはり長期的な経済政策(廃炉復興作業、国債問題への対処)が大事。また、米軍基地問題、原爆の投下をめぐる関係正常化を含む日米関係、それをささえる新しい外交的指針も必要となってくる。では誰がそれをやれるのか。あまり人が見あたらない。払底してしまった。


しかし、今回は、細川・小泉に条件づきで、一票か。これが私の見方です。


一方、米国の今回のプルトニウム返還要求の言い分はこうでしょう。安倍は暴走し危険になった。細川・小泉もあてにならない。石原、橋下、田母神は極右。翻って抑止勢力はいるか。民主はダメ、小沢はもう潰してしまった。やはり、あまり人が見あたらない。仕方がない、来る2018年の改訂に先立ち、プルトニウム返還要求という未曾有のかたちで、警告を行おう。――これは、先の「失望」よりも強い日本政治の劣化への「警告」です。しかし、NHK会長の会見を見ても日本の社会はそれを裏書きするばかり。せめて新聞メディアにしっかりしてくれ、といいたくなります。(終り)

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◎この後、「あきつ」さんは、「戦後の自民党政治が結末を迎えたということですね。自民も二つの方向に割れるしかしようがない。」と書いておられます。そして、都知事選について・・・全文はコチラで:http://d.hatena.ne.jp/amadamu/20140127/1390844974
◆◆◆「世相を斬る あいば達也」さんのブログ「プルトニウム300キロを返還せよ オバマ政権の複雑な意思表示が意味するところ」から一部:

 おそらく、オバマ米国政権の安倍政権に対する意思表示なのだろうが、安倍の本音は、そう思うなら思えばいい。我々はわが道を行く、と云う幼稚で短絡な開き直りが容易にできる資質を持っているので、ある意味で一層危険なシグナルになるリスクを包含している感じだ。安倍の頭や、側近たちの顔ぶれを眺めれば判ることだが、隷米思考と独立思考と云う両極が混在しており、グローバルな経済活動と国家主義的国家両立と云う“論理矛盾”は成立しうると思い込んでいるのだから、米国政府のシグナルは、安倍の国家主義嗜好(安倍の場合、思考ではなく嗜好)への依存を強くさせるだけではないのか。魚住昭氏の面白いコラムがあるので、参考添付する。

◎、この続きに魚住昭氏の記事を引用されています。これが解り易いかもしれません。


 安倍政権の「内在的な理由」を知りたい方は、都知事選に出馬予定の元航空幕僚長田母神俊雄さんの著書『安倍晋三論』(ワニブックス)をお読みになるといい。オビの文句は「自民党政権ではなく〝安倍政権〟でなければダメなのだ!」である。


 周知のように田母神さんは'08年、「我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣」という内容の論文を書いて航空幕僚長を更迭された。その翌年、明治 記念館での「タモちゃんの『お礼の夕べ』」に招かれた安倍さんは「田母神さんが言ってきたことは正しいんじゃないか。こんな雰囲気が段々出てきたのではな いか」と述べ、田母神さんに熱いエールを送っている。

  つまりふたりは政治的信条を共有する同志と考えていい。田母神さんの『安倍晋三論』には安倍首相のホンネがわかりやすく、しかもあけすけに書かれている。


 それを一言で表すなら、日本の軍事的自立である。軍事的自立とは「憲法九条を改正し、自衛隊国防軍として認め、在日アメリカ軍には『いままでご苦労さん』と言って出て行ってもら」い、武器輸出も解禁して軍需産業をさらに育成し、核兵器保有することだ。

 軍事的自立論には、大澤さんの言う「アメリカに愛されるためなら何でもやるという思考停止」はない。あるのは、いずれは日米安保体制を解消し、米中露などの列強に対抗して「限られた〝富と資源の分捕り合戦〟」(『安倍晋三論』)を勝ち抜こうという明確な意志である。

 核兵器はそのために必須のアイテムだ。特定秘密保護法も、大澤さんの言う「(米国に)愛されなくなったらおしまいだという焦りや不安」の産物でなく、「軍事的自立」のための情報統制に必要だから制定されたと考えたほうがいい。


 その文脈で安倍首相の靖国参拝も理解されるべきだろう。将来の戦争を遂行するうえで不可欠なのは、国家のために命を投げ出す国民全体の気構えである。その気構えをつくっていくことが対中・韓関係より重要だと判断したからこそ首相は参拝したのだろう。

  要するに、安倍首相も田母神さんも、気分はもう戦争なのである。彼らの当面の敵はやはり中国だろう。田母神さんは「これからも尖閣諸島に中国船が領海侵犯を繰り返すようなら、過激放水活動ではなく、〝穏やかな銃撃〟で沈めればいい」と平然と述べている。<中略>


  呆れるほど乱暴な議論である。しかも中国民衆への蔑視を隠そうともしない。こんな人が間違って都知事になったら、6年後の東京五輪は、日中戦争で中止された1940年の東京五輪の二の舞になるだろう。それが杞憂で終わればいいのだが、不吉な胸騒ぎがしてならない。 ≫(週刊現代1014.1月、2月号)

◇「あいば」さんの全文はコチラで:(http://blog.goo.ne.jp/aibatatuya/e/b1a9ed327f36cee09556c56f37e437a3
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