父の屏風とガンバ大阪とスケートと高山右近

土曜日、建具を残して工事終了。雨の昨日は、朝から片づけに精を出しました。元に戻したり、断捨離を決行したり。
襖・障子と一緒に届けられた枕屏風。
父に尋ねたら、5年生の時に、家にある屏風に描いたとか。
家は表具屋でした。
母の話では、金沢大学の受験を目指して浪人中に父親(私の祖父)が亡くなり、長男だった父は親戚の勧めで、大阪に出て働きながら夜学に通うことに。祖母は長男(父)が行ったきりにならないよう隣村からお嫁さん(私の母)を探してきましたが、結局大阪でサラリーマンに、表具屋は誰も継がずです。私は父の実家で祖母が幼い私のためにカレイの身をとってくれたのをよく覚えています。私が小学校低学年の頃、祖母もあっけなく亡くなりなりました。それ以後、父と母は戦争未亡人の姉二人の家族に対して長きにわたり実家の親代わりの長男夫婦の役割を十分果たしていたようです。
さて祖父存命中の10幾つの時に描いたのは、庭にあった木と花だと父が言います。真ん中のはイチジクの大木と椿とヒナギクと・・・

そういえば、私の記憶にある父の実家の中庭、真ん中に井戸があり、ろ過装置が置いてありました。その横に大きなイチジクがありましたが椿の木は覚えていません。
その家を継いでいた父の弟は50歳くらいで喘息で亡くなり、一人娘が嫁いでから母親も亡くなり、家屋敷は人手に。「つばくろ屋」という表具屋をやっていたという祖父の思い出の品は父が描いたこの枕屏風だけということに。
ガンバ大阪が7年ぶりの優勝です。サッカーの試合を初めて見たのがワールドカップバットマンマスクの宮本恒靖が活躍した直後の千里の万博記念サッカー競技場でした。実際にサッカーの試合を見たのは後にも先にもこれ一回。夫が出張で留守の時、奈良の友達と一緒に観戦、一泊してもらいました。テレビではわからないサッカー場の雰囲気に驚きました。夜の競技場はとても美しいものでした。ライトに照らされた芝生の上を一つのボールを巡って選手たちが左右に動き、大きな旗が振られ選手の動きにつれて歓声が沸き上がったり地響きのような歓声が起こったり。
テレビ観戦は、”見せられている”と感じました。それは、オーケストラの演奏やオペラやお芝居など、テレビ中継というものの良さであり限界でもあって、”生”と”テレビ”の大きな違いです。テレビはカメラのもの。カメラを通してしか見ていないということ。その代り、大写しありですし、見どころは見逃さないというメリットも。”生”だと、自由です。自分の見たい人をず〜と追ってみるのも自由。メインではない自分の関心のある部分を注目してみるのも自由ですが、アップはないし、肝心の部分を見逃すこともあります、それこそ自己責任です。
◎土曜の上海のフィギュアスケート。男子の最終組で事故があったのも驚きましたが、羽生君の演技にもびっくりしました。頑張りますね。体中の血がひっくり返るほど動揺してるはずなのに、5度も転倒しながら最後まで滑りきって2位。テニスの錦織圭さんといい日本の選手もすごい選手がいますね。
◎ところで、大河ドラマ、秀吉が亡くなって、2度目の朝鮮出兵は中止。いよいよ「鳴くまで待とうホトトギス徳川家康の出番です。信長と秀吉の失敗から学んで徳川幕府の構想が出来上がっていくその出発点が始まります。官兵衛にキリスト教入信をすすめた高山右近もこれからより一層過酷な運命が待ち受けています。その高山右近の話題です。来年、バチカンから「福者」に認定されるというニュースです。

高山右近を来年「福者」認定か バチカン高官ら示唆
バチカン=石田博士  2014年11月9日05時31分



 戦国キリシタン大名高山右近が、没後400年となる2015年に、カトリックで「聖人」に次ぐ崇敬の対象である「福者(ふくしゃ)」に認定される公算が大きくなっている。バチカンローマ法王庁)の高官が、日本の巡礼団に前向きな見通しを語った。バチカンで申請の代理人を務める神父も、来年中に認定される可能性が高いとの見方を示した。

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