ミニ忘年会を終わって・・・


昨日、金曜日は前日に比べると少し寒さも和らぎました。
我が家はこの日は近年最少のミニ忘年会でした。毎年声をかけている86歳のNさん、Nさんと二回り違うSさん、そしてSさんの8つ年長の私。火曜日にメールが入っていた山口のWさんは、NさんとSさんの間の同じ辰年生まれ。前日のお茶から帰ってからメールのお礼がてら、忘年会の件も伝えていましたので、電話をくださいました。丁度隣の母も座ってお喋りしていましたので、かかって来た電話に4人が出てお喋り、皆で5人?の忘年会になりました。今回は3人、夫をいれて4人なので、南瓜のスープにスペアリブのオレンジマーマレード煮、ブロッコリーとエリンギのガーリック炒め蒸しとミニトマトと野菜のサラダ、それにトーストパンの昼食を準備しました。Sさんはいつものようにパックに詰めて数種類のおかずを差し入れて下さったのでこれで何とかいけました。
90代から60代までの話題。男女の家庭での仕事について、母がしきりに一番若いSさんに男性でも料理をすることについて質問をしていました。Nさんの9つ違いの亡きご主人の馴れ初めのお話に母が「学徒動員で働いてらした?」「はい、そこで見初められて」という話にも。
母が途中で引き揚げて、その後、お終い頃に選挙の話に。朝日と産経を取って読み比べをされているNさんにして「今回の選挙は行かなかった。行っても一緒、安倍だから」に二人でビックリでした。もちろん健康状態にも問題を抱えておられて無理できなかったという事もあったようですが。
◎月曜日の姪っ子の話を聞いて以来、私も考えています。行かない若い世代を責めても解決にはならないし・・・。丁度その日、17日の日経の一面「春秋」コラムは、衆院選直前に、角川アスキー総合研究所ドワンゴが、20代を対象に政治意識調査をした結果についてでした。投票に行かないと決めている若者の理由の多くが、「投票したいと思う候補者がいない、政党や政策がない」という答えだったというのです。「春秋」欄から一部を:


▼ならば若い世代の望みはどこにあるのか。日本が目指す方向として20代全体でトップになったのは「結婚や子育てといった基礎的な人間生活が保障される社会」だ。以下、次の世代へ負担を与えない社会多様な価値観や考え方が認められる社会、と続く。それぞれの生活を、普通に送りたい。そんな堅実さが読み取れる。

▼政治的な話題への関心度では、消費増税先送りを筆頭に年金、雇用、医療・福祉など身近な話に4割前後が「関心あり」と答えた。アベノミクスはようやく6位。国際情勢や憲法改正に関心を持つ人は2割強だ。「政治家たちが訴えた争点と、20代の関心との間に齟齬(そご)があったのではないか」。調査担当者はそう分析する。

▼かつて衆院選投票率は、どの年齢も7割台近辺にあった。20代が他よりぐっと落ち込むのはバブル崩壊以降だ。政治の側に低成長世代の思いを汲み取る努力が足らなければ、今後もこの傾向は続こう。例えば今回、将来世代の負担減や年金問題をもっと正面から訴える党があれば、若者の心をひきつけたかもしれない。


◎若い世代も高齢者も、「投票したい人、政党がなかった」というのは当たっていますね。
7割近かった選挙と言えば政権交代を賭けたあの時の選挙でした。自民党ではダメだ。今の自民党よりまだマシだろうと民主党に賭けました。この頃は自民党支持者ですら一遍交代した方がと思ったくらいだったはず。ところが、官僚やムラの懐に手が入りだすと反発が強く、また民主党内も亀裂が入った状態で、仕掛けられた分断工作に乗っかる勢力もあって、ガタガタに。その間、野党に回った自民党は右旋回。右寄りの人達が安倍晋三氏を担ぎ上げる形で周到な作戦を。まずファンクラブを結成してマスコミ対策から。この時点で、メディア対策が成功してしまっています。そしてアメとムチを上手に使い分けながら・・・
そうやって民主主義的なものがどれだけ壊されていったか。NHKも各マスコミも首相との会食に顔を出して先進民主主義国家ではありえない癒着。情報が偏り、政権を批判する言論が無い処に正しい判断を下せる国民がいるわけない、というのは、戦前を見るまでもなく、お隣の北朝鮮を見ればわかります。北朝鮮より訳が悪いのは、国民全体に日本が北朝鮮状態にあるという意識がないという事です。ネットで情報を自力他力で漁っている者がどれほどいるのか・・・震災の被害を受けた人たちの今、原発事故の被害にあった人たちの今、放射能被害の実態は、放射線量は、海は川は湖は、米や野菜や果物は? いったい国として信頼できる対策をどの部署がやっていて、その正直な情報を一体どの部署が国民にむけて発信してくれているのでしょうか? 毎日がただ流されていくだけの日常で本当にいいのだろうか? 毎日が砂地獄みたいなこの頃です。
日本が北朝鮮といっても勿論やり方は誰の目にもわかるというやり方ではなく・・・「あきつ・あんてな」さんのブログ「ジャーナリズムが権力の幇間になるとき」をぜひ訪ねて見てください。「幇間」と言えば「太鼓持ち」=「ご機嫌取り」ですね。コチラです:http://d.hatena.ne.jp/amadamu/20141219/1419008653

◎ところで、昨日は、理研STAP細胞検証実験打ち切りの記者会見がありました。一人の有能な科学者を自殺に追い込み、小保方さんを理研から追放する結果になったこの事件。これも日本のジャーナリズムや組織の非人間性・非科学性を表して余りある事件でした。日本はオカシイです。理化学研究所の金曜(19日)の記者会見終了直後、検証実験の責任者である相沢慎一チームリーダーが再登場して突然の謝罪発言。「検証実験は、(小保方晴子研究員を監視するための)モニターや立会人を置いて行われた。そういう検証実験を行ったことは、責任者としてものすごく責任を感じている。研究者を犯罪人扱いしての検証は、科学の検証としてあってはならないこと。この場でおわびをさせていただく」。一体誰が24時間監視のもとに実験を行うなんて"研究者を犯罪人扱い"しての"あってはならない検証"を押し付けたんでしょう。
PS:◎「武田邦彦(中部大学)」さんのブログ「2014年12月21日 現代の宗教裁判(1) 論文には「正しいこと」を書かなければならない??」(http://takedanet.com/archives/1016049720.html

政権交代可能な野党…という点で、護憲や九条にこだわっていていいんだろうか?とか、脱原発がなぜ選挙で問われないのだろうか?とか、政権内部でリベラルな反乱が無ければ改革は成功しないんじゃないだろうか?とか、オール沖縄辺野古移設反対に当たる、オール日本の政策は何なんだろう?とか、考えてしまいます。