雨の余部と湯村温泉

2か月以上も前に夫の実家の義弟から電話があり、湯村温泉行が決まっていました。長い間続いた晴天の後の雨の日になりました。義弟夫婦が山代温泉から朝5時ごろ出発して、大津の姉をピックアップ(母娘でというのは私の勘違いでした)、少し早めに着くという電話でしたので、我が家でコーヒーを飲んでいってもらう手はずを。隣の母にも連絡。9時半ごろ到着。トイレ休憩ということで、我が家に。両親も顔を出して、7人で朝のコーヒータイムとなりました。義弟の連れ合いの私の丁度一回り年少さんの彼女が父に「何年生まれですか?」と。父が元気に「大正5年」と答えています。母が今度は義姉に「おいくつになられましたか?」「79歳です」「貴女は?」「まだ50代、59歳です」「そうまだ60前!」とひとしきり年齢確認です。
さて、出発と、義弟の車に荷物を積んで、夫は助手席に、私は義姉の隣、真ん中の席に。義弟のお嫁さんが後ろの席に。旅のスケジュールを写真入りでプリントされた改訂版を渡されて、まずそれを読みました。道中、昨年夫を亡くし、今年長年住んでいた一戸建ての家を売って、駅の近くの買い物にも便利なマンションに越した義姉の話を聞くことに。何もかもたった一人でやった義姉は本当にエライ。母が、お悔やみの手紙の返事に「悲しんでいる暇がないほど忙しい」と書いてあったと言っていましたが、その通りだったようです。故人のものの整理から、自分たちの数十年の持ち物、タンスや着物、お義兄さんの工具やたくさんのお花の道具、などなど大変だったことでしょう。

道の駅で昼食を摂りながら、雨もひどく降っているので予定を変更、余部(あまるべ)鉄橋に寄ろうということに。途中の山の木々の紅葉が本当に美しい。真っ赤なモミジ、黄色はイチョウ、そしてその間の色のグラデーションに杉の緑が混ざって、山は、まさに、錦、織りなす美しさです。
嘗ての余部鉄橋のイメージとは、まるで違っていました。昔の鉄橋を見ている夫と義姉もビックリしていました。
もっと、きゃしゃで高く見えていたのに、事故があってからコンクリートに変えたんやね〜。
車を止めて傘をさして外に出て近づくと、鉄の脚も一部残してありました。
「空の駅」というのが一方の山の上にあるそうですが、上には行かないことに。
リアス式海岸で深い入り江になっていた山と山の間に鉄道を通す際、長いトンネルを掘る方が橋脚を建てるより難しかったため、こんな高い処での鉄橋になったのだそうです。

雨もヒドイ降りになって来たので、早めにホテルへ入ってチェックイン。
部屋に入って荷物を置くとすぐ傘を借りて湯村温泉街へ出ました。
川を挟んで両側が温泉宿になっていて、ところどころホテルの高い建物も。
柳が植わっていて何とも言えない風情があります。
これが湯村温泉・・・兵庫県鳥取寄りの北側、山間(やまあい)ですが日本海がすぐそこです。
橋を渡って、夢千代館へ。
夢千代日記」は、1981年(S56)NHKの「ドラマ人間模様」で放映された三部作。
1982年に「続」、1984年に「新」シリーズの放送がありました。
このドラマの吉永小百合さんは本当に美しく、女優として再発見でした。
館内は、昭和30年代の懐かしい商店や置屋の「はる屋」が復元してあります。
夢千代は置屋の女将(おかみ)、母親の胎内にいたとき、広島で被爆した「胎内被爆者」。

ドラマは、夢千代が原爆症の治療に神戸の病院へ行き、その帰りに山陰線の列車が余部鉄橋にさしかかるころの車内から始まります。「原作・脚本:早坂暁/演出:深町幸男・松本美彦/音楽:武満徹
このドラマがきっかけだったのか、吉永小百合さんの平和についての活動の紹介などもあります。


次は、ホテルで申し込んだ杜氏館へ。
利き酒がお目当てです。
中に入ると酒造りの道具がずらりと並んでいます。
中にオジサンがいて、濁り酒と清酒2本が置いてあります。
利き酒用の盃をもらって、次々と3種類のお酒を注いでもらって、いただきます。
お話を聞くと、冬場は仕事がなく出稼ぎ仕事として杜氏にでたそうです。
但馬杜氏は、大阪、兵庫、京都や山口、和歌山、香川と色んな地方の酒造りに携わっていたようです。
どうもこのオジサンも元杜氏さんのようです。酒造りの工程を説明してくださいました。
山口のお酒が美味しかったです。どぶろく(濁酒)は米麹の味がしました。

外に出ると川向うに湯けむりが見えます。
荒湯と呼ばれる源泉です。
98℃の熱湯が毎分470リットルも噴き出しているとか。
源泉を利用して魚や卵、野菜を茹でたり蒸したりできるようになっています。
卵は、10分で茹で卵になるとか。夫の実家のある山代温泉は湯の温度が65℃なので、白身が固まって黄身がトロトロのいわゆる温泉卵になります。山代温泉は湯量も減っていますが、湯村温泉の立札書を読むと、湯量が豊富で各家庭に温泉を配っているそうです。
義姉が、「各地の温泉へ行ってるけど、真ん中に川が流れて両脇に温泉宿があって、風情があって、ここが最高!」と喜んでいます。
私は両親とも山代温泉の近場の出身ですし、叔母さんが山中温泉にいましたので、旅行で温泉に行くという事はなかったので、初めての湯村温泉はひなびた感じがとても良い感じです。雨のせいもあって観光客も少なく歩いている人たちも少ないので、行きたいとこへ好きに歩いていけますし、ラッキーでした。そぞろ歩きでホテルまで戻って、温泉に浸かって、夕食です。
夫の実家の親戚づきあいは、ここ数十年、お葬式や法事で顔を合わせるだけでした。

一昨年、私たち夫婦が、姉の旦那の傘寿(80)と姉の喜寿(77)のお祝いにと声を掛けて、箕面の「風の杜」一泊を呼びかけたのが最初でした。その後一カ月もしない内に義姉の夫が倒れて、入院手術リハビリの甲斐なく一年後に亡くなってしまいましたが、持病の糖尿病が原因でなかったのは義姉の食生活の管理の賜物と義弟のお嫁さんが。
義弟は、箕面のあれを初回にして、今日が二回目、これからも続けたいと思うと言ってくれました。”両親が亡くなったらもう親戚づきあいも終わり”と夫が言っていたこともあったのに、皆がその気になったのはとても嬉しいことです。
一番下の写真はホテルの窓から。橋のたもとの右の白い壁の二階建てが夢千代館。ひだり手前の建物は薬師館。川の(写真の)上側に向かって少し行くと荒湯。(つづく)