「小泉純一郎独白録」(文藝春秋)から「原発ゼロを争点に(2)」

原発問題への提言
「私なら原発即ゼロを総選挙の争点にする」(その2)

<どうして頭のいい人たちが>

自然エネルギーは安定しないといわれています。

小泉 安定しないとかウソ。私はドイツまで見に行った。どんどんいいの、出ていますよ。原発にかかるお金をわずかでも回して、自然エネルギーだけで国民生活は大丈夫だという対策を立ててあげればいいんだ。それを経済産業省は否定する。わかっていながら反対が強くて変えられないんだよね
 こないだある推進論者と話したら、「小泉さん、絶対安全な機械なんかありませんよ」と言ってきたよ。それ、原発は絶対安全じゃないと認めているんじゃねえか。「だからやめなきゃいけないんだ」って、俺言ったよ。東京電力も、こんな安全対策をしていたら採算が取れないと言ってしなかったんじゃないか。東電の安全第一はウソ。収益第一、経営第一だった。事故前に安全対策不十分なのを知らせていれば、メルトダウンを防げた可能性は大きいんだ。
 福島の事故のとき、政府は東北圏だけでじゃなく関東圏、東京まで放射能が落ちてきて、約五千万人が避難しなきゃいけないんだという最悪のシナリオを想定していた。運よく救われたけど、一億人のうち五千万人、どこに避難させるんだ。できないだろ。原発は環境汚染産業クリーンじゃ全然ない。よくまあ、私も信じていたものだね。このウソをわかっていながら、どうして頭のいい人たちが推進しているのかわからないんだよ


 震災後、いろんな講演で、「やっぱり原発依存度をできるだけ下げなきゃいかん」と話していたんだよ。その時は、まだ「ゼロにしなきゃ」とは言ってなかった。俺はあの頃はまだ、国際公共政策研究センター(CIPPS=東京電力、キャノン、新日鉄トヨタ自動車が資金を出して07年に設立したシンクタンクの顧問をしていた。普段話すのは、財界の社長会長ばかり。オンカロに行った後の「もうゼロにしなければ」と言ったら、みんな、「小泉さんね、将来ならともかく今ゼロは駄目ですよ」という話があったよ。あれが13年9月だったな。

 あの頃は、大飯三、四号機が定期検査入りして再び原発ゼロになって、「冬が来れば、ゼロが駄目だというのがわかる」と言われたんだ。ところが、寒い冬も熱い夏も停電はないよ。困らないんだ。
 で、翌14年2月に細川護熙さんが出た東京都知事選挙の応援が終わった後かな。どこかの会合でしゃべって、「小泉、原発ゼロ運動再開」っていう記事が出たらしいんだ。それを見たCIPPSの理事の間から、「原発ゼロって言うのは控えてくれないか」という意見が出ていると田中直毅理事長(経済評論家)から聞かされた。
 CIPPSの会員企業にも事情がいろいろあるのでしょう。経団連原発関連企業が多いから抵抗してくる。俺も「それと全く違うことをここで言うのは悪いな」と思って、五月に講演が入っていたから、「今までゼロと言っていたのを変えるわけにいかないよ。それじゃ、やめる」と言って、四月にやめたんです。(略)


<選挙に弱い政治家は圧力に弱い>

ゼロと言い出すとそんなに波風立つのですね。

小泉 仕事減るぞ、私に同調すると(笑)。
 食事している時に俺に、「原発がなかったら石油、石炭の輸入額が三兆六千億円にも増えるから、国富の損失だ」って、経団連の幹部が言ってきたこともあったよ。でも日本は、食糧輸出と食料輸入を比べたら、輸入がはるかに多くて赤字なんだ。「じゃあ、食糧輸入赤字で『国府の損失だ』と言ったことあるか」って言ったら、それ以来、原発ゼロで貿易赤字になるなんて一切言わなくなったよ。その人、社長だからね。面白いもんだよ。
 いまだに経産省は「原発のコストは安い」と言っている。それは核燃料を燃やして電気を作る時だけだよ。原発を建てて動かすために、どれだけの税金を使ってんだ。公民館作りますよ、プール作りますよと、様々な交付金を与えないと自治体は原発建設をオーケーしない。これから廃炉にするにしても研究者養成や廃棄物の捨て場所作るにしても多額の税金を投入しないといけない。事故が起きたら賠償は電力会社だけじゃできない。そんなのコストに入っていないよ。銀行だって、将来性あるから莫大な投資してきたのに駄目だってなって、政府が保証してくれなかったら、パーになって債権放棄しなきゃいけないよ。鉄鋼業界、建設業界、セメント業界、IT業界、商社、下請け……。大変な数の企業に影響する。
 よくもまた東電はじめ電力業界はマスコミにあれだけ広告出していたよな。これから広告料減っちゃえば、新聞社だってやっていけないよ。各大学にある、原子力研究所にしてもそうだよ。各業界をよく押さえてきたよ。経産省だってOBが電力業界に天下っている。原発の技術者とも大学の同窓生とかそういう関係でしょう。自分の生涯を原子力技術にかけようと思って大学を出て、働いてきたんだからせめて自分が生きている間はなくなっちゃ困ると思うよ。ほかに仕事変えたってこなせねえぞ。その中で原発ゼロとか言い出したって、「あんなの変わり者だ」と言われて弾かれちゃっておしまいだよ。


 郵政事業と似ているんだな自民党特定郵便局長会、野党は全逓労働組合社会党系)、全郵政労働組相(民社党系)。与野党両方の支援団体を抑えたら文句言えないよ。郵政省三十万人の組織票に引きずられちゃう。選挙に弱い政治家は圧力に弱いんだ。かわいそうに。 (省略)
 郵政民営化は全政党反対だった。俺は何で当たり前の改革を否定するんだ、バカじゃないかという憤りがあったから実現しようと頑張った。政治家は「公憤」が大事なんだよ。原発も全部ウソだとわかっていながらやめないっていうのは、俺は本当にわからないんだよ。 総理が決断すれは、全英知結集できるんだ郵政民営化の時だって、専門家の意見を聞いた。一人でできるわけないよ。「代案出せ」って言うけど、政党ごとにやるより、様々な英知を結集したほうがいいじゃない。総理はそれができる権限があるんだよ。大きな時代転換、「変える」と言ってまずは方針を決めればいいんです

(つづく)