「風の電話」と父親を亡くした少年(2)

"5年”という時間―――風の電話がある大槌町、今も4人に1人が仮設住宅で暮らす。
町では、お昼になるといつも同じ曲が流れます。
大槌椀に浮かぶ蓬莱島は「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる。

 苦しいこともあるだろさ
 悲しいこともあるだろさ
 だけどぼくらはくじけない
 泣くのはいやだ笑っちゃお
 進め、すすめ、ひょっこりひょうたん島


・また一人の女性がボックスに。津波で夫と家を失い、時々ここにやって来るとい言う平野菊枝(66)さん。

42局のXXXXと、自宅の電話番号を今も指が覚えている。今は地元を離れ90キロ離れた岩手県花巻市に住んでいる。4年前から働いている土産物屋が間もなく閉店する。夫の美代次さん(当時62歳)は遠洋漁業の漁師。
一緒に過ごせる時間は限られていたが、お酒を一緒に飲みながら、よく愚痴や悩みを聞いてもらった。この5年、大切なことは何もかも一人で決めて来た。
集合住宅のエレベーターのない4階に住む平野さん。遺影を前に、「何を伝えたいですか?」と聞かれて、「あなたの分までがんばるよ、かな〜、長生きするよ、かな」「”死にたい”というのは、言わない方がいいなぁとは思うんだけど、つらくなると、そうなる。死んだ方が楽だなって思うんだよね。まぁ、悲しいことばかりだとあれだから、これからは楽しいこと色々経験して行こうかなと思うんだけど・・・」電話ボックスでは何も言えなかった平野さんです。
・「ジンヤ、お母さん」(津波で亡くなった妻と次男へ夫から)「昨日で4年と10カ月過ぎてしまったけども、早いようで、なかなか長いようだったね」
・「父さんが死んだときは本当にどうしたらいいのかって分かんなかったけど」(自死を選んだ父へ息子から)「何とか今まで生きてきました」
・(津波で亡くなった妊娠中の娘へ父親から)「聞こえるかな また来たけど…」
2月下旬、一組の家族が電話を訪ねてきました。
八戸に住む幸崎さん一家です。長男の廉くんが皆を誘いました。

廉くんがボックスに入る「今日、みんな連れて来たから。じゃぁ」
「はや!」「僕は、お父さんに伝えるだけだから」
父のことはこの5年間一切語らなかったという妹の鈴(りん)さんが、弟の陸くんといっしょに、電話ボックスに入りました。
「何ていえばいいの〜。待って、出ないで、出ないで、一人にしないで」
「お父さんのこと、いつも、くさいって言ってしゃべっててごめんなさい。バイオリン買ってくれるっていう約束、もう自分で買うから。中学校に入って新しくテニスを始めて、まだベスト8とか入ったときないけど、最後の試合には絶対ベスト8入りたいです。応援してね。中1で初めてジャニーズにはまって、今もはまってるよ。」


出てきた鈴さんに、母のひとみさんが「だいじょうぶ? もう充分?」「はい」
「いってらっしゃい」と廉くん。今度は母のひとみさんが中へ。
「何から話せばいいかな。(はぁ〜〜)今でも生きてるんじゃないかと思うんだけど、どっかでね。一緒にやりたいことがいっぱいあったのに…… 電話での会話でいつも「生きてる? 生きてるよ」って会話したけど、それが二人の話する合言葉だったのにね。今は、生きてる?って聞けないじゃん……
壊れそうになったら、また、来るかな・・・…(ぁ〜〜)
何年たっても無理だ。和くん、帰って来て、4人で待ってるから。じゃぁね〜(ぁぁ〜)」
出てきたひとみさんに、廉くんが「全部 話した?」「言ったよ全部。早く帰って来いって、一人じゃ無理って」。


母のひとみさん「もうね、ほんとに、向こうに主人の傍に行きたくて行きたくてしようがなかったからね、あの当時は。でも、主人が生きた証でもあるし、この子たちを立派に育てないとと思って、死んでられないなと思って」。
ひとり話せないでベンチに座っていた陸くんに「陸、我慢しなくていいんだって、泣きたいときは泣きなさいって」
皆で父のことを語ったのは震災以来初めてのことでした。
「いいの、我慢してたんだから今まで・・・」
姉の鈴さんがハンカチをそっと陸くんの目にあてて・・・
母親のひとみさん「口にしたら、なんか、なんだろうね、折れそうだったもん、心折れそうになったしね」「もたない」と廉くん。「もたないから、多分みんな言わないようにして来たのかも知れないね。泣くしね」と鈴さんに「お父さんが一番好きなくせに」。
聞きとがめた弟の陸くん「あ、そうだったの? 俺、嫌いだと思ってた」
「バカだなぁ、大好きだから、嫌いだ嫌いだって言ってんだよ」と母のひとみさんが鈴さんの代弁。「リンは遠慮してたの. だから〜陸が一番小さいから、陸がべたべたするから(お父さんに)」。

今度は鈴さんが「めっちゃ陸が悪いみたいになってんじゃん」
「悪いとかじゃないの。しょうがないんだって、一番下に甘いのは、しょうがないでしょ」・・・
やっと、言えなかった、言わずに過ごしてきたみんなの思いを口にすることが出来ました。
高台から湾の景色を見ながら、「大丈夫ね」
「綺麗に見えてるよ穏やかな海が」


明日であの日から5年


町を見下ろす丘には今日も風がふいていた。


(終)