クリスマスの3本の電話


◎食事も終わった24日(土)の夜、電話がありました。気になっていた友人からの電話でした。学生仲間5人、東京の一人を除いて大阪、奈良、京都在住の4人に集合を呼び掛けてくれるAさんからでした。今年は、京都のMさんが神戸に住んでいるお母さんの施設入居に骨折が重なり、きっとお見舞いや介護に忙しくされているはず。私の方も夏、父の圧迫骨折から命の危険も体験、気になりながら私の方から連絡は誰ともとらず、年賀状を書くときに、今頃Aさんは日本にいるのかアメリカなのか…なんて思っていたところでした。「一度会いたいんだけど…」という彼女に、私の知る限りの皆さんの近況を伝えました。彼女は「私今調子よくなくて、みんなに会って話したら元気になれるかと思って」「そうなの?」「私はやはり教えることが好きだから・・・」と。最後に会った時からあまり状況は好転していない様子です。「そう。私はいつでも出ようと思えば出られるから、全員揃わなくても行けるよ」。「じゃ、年明けの方がよさそうだから、そのころ」ということに。そうそう、最初に「今、日本にいるの?」「そう、もう行ったり来たりが大変だから来年からは日本にいるかも」「ご主人もそれでいいって?」「そう、来年は日本にいようと思う」とのこと。

◎25日、夫が朝からお弁当持ちで箕面の山へ出かけて、私は母との朝のコーヒーを済ませ、午後からはサンルームのカーテンを元通りにしたり、朝日よけにかけていた布の修理をしたりしていた3時ごろ、珍しく東京の長男から電話です。いきなり、「ゴメン、1日、帰れなくなった!」。
お正月は、沖縄の次男は、仕事が忙しくて割安切符の購入時を逃してしまったし、今年3回も帰ったし、3年目の沖縄のお正月を経験してみたいので帰らずということで、1日に帰って2日には東京へ帰る長男だけが一泊ということになっていました。その長男が帰れないと。
「お父さん今箕面の山に行っていないけど、聞いたらがっかりするよ〜」「だけど、それが、8年がかりの・・・・」とひょんなことから独占取材の話が舞い込んで、どうしても1日はそちらへという話。よく聞いてみると、これは喜んでやらなきゃいけない話のようです。「わかった、じゃ、そっちで頑張って。きちんとした格好で行くのよ、疲れた顔で行かないように」「顔に出るのは家系やろ」というので、「私は最近は楽させてもらってるから健康そのもの」と。「お父さんにはお母さんから言っといて」というので、「わかった。その代り時間が取れるようになったら帰ってきたら」「うん、おじいちゃん、おばちゃんに会いたいし、暇になったら飛んで帰るから」「じゃ」。私とは電報みたいな話で終わるのに、いつになく饒舌な息子。巡ってきたチャンスに張り切っているのがわかりました。

◎それからまた1時間後、今度は神奈川のXさんからです。「お久しぶり〜」「え〜っ!お久しぶり〜、電話ありがとう」。まずは、お互いの近況報告で、離れている福岡のご両親やもう高1、来年中1になるお孫さんの話を聞き、私からは、両親のことや百寿の会の報告をして、懐かしい旅の話になりました。23年前の1993年、私にとっても、彼女にとっても初めての海外旅行のロンドン行きでした。私がまだ胃がん(その時はまだ胃がんだったということも知らず)の手術の後遺症で食後すぐの行動は無理だし、食べたものによってはトイレへ直行というので集団行動のツアー旅行は無理という条件付きの個人旅行でした。彼女が「パディントンの駅、どうなってるかしら?」というので、「あれ、樽型の駅で、駅の構内からそのまま入れるホテルだったわね」「取り壊されてるんじゃないかしら」と。その3年後は、リンツチューリヒ、ベルリン、ウィーンの旅を二人で。「ベルリンで、貴女、職場の人から頼まれてベルリンの壁の欠片をお土産に買ってたね」と私。「そうよ〜。でもあれ、本物かどうかわからないけど、頼まれたから買ったわよ。楽しい旅だった。そのあと、ツァーであちこち行ったけど思い出せない、でも、ロンドンの旅とこの時の旅のことはしっかり覚えている」とEさんも。最初の時は私が40代の最後、彼女が40代の前半のことです。「近くにいればお茶飲み話ができるのにね〜」「福岡の帰りにでもまた大阪で途中下車して大阪で会ってってことがあるかもしれない」「その時は喜んで、我が家も部屋が空いてるし」「ホテルに泊まるから、それは大丈夫」「そうなの、じゃ、その時は、また」。
”世の中、なんか、殺伐としてきて嫌〜ね”という話から老後の話までひとしきり世間話をして、不思議なご縁の懐かしい友との楽しいおしゃべりでした。
◎我が家のクリスマスは、あちこちに少し飾りつけの小物を出す程度で、取り立ててクリスマスということはしなかったのですが、イブの日の友人からの電話と25日の2つの電話は私へのクリスマスプレゼントでした。一夜明けて月曜日の今朝は、燃えないゴミを山の中のクリーンセンターへ車で。同じ考えの人が多いんですね。車体重量を測る料金所に曲がる途中から車がズラリ。数えると30数台の乗用車が待っていました。市のごみ収集車が優先的にスイスイどころかかなりのスピードで飛ばしていました。帰りはコーナンへ寄ってお正月のお花を買って、我が家はこれから迎春準備です。
(窓辺のベゴニアの花の写真は11月のもの、パソコンに残っている写真から。花は今も咲き続けています)