「ネトウヨの論理と心理についてー大阪市の姉妹都市解消記事への反応から考えたこと」(山口一男シカゴ大教授)

木曜日、バイアステープを買いに出かけた日、帰りにまた唐池公園に差し掛かると、子供たちのにぎやかな声が聞こえました。往路に公園の中を通り抜けたときは、親子連れの姿を見ただけでした。復路は3時半ごろでしたので、学校から帰った小学生たちが遊んでいました。人影のない公園より、こうして子供たちの声が響く公園がいいですね。
唐池公園の紅葉した大木は、ドライブウエーからも見えますし、若いころ入院して越年した市立病院からも眺めたことがありました。また、父が入院していた病室からも緑の島のように見えました。スズカケの木に日が差し込むと、葉っぱが燃え上がるように輝きだします。初冬の公園の醍醐味です。

◎さて、ブログで政治的な内容を書いていると、こんな一主婦のブログにもネトウヨさんらしき人からコメントが書き込まれることがあります。自分と意見の違う人に「反日」や「左翼」のレッテルを貼って敵視し、遣り込めることに生き甲斐?を感じている淋しい人。シカゴ大教授の山口氏は、大阪市姉妹都市解消を批判する記事を書いて、たくさんのネトウヨからヘイトスピーチまがいの猛攻撃を受けて、その実体験から「ネトウヨとは?」を考察、記事にされました。これがなかなか面白い読み物です。順を追って書いてみますと:

内田樹さんがリツィート
松本創‏ 
@MatsumotohaJimu 12月6日
大阪市姉妹都市解消の件でネトウヨから猛攻撃を受けたシカゴ大学教授が、赤穂浪士やマフィアの研究を引きながら、ネトウヨの論理と心理を考察する。〈「ネトウヨ」が守ろうとしているのは「日本国」ではなく「日本における自分の場」である〉と。とても興味深い

大阪市姉妹都市関係解消記事への反応から国際関係について考えたこと―「ネトウヨ」の論理と心理について
ヘイトスピーチが実に多く、ネット言論の劣悪さを自ら体験することになった。
2017年12月05日 18時21分 JST | 更新 2017年12月06日 09時39分 JST
山口一男

シカゴ大学教授・経済産業研究所客員研究員

◎その元の記事なったのがコチラです:

大阪市の決定の反国際性―サンフランシスコ市との姉妹都市関係解消の意味すること
ナショナリズムの心理を悪用して、進んで世界から孤立するような意識を植えつけるような政治は本当に辞めて欲しいものだ
2017年11月28日 16時40分 JST | 更新 2017年11月29日 00時01分 JST
山口一男  シカゴ大学教授・経済産業研究所客員研究員


日本を外から見ていて、またもや国際関係上非常識と思われ、国際的信用を下げることが起こってしまったと感じる。慰安婦像設立に関し、大阪市がサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消すると決定したことである。60年の歴史を解消するほどの行為の理由が、米国から見て「女性の人権蹂躙の歴史を記憶にとどめる碑」の設立が名誉を傷つけると日本が主張するという衝撃的事実が、いかに米国での日本のイメージを悪化させるかについて大阪市は考えたことがあるのだろうか。


慰安婦問題を否定しようとすることで「人権を軽視し、女性差別的な国」という印象を与える日本の自治体の行動が、国際的に「日本の名誉」をかえって損なうものであることは容易に想像できそうなものだが、自国しか見えないのであろう。


偏狭なナショナリズムは政治を世界に対し盲目にするという例になってしまった。だが慰安婦問題に対し日本政府の主張を支持する米国の有識者は皆無といって良い。親日家を含み米国の有識者での日本への評価は、筆者の観察では日本が慰安婦問題の存在自体を否定するような発言や行動をすればするほど悪くなってきている。将来の日米関係一般にも悪影響しかねない状況だ。(引用元:http://www.huffingtonpost.jp/kazuo-yamaguchi/san-francisco-osaka_a_23289702/


◎この記事について:「筆者の前記事↑にフェイスブックでの「いいね」の反応も大変多かったようだが、いわゆる「ネトウヨ」の反発も多く、筆者は「反日」「左翼」「売国奴」「パヨク(馬鹿な左翼という意味の侮蔑語)」「アメリカのスパイ」などといいようにののしられた。ヘイトスピーチが実に多く、ネット言論の劣悪さを自ら体験することになった。また筆者の意見にツイートで賛意を示して同様な被害を被った方々もおられるようで、その点は大変申し訳なく思っている。」
◎そこで、どんなことを書かれたのか、もう少し内容を読んでみました。

また今回の大阪市の抗議は以下の3つの点で筆者は大きな問題があったと思う。


まず第1に大阪市が、国際的都市間の姉妹関係を政治利用したことである。サンフランシスコ市の決定は基本的に米国の自治体の問題である。当市における慰安婦像設立の提案は長年サンフランシスコ市の高裁判事を勤めた共に中国系米国人のLillian Sing氏とJulie Tang氏を代表とする市民団体の提案に沿ったもので、韓国の直接的政治的働きかけによるものではない。
今回の提案はあくまで米国の自治体事業であり、それを批判することは、例えて言えば原爆慰霊碑を日本の自治体が作ることに米国の自治体が抗議し、姉妹都市の提携を解消するに近い行為である。これは本来非政治的分野での交流を旨とする姉妹都市関係に政治を持ち込む内政干渉とも言うべき行為で、国際関係上極めて不適切であった。


2番目の問題は、今回のサンフランシスコ市の慰安婦像設立は、歴史における他の人権蹂躙に関する記念碑同様、その人権蹂躙の事実を記憶し再び同様のことが行われないことを祈願するという普遍主義的立場に立ち、人権問題(Human rights issue)であって、旧日本軍の行為を批判しても、日本批判を意味するものでは全くないのだが、大阪市および日本政府(菅官房長官)は、旧日本軍の制度の批判を日本批判と同一視したことである。



3番目に大阪市の側には論理的破綻があると筆者は考える。大阪市の抗議の理由は、残念ながら正式の文書を筆者は手に入れられなかったが、米国側報道では「慰安婦問題には歴史学者の間でも意見の不一致があり確定していないのに、一面的主張がなされている」という主張であり、日本の報道では碑文に「性奴隷」というような言葉が碑文で用いられるなどが不適切という理由である。
過去においても、同様の主張は何度もなされ、そのたびに日本側の主張はしりぞけられてきた。部分に異議を挟むことで、全体を否定する議論だからである。それなのに儀式のように日本はそのような論法をかたくなに繰り返している。


日本のメディアでよく散見するのは、吉田清治の強制連行捏造と関連する朝日の誤報である。これを理由に日本軍の慰安婦制度の存在自体を捏造のように議論する者も少なからずいる。だがこの誤報問題が日本軍に存在した慰安婦制度による女性の人権蹂躙の存在を否定するものでは全くないという知識と認識を米国側は持った上で判断しており、オランダ人慰安婦のケースのように明らかな強制連行の事例もある。
日本側もそれを承知だから「歴史学者は意見の一致を見ていない」などというあいまいな主張したのであろう。また「性奴隷化(sexually enslaved)」という表現を用いたことに対して大阪市は抗議したようだが、これは言葉の定義の問題であろう。多くの場合、自由意志で辞めることができずに性的行為を強制されていたと考えられるので、「性奴隷化」という表現は英語感覚では不適切とはいえない。

◎以上、とても論理的で明快だと思いますが、気に入らなかった「ネトウヨ」さんたちの猛攻撃を受けた実体験を通しての山口氏の考察です:
「今回の記事の目的は(1)前回の記事の意図の追加説明と(2)「ネトウヨ」の論理と心理についてである。これらは、前回の記事に対するウェブへの反応に対しての、筆者が考えたことを多くの読者と共有したいという意図である。長文になるが、読んでいただければ幸いである」(全文はコチラ:http://www.huffingtonpost.jp/kazuo-yamaguchi/hate-speech_a_23297212/)
★ここでは、メモ代わりのダイジェストで:


ネトウヨ」の心理と論理


筆者は、欧米での「左翼」と「右翼」を区別する価値基準からは、自由主義者であり共産主義社会主義を全く支持しないので「左翼」ではないのだが、慰安婦問題に関連する前記事のような発言をすると、いわゆる「ネトウヨ」の論者から「左翼」というレッテルを必ず張られるので、その理由を聞いてみたことがある。その答えは、共産主義支持か資本主義支持などが「左翼か否か」を区別するのではない、要は「反日」か否かで、「左翼とは『反日』のことである」というものであった。つまり彼らの観点から見て「国粋主義的」でなく、国際主義的(外国に対と、し友好的)なものが「左翼=反日」であるらしい。ここで二つの問いが生まれる。①彼らは何を持って人を「反日」とみなすのか?。②なぜ外国に対し友好的な日本人を「反日」とみなすのか、である。以下この二つの問いに対し、筆者が今まで観察し、考えてきたことについて述べたい。


彼らにとって「反日」とは、後述するかなり一面的な日本への「忠誠心」の基準を満たさないことにあると筆者は思い至るようになったのだが、そのことを説明するにあたり、迂遠なようだが、日本の封建社会の「忠誠心」の基準には実は多様性があったという話から始めたい。封建社会の忠誠心というと有名なのは忠臣蔵の逸話だが・・・


(中略)


その理論から類推すると、ここからは筆者の憶測だが、「ネトウヨ」の若者の多くは日本が大好きだが、その日本社会に拠り所となる自分の場がなく、それは自分が日本人として十分に信頼されていないからであると感じ、信頼獲得のために忠誠心競争をするのではないだろうか。そして「英霊」は彼らにとって日本への忠誠心の最も疑われない人々と信じ、戦前の右翼が天皇との心理的距離によって日本への忠誠心を示そうとしていたのに対し、「ネトウヨ」は「英霊」との心理的距離により、日本への忠誠心を示そうとしてるように思われる。


最初の問いの答えに戻りたい。
(1)彼らは何を持って人を「反日」とみなすのか?  答えは中国と韓国やこれらの国に友好的と彼らがみなす人々である。その理由は中国は南京虐殺事件や、韓国は慰安婦制度問題で旧日本軍の非を主張するからである。最近は米国も同じ主張をしているとみなし、新米的な人間も「反日」とみなすようだ。


(2)なぜ歴史問題への態度だけでなく、より一般に外国に対し友好的な日本人を、「反日」とみなすのか。これは上記のガンベッタ理論からの推測だが、内部(日本)の人間の日本への忠誠心に疑いを持ち、自分も疑われるのではないかと恐れて忠誠心競争に走ると、外部と友好的な者を「反日=裏切り者」といって批判することが一方で保身となり、他方で「ネトウヨ」内で仲間であるとの認証ともなる、というのが筆者の答えである。



だから「ネトウヨ」が守ろうとしているのは「日本国」ではなく「日本における自分の場」である、と。


以上が筆者の記事への反応について筆者が考えたことである。「ネトウヨ」の若者たちに典型的に見られるように、人の考えに対し内容や論理は無視し、排外主義的な特定の結果の基準のみによって「反日か否か」と判断し、「反日」を攻撃する姿勢と行動が広く社会に浸透し社会的圧力となってきていることを、筆者はこれからの日本の国際関係上大変に危惧する。


対策として、政治が排外主義的ナショナリズムを強く否定することに加え、迂遠なようだが、日本の政治が高齢者より若者をサポートする方向に大きく舵を切るべきだと筆者は考えている。実はOECD諸国の中で、日本のみが社会保障・福祉による所得再配分によって、経済的不平等がかえって増すという異常事態になっている。多くの欧米諸国は所得再配分後の不平等が減るのと正反対である。これは日本の場合、比較的貧しい若年齢世代の所得税を、比較的裕福な高齢者福祉へ振り向けることになるからである。これは是正すべきであり、高齢者には酷なようだが、比較的裕福な高齢者層の福祉を大幅に受益者負担とし、その分、子供、若者、育児世帯への投資やサポートに振り向けるべきである。またそれにより、多くの若者が明るい未来の展望を持て、その結果排外主義にともなう心理的な自己肯定に走らずとも日本に自分の場があると感じ、国内や世界の多様な人々の中で、信頼関係を培いながら生きることができるようになる日本社会になることを願ってやまない。