4.14デモ東京・大阪・神戸とミニ同窓会

昨日いただいたSPYBOYさんのコメントによりますと、14日の土曜日は全国14か所で抗議デモが行われるそうです。東京と大阪と神戸の案内をコピーです:



昨年、高校の同窓会で箕面在住の仲間2人と知り合って、3人で母校を訪ねたことがありました。その時、帰りに寄った喫茶店で、一度箕面で他の2人にも声をかけて、箕面で会おうという話になりました。その時、Tさんが近くに良いお店ができたので予約はいつでもするから、じゃ、私が連絡係をするからということになりました。その後、父の具合が悪くなり、年明けの2月頃、Tさんに連絡を入れ、日時と場所を決め、二人にも連絡をとってOKを得ていたのが、今日午後1時から、如意谷のCAZIというお店でした。

3月16日に母が救急車で緊急入院。その後、家と病院、隣と我が家を忙しく行き来しながら、4月11日は、大丈夫だろうか…と気になっていましたが、手術を終えた母から、この日のことを言われたときはビックリしました。それどころではない頃に、高校の同窓会には行けるようにしなさいねと言ってくれました。母にこの話をしたかどうかも覚えていなかったので、「お母さん、よく覚えているわね〜」でした。気にしてくれていたのかと本当に驚きました。昨日、母に「明日はお父さんが午後からリハビリなので、送り出しを頼んで、私は行かせてもらうね」と言ってきました。母は「そうしなさい、そうしなさい」と言ってくれました。

前日の昨日は、このお店の近くのMさんから電話があり、今から行きたいといわれましたが、「今からMさんの近くのお店の下見に行こうと思ってるところ」で、私の方がMさん宅へ寄ることに。夫と二人、散歩がてら、使ったことのない頂きもののワイングラスをリサイクルショップに届けて、そのあと、Mさん宅へ。「入って、入って」と言われ、離れたところで待っている夫も誘って、茶の間に入れてもらいお茶を出していただきました。熱いくらいの日で喉も渇いていたのでも本当においしくお茶を二杯もいただきました。


「ヨーガをしばらくお休みしていて先週久しぶりに行ったら・・・」母の大腿骨骨折のことを聞いたということでした。Mさんのお母さんは鹿児島出身。美しい薩摩言葉とイントネーションがいつまでも消えない方でした。母親同士、仲良しで、母の方が1つ下。二人で歩いていると背格好も顔もよく似ていたので姉妹と間違えられたという話もあるくらい。認知症になって5年ほど前に亡くなられました。Mさん姉妹の相談に乗ったり励ましたりしていた母でしたので、お見舞いを用意してくださっていました。それをいただいて、近くだというCAZIの場所を聞いて、Mさん宅を後に。
5軒ほどの昭和の住宅の2軒分を改造してお店にしてある、昭和レトロなお店。出がけに息子から珍しく電話が入り、20分ほど前に家を出ました。バス道から北に曲がるとお店の前に3人が立っておられました。手を振って「御免、遅刻?」と言いながら、そろった4人で予約の席へ。バス道越しに千里のビル群まで見えます。こんなところにお店が!?というような場所。遅いお昼時ですが、混んでいます。安いからでしょ、と家も近くて何回も利用しているというTさんが。
さて、9種類のおかずが並ぶ定食を頼んで、コーヒーも頼みました。それから、一気に3時間、気づいたら4時ごろ。私とMさんはケーキセットをMさんは追加、向かいのお二人はアイス。5時には父が戻ってくるので、それまでには帰らなければなりません。

Kさんは3人の子供とそれぞれ孫。私は2人の息子。Tさんは結婚して子供はなし。Mさんは独身。少子高齢化の縮図です。独身の彼女は、古いお屋敷みたいな家を利用して国際交流をしています。イラン人の娘さんを預かったり、フランス仕込みの裁断を教わりに来る孫みたいな若者たちに教えています。若いころは梅田の近くのビルに教室を持っていた先生でした。今は同窓会の世話役をやってくださっています。Tさんは中学の時のソフトボール仲間。彼女はサード、私はショート。練習の最初のキャッチボールは二人でやるのが常でした。声楽を習っていて、教育大(あの頃は別の名前)に進学、音楽の先生になって、一中の吹奏楽部を全国大会にまで連れて行っています。今も趣味で歌っています。

もっとも新しい同窓仲間がKさん。クラスも一緒になったことはないし、豊中の中学出身で、結婚して箕面の茨木近くに住んでいる方。しっかり者で卓球やカラオケが趣味。おしゃべりもこの方が半分くらい話してくれて、3人で感心したり大笑いしたりでした。4人で4時間近く、とても居心地の良いお店でした。皆さん、両親を亡くされて、今、両親健在は私のみ。5時が迫ってきたので、先行くね〜と急いでバス道へ出ました。