寮美千子編「空が青いから白をえらんだのです…奈良少年刑務所詩集」

 ◎先週月曜日にSさんとお茶飲み話をしたのですが、その時雑誌交換した「ハルメク10月号」に、寮美千子さん編集の「空が青いから白をえらんだのです」というタイトルの「奈良少年刑務所詩集」の詩を取り上げた記事がありました。

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奈良少年刑務所の少年たちに月に一度、半年間行われる「絵本と詩の教室」の講師を務めることになった寮美千子さん。絵本を朗読することで自分を表現し、周囲に受け止めてもらえることを経験した少年たちは、今度は詩を書くことになります。そこで起きた反応はーーー

 この記事を読んで私は、9月30日に最終回を迎えたドラマ「私たちはどうかしている」の主人公の一人を思い浮かべました。老舗の和菓子屋の跡取り息子である高月椿の家庭環境も、とても複雑で子どもには残酷。経済的に困らなかっただけで孤独な彼が抱えていた心の闇は深く暗い。椿は一人の女性を愛することで人間的に成長して本来持っていた優しさを取り戻していきます。このドラマ、ひと頃の昼ドラみたいなドロドロの愛憎劇と言われたりもしていたようですが、私には、寮美千子さんが少年刑務所で詩を教えていた生徒たちの生い立ちや環境とあまり変わらず、また、その優しさは一行詩の少年とそれを鑑賞する少年たちの優しさと同じような気がしました。このドラマの感想はまた別に。

f:id:cangael:20201006113918j:plain ←入手した文庫(新潮)本

さて、刑務所で詩の教室の少年たちの一人が書いた「空が青いから…」の詩。

この少年が寮さんに話したいことがあると言って話した最初の一言が「僕のお母さんは、今年で七回忌です」でした。話の内容は、夫からの虐待で6年前に亡くなったお母さんが「私は空にいるからね、つらくなったら空を見てね」と言い残したのを思い出して、お母さんはきっと僕に見えるように白い雲になっているんだと想像して書いたのだそうです。その一行詩です:

 

     くも

   空が青いから白をえらんだのです

 

この詩を書いた少年に朗読を頼むと:「薬物中毒の後遺症でろれつがうまく回らず、一行の詩を読むのも難しいその少年に『もう一度、皆に聞こえるようにゆっくり大きな声で読んでくれないかな』と言っても、自信がないせいか、早口になってしまう。何度かお願いしたら、ものすごくがんばって一生懸命読んでくれ、仲間たちもみんな大きな拍手を送りました。」

発表されたこの詩を聞いた受講生たちが挙手して次々に感想を言います。

「僕は、〇〇君は、この詩を書いただけで親孝行やったと思います」

「僕は、〇〇君のお母さんはこの雲みたいに真っ白で清らかな人だったと思います」

「〇〇君のお母さんは雲みたいに柔らかくて優しい人だったんじゃないかと思います」

「僕は、お母さんを知りません! でも、この詩を読んで空を見上げたら、お母さんに会えるような気がしました!」と発言した少年は、「自分の犯した罪が大きすぎて、自傷行為が止まらず、いつも真っ暗な表情をして、今までろくに発言したことがなかったのです」。

詩の授業を担当した寮美千子さんは「どんな非道な罪を犯したこの中にも『優しさ』があったのです」と書いておられます。

私はこういうのに弱い。寮さんの話は続きます。

私は、受講生たちがどんな罪を犯したのかは知らされませんし、半年の講座が終了すれば、その生徒たちとはもう二度と会うことはありません。でも、偶然、この「お母さんを知らない」と発言してくれた少年については、その後の姿を見ることが出来ました。

 たまたまテレビが、この授業の半年後の彼を取材してくれたのです。彼は、まだ刑務所にいましたが、なんと工場の副班長になっていました。表情は明るく、背筋が伸び、背が高くなったように見え、しかも「最近僕は休み時間には、仲間の人生相談を聞いています」と話すのです! 私はひっくり返るほどビックリしました。そして、よかった、もう彼は世の中に出ても大丈夫かもしれない、と思いました。

 彼は癒されたのです

 彼を癒したのは、たった一行の仲間の詩

 活字で読むだけなら、ただ「美しい詩だなあ」と感心するだけだったかもしれません。でも、声に出して読み上げ、仲間みんなで感想を言い合える場がありました。みんなに拍手をしてもらったから、あの詩を書いた少年は心を開くことが出来た。彼の心がわかったから、他の仲間も心の扉を開いて、優しい思いをあらわにできた。その連鎖反応から、母の顔を知らなかった少年も、今まで誰にも言えなかった心の内を吐露することが出来、それをみんなに受け止めてもらえた。

「大変だったね」「さびしかったね」「がんばってきたんだね」「僕も、小さい頃にお母さんがいなくなっちゃたんだ」そんな言葉が向けられたから、彼には笑顔が戻ってきたのです。

 つくづく言葉は文字ではないと思います。その言葉を表現できる場があることそれを聞いてくれる人がいること、そして安心して語り合える場があることで、文字で記されるだけよりも、何倍もの価値が生まれます。

 前回でもお伝えしましたが、私は、最初、得体のしれない犯罪者の中に入って授業をすることが怖かった。でもそれは最初だけ。後はずっと、彼らの優しさに癒されていました。

 私は、この授業を繰り返し行いましたが、一度として、少年たちが誰かを貶めたり、傷つけるような言葉を聞いたことがありません。マウンティングしたり、他人の足を引っ張るような子もいませんでしたいったいなぜ、みなあれほど優しさにあふれていたのだろう。次回はそのことについて考えてみたいと思います。 

りょう・みちこ

作家。1955(昭和30)年、東京都生まれ。毎日童話新人賞、泉鏡花文学賞を受賞。2007~16年、奈良少年刑務所で、社会性涵養プログラムにおける言葉の行使を務める。絵本に「おおかみのこがはしってきて」(ロクリン社刊)、著書に「あふれてきたのはやさしさだった」(西日本出版社刊)他多数。受刑者の詩をまとめた「空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集」はこの夏の「新潮文庫の100冊」に選ばれた。

 

「ハルメク 2020年10月号」(184~187頁) 

リレー連載 こころのはなし / 寮美千子さんと考える「音に出す言葉の力」

 第2回 1行の詩が詩が少年たちを変えた より引用

◎さて、読んでいるうちに私は思い出しました。あのドバラダ門のレンガ造りのお城みたいな刑務所が奈良にあって取り壊しの話が切っ掛けで保存運動が起りホテルとして生き残ることになったという何年か前のニュースにもなった話です。

ジャズピアニストの山下洋輔さんのお祖父さんが設計したという刑務所で全国アチコチにあったのが取り壊され奈良にだけ残ったという・・・早速ブログで探してみると保存活用を訴える要請書の会長は山下氏で会員代表に寮美千子さんの名前が! こんなところで繋がろうとは…