◎日本学術会議の任命拒否問題について、良く引用される「マルティン・ニーメラーの警句」を取り上げておきます。最後の記事、映画監督の森達也氏もこの警句を引用されています。今見過ごせば、あとでとんでもないことになるということですが、他人事だと思っていたら自分の身に降りかかって初めて事の重大さが分かる、しかしその時は手遅れという苦い戦争時の体験ですが、戦前の日本にも、そして今の日本にもあてはまります:
ドイツの牧師で反ナチス運動の指導者だった
マルティン・ニーメラーの警句
<ナチスが共産主義者を攻撃し始めたとき、私は声をあげなかった。なぜなら私は共産主義者ではなかったから。
次に社会民主主義者が投獄されたとき、私はやはり抗議しなかった。なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。
労働組合員たちが攻撃されたときも、私は沈黙していた。だって労働組合員ではなかったから。
そして彼らが私を攻撃したとき、私のために声を上げる人は一人もいなかった>
◎日曜日のこと、Sさんから電話があって「今日大丈夫?」「大丈夫よ」「最近、映画で忙しそうだから」「映画はね、もう終わり。観たいのは箕面ではやってない。『スパイの妻』みたいけど、梅田まで出ないと。電車は未だ乗ってないから」「そう、じゃハルメクの本持って午後から」「OK」ということでお昼からお茶飲み話です。
郵便局の裏から箕面のメインストリート(市役所前の道路で突き当たると西に箕面駅、東にドライブウエイの入り口と萱野へ向かうバス道。その道路を横切って5丁目と4丁目の間の桜並木を横切って我が家まで。その間、空き地になったところが沢山ありましたが、今また新築中も増えました。すぐ近くの角の本格的日本家屋の跡地にもブルドーザーが入って新築準備が始まっています。そんな話から始まって、色々よもやま話。
(我が家の北側の鉄柵から覗く花、紫はストレプトカーパス、紅白はチェリーセージ、白い花は茎がチョコレート色のフジバカマの一種で一週間ほど前の写真)
🔲コロナ感染者数、 昨日は大阪が226人、東京が293人。北海道は166人、どうなってるんでしょう。これはGoToトラベルとかイートとかの影響はないの?大阪は都構想みたいな府市一元化を又言い出したりしてる場合じゃありませんね。キチンと対策をしてほしいです。本当にコロナとGoToに関係がないのか・・・調べる必要がありますね:
🔲GoToトラベルの行き先のトップが北海道というニュースが確かありましたよね・・・:
🔲日本学術会議が戦争中の戦争協力の反省から生まれたというのに、任命権は形式だけと言う中曽根元首相の言葉にも反して・・・政権の気に入らない組織は潰してしまえにまで行きかねない暴挙に見えます:
🔲「答弁を控える」というのは、言い方は丁寧かもしれませんが慇懃無礼につながる言い方で、答弁すべき義務を拒否していることになりますね:
🔲森達也監督。「権力者が知識階級を狙い撃ちするの常套手段」。学者の次は映画が狙われるだろうと:
映画人の危機感「放置なら次は…」
森達也監督が警告する「集団化」の空気
会員限定有料記事 毎日新聞
菅義偉首相が日本学術会議が推薦した新会員候補6人を任命しなかった問題で、映画人有志22人が先月、抗議声明を発表した。呼びかけ人となった映画監督の森達也さん(64)は「今これを放置するなら、介入はさらに露骨になることは明らか。映画も例外ではない」と危機感を募らせる。オウム真理教を追ったドキュメンタリーなどで社会の深層を描いてきた映画人が見た、日本を覆う危険な空気とは――。【上東麻子/統合デジタル取材センター】
ひとたび権力が暴走すれば、映画人は無力
――声明には、青山真治、是枝裕和、瀬々敬久、塚本晋也各監督や脚本家、プロデューサーら22人が名を連ねました。学術界に対する政権の介入に対して、なぜ多くの映画人が声を上げたのでしょうか。
◆権力者がターゲットとしてまず知識階級を狙い撃ちにするのは、独裁政権の常とう手段です。学者だけでなく、第2、第3段階には映画が狙われるだろうと思いました。それは歴史を見れば明らかです。
第二次大戦後、米国を中心とする西側の資本主義・自由主義国と、ソビエト連邦を中心とする東側の共産主義・社会主義国が対立した東西冷戦時代、米国では共産党員やそのシンパを公職や企業から追放するレッドパージ(赤狩り)が行われました。米国の憲法は思想や信条の自由を保障しています。しかし、赤狩りはエスカレートし、社会への影響が大きいハリウッド映画も標的になった。共産党員の疑いをもたれた映画監督や俳優たちは議会で「自分は共産党員でもシンパでもない」と証言することを求められ、これを拒否してハリウッドを追放された人たちがいました。一方で、圧力に屈した映画人も多かった。政治権力が暴走すると、自分たちがいかに無力かを僕たちは知っています。
――声明文では、ドイツの牧師で反ナチス運動の指導者だったマルティン・ニーメラーの警句が引用されています。
<ナチスが共産主義者を攻撃し始めたとき、私は声をあげなかった。なぜなら私は共産主義者ではなかったから。
次に社会民主主義者が投獄されたとき、私はやはり抗議しなかった。なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。
労働組合員たちが攻撃されたときも、私は沈黙していた。だって労働組合員ではなかったから。
そして彼らが私を攻撃したとき、私のために声を上げる人は一人もいなかった>
◆この警句が示しているのは、人ごとだと思ってはいけない、いま声を上げなくてはどんどん広がる、ということです。かつてカンボジアで大虐殺を行ったクメール・ルージュ(ポル・ポト派)が最初に標的にしたのは知識層です。大学教員らを追放し、殺害した。次は字が書ける人、本が読める者、ついには眼鏡をかけている人に広がりました。このままでは自由や民主主義が窒息してしまう。いや、すでに窒息しかけている。そうした危惧を感じています。
もう傍観者ではいられない
――これまで森さんは「声明文」という形で発信することはほとんどなかったそうですね。
◆映画監督は、こういうことを…
🔲森達也氏の記事は途中から有料記事になっていますが、参考までにコチラ↓