アフガン問題とは・内藤正則氏「欧米と違う土台」と中村哲氏「『精神と道義の貧困』が蔓延する世界の中で」

柿花火とハナミズキの紅葉、秋が深まります。

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衆院選挙前の新聞記事でしたが、なかなか手につかずでした。

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◎手元に10月13日(水)の朝日新聞「オピニオン&フォーラム」頁の「耕論」「アフガンと向き合う」がある。左の人物写真は中村哲氏です。なんといっても現地で何十年も住民と一緒に働いてこられた中村哲氏の言葉には説得力があります。最新のペシャワール会報の言葉をここに:

   命の尊さこそ普遍的な事実

「アフガンでは、飢餓地獄の巷に凍てつく冬将軍が迫っていた。緊急のアフガン問題は、政治や軍事問題ではない。パンと水の問題である。命の尊さこそ普遍的な事実である」 

             ーーー 中村 哲 (『天、共に在り』より)

◎自分の物差しで測ってはいけない、イスラムにはイスラムの考え方がある、その事を理解したうえで…と内藤正則氏です。

同志社大学大学院教授・内藤正典氏とペシャワール会会長・村上優氏が「イスラム主義勢力タリバンが再び権力を掌握したアフガニスタンに私たちはどう向き合ったらいいのか」について書いておられます。内藤氏の記事を写真と書き起こしで:

人権‣自由 欧米と違う土台

内藤  正則(まさのり)さん 同志社大学大学院教授

f:id:cangael:20211026201415j:plain(つづき)背景にはイスラムに対する誤認と偏見がありますが、私たちがそれをなぞってはいけません。イスラムを重視するタリバンを拒絶するのではなく、対話を通じて他の選択肢を提示することが必要です。女子教育を守るために、日本の女子大学が女性教員の養成などで協力してきたのも重要な貢献の一つです。

 2012年、当時のカルザイ大統領とタリバンの代表団は、同志社大学が開催した平和構築会議で初めて同席しました。タリバンが参加したのは、日本がアフガニスタンに軍を派遣しなかったからです。相手がだれであれ、対話のない所に信頼は無く、信頼のない所に平和は築けません。

 今回、日本でも現地スタッフの退避が問題になりました。しかし、軍事行動に参加せず、民生支援だけをしてきた日本が、自衛隊機を派遣し、欧米諸国と同じように見せる必要があったでしょうか日本がするべきは、タリバンに現地スタッフの安全を保証させ、前政権下で深刻な貧困状態に置かれた多くのアフガニスタンの国民を救うことです。(聞き手・池田伸壹)

◎ここで、10月に届いたペシャワール会会報No.149から故中村哲さんの2003年の現地報告を書き移してみます。「9・11以後」の世界について書いておられます。

中村哲医師の報告から(2)

進まぬ復興、遠のくアフガン

 ーーー帰還難民増加に備え、用水路は最難関の工事を開始

 2003年度を振り返って

 ペシャワール会が結成されたのが1983年9月、小生がペシャワールに着任したのが84年5月、ちょうど20年が過ぎた。しかし、会が事実上ひとり立ちして歩み始めたのは、PMS(当時はペシャワール会医療サービス)の母体になる団体が88年に出来てからであるから、満15歳というのが正しかろう。「思えは遠くへきたもんだ」というのが実感で、思いは語りつくせない。自分が生きて、こうして報告書を書いていることさえ、不思議である。

 世の中には分からないことが多い。特に2000年からの大旱魃(かんばつ)に次いで、2001年の「9・11」とアフガン空爆の大騒ぎから、私たちが何気なく信じている多くのことが、案外錯覚や誤った認識に基づいていて、どうもインチキ臭い世界に生きていることが肌身にしみて解ってきた。「9・11以後」という言葉をよく耳にする。確かに表層の現象を追えば、何かが突然変化したように思える。だが現地から見える光景は少し違う。世界と人間は何も変わっていない人間の分限を超えた思い上がりと欲望とが、亡霊となって膨らみ、私たちにとり憑いているのだ。恐ろしいのは、「文明の正義」と称し、自省無くそれに踊らされ、簡単に殺し、嫉(ねた)み、憎み、党派心を起こし、傷つけあうことである。私たちの文明は人類の発生から続く野蛮の上に張る薄い氷の膜に過ぎない。ここ数年の凶暴な国際社会の動きは、それを実証した。今や「民主主義」ですら、戦争の正当化に使われるという、面妖な世の中になってしまった。

 それでも、変わらぬ人の良心に私たちは耳を傾ける。それは「国際○○」でくくられる疑似的な普遍性ではない。いつの時代でも、どんな場所でも人を慰め、人を戒める事実である。我々は限られた時間で、限られた空間の中で生きてゆかざるを得ない。現地活動もそうで、「国際協力」でなく「地域協力」である。縁あって長くなり、大きくなったに過ぎない。時流に乗せられて、何かの享楽の手段や、一見権威ある声に惑わされてはならない。脚下照顧という。我々に欠けているのは「進歩」ではなく、人としての自省である。これがある限り、世界的な破局は恐れるに足りない。敵は我々の中にある。これが20年のささやかな結論である。

(「2003年度の概況」省略)

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<2000年の大干ばつで乾ききったダラエヌール診療所近くの畑。>

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<PNSが水事業を開始し、農業が復活したダラエヌール渓谷。2001年~08年まで同地に13基の農地用の大井戸を掘削した。>

◎続いて、その10年後の2013年の記事で「アフガン問題」とは…について語っておられます。文明の進んだ国々が原因を作っている気候変動の被害を真っ先に受けるのは、文明の恩恵からは程遠い地域の人々。「自然に対する関心の無さ自身が、現代の病理を現わしている」と中村氏。麻生氏の「温暖化で北海道のコメが美味しくなった」発言は恥ずかしい典型ですね:

中村哲医師の報告から(3)

「精神と道義の貧困」が蔓延する世界の中で

 ーーー福岡アジア文化賞(大賞)授賞式でのスピーチ

 

 中村哲医師は、2013年9月、福岡アジア文化賞大賞(福岡市、公益財団法人よかトピア記念国際財団主催)を受賞した。

    *

 「福岡アジア文化賞」を授与される栄誉に感謝と喜びを申し述べます。

 私がこのような賞に相応(ふさわ)しいか、正直なところ自信がありません。私の世界は、九州とアフガン東部だけです。いわゆる「国際人」ではありません。

 しかし、30年間の現地活動を通して、アジア世界全体に共通する苦悩を多少分かち合えるかも知れません。

 アフガニスタンは過去35年間に及ぶ戦乱、外国の干渉に悩まされると共に、大規模に進行する干ばつと洪水で、人々は生存する空間を失いつつあります。現地の気候変化=温暖化による影響は生やさしいものではありません。かつて完全に近い食糧自給を誇っていた農業立国は、自給率が半減し、瀕死の状態です。国民の殆どが現金収入のない農民であることを思えば、これは恐るべき事態です。

 報道で伝わる「アフガン問題」は、政治や戦争でなければ、アフガン伝統社会の暗黒面ばかりで、自然の猛威が大きく取り上げられることは、あまりなかったと思います。

 こう述べる私たちも、初めは気づきませんでした。私たちPMS(平和医療団・日本)は名前の通り医療団体ですが、2000年に大干ばつが顕在化したとき、清潔な飲料水と十分な食糧があれば多くの患者が死なずに済んだという苦い体験がありました。

 国際支援の中で、水欠乏=干ばつによる食糧不足はあまり重視されなかったので、自ら飲料水源、大小の水利設備の充実、とりわけ取水設備に力を入れてきました。多くの地域で地下水の枯渇と共に、大河川からの取水困難が起きているからです。

 現在私たちは、アフガン東部の穀倉地帯の一角で、1万6500ヘクタールで暮らす65万人の農民たちの生存空間を確保し、ひとつの「復興モデル」を完成しようとしています。戦は解決になりません。軍事干渉は、事態をいっそう悪くしてきました

 翻って見ると、これはアフガニスタンだけの問題ではないようです。世界を席巻する国際社会の暴力化、多様性を許さぬ画一化の中で、アジア世界全体が貧困にあえいていますその日の糧に窮するだけでなく、固有の伝統文化を失い、故郷を失い、人間の誇りを失い、和を失い、経済発展のためなら手段を選ばぬ「精神と道義の貧困」が蔓延しています。加えて、自然を思いのまま操作できるような錯覚は、世界に致命的な荒廃をもたらそうとしています気候変動=自然に対する関心のなさ自身が、現代の病理を現わしているような気がしてなりません。

 他人事ではありません。やがて、自然から遊離するバベルの塔は倒れるでしょう。

 人も自然の一部です。科学技術や医学、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人とが和する道を探る以外、生き延びる道はないでしょう。でも今回、過去の受賞者の方々が温めてきた主張を見ると、驚くほど共感できるものが多く、自分が決して孤立してはいないことを知りました。これは大きな励みです。この声は今は小さくとも、やがて大きな潮流となることを祈り、感謝の言葉といたします。

タリバンが支配するようになって以後のジャララバードの様子が会報の写真で伺えます。落ち着いた日常が戻っているようです。キャプションをそのまま書き移して:

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・PMSベンガリ農場で、レモンを収穫し、出荷用に袋詰め・計量をしている様子。これらのレモンは日本でいうスダチやカボスと同じ使い方で、現地では毎食出てくる生のタマネギやキュウリ、トマトにしぼって食べると美味である。(2021年9月2日)

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・黒砂糖(原料はサトウキビ)の露店が連なっているジャララバードのバザール。タリバンがこの地を制圧して、一時は全店が閉まった。混乱や略奪もなく、気づけば一週間後にバザールは平常に戻っていた。(2021年9月10日)

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PS:今朝の内田氏のツィッターから

 
 
 
@foreignaffairsj
すでに気候変動で故郷から離れざるを得ない環境難民が発生しており2050年までには2億人が気候変動関連の理由から家を後にせざるを得なくなるだろう。だが各国も国際機関もこの問題にうまく対処できずにいる。避難民が移住するのを助ける法枠組みさえ存在しない。
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