唐池公園のアジサイ

◎4月に81歳になった私、80代の頃の母の姿を思い出して、この歳で出来る事、出来ないことなど見当を付けながらの1年でしたが、最近では悔しいけれど諦めなければならないということを知りました。あれもしたい、これもしたい、やってみようと思っていましたが、あれも、これも、ムリということが分かってきました。本当に悔しいけれど、これが歳をとることだとやっとわかってきました。

出来ないことは無理をしないで諦めればいいのだということが、解かってきたのです。それで、少し、楽になってきました。いい歳をして、とはた目には分かる事なんでしょうが、本人が得心いくには葛藤があります。

★さて、映画「国宝」です。この映画、チラシにも「才能か、血筋か」というテーマが宣伝文句になって紹介されています。映画を観て、二人が演じる目くるめく歌舞伎の世界にどっぷりつかりながらなかなか抜け出せません。そして、最近ふと思いついたのが「ないものねだり」という言葉です。
才能に恵まれた喜久雄(吉沢亮)は俊介(横浜流星)の血筋が欲しいと願います。一方、血筋に恵まれた俊介は、歌舞伎俳優の血をガブガブ飲みたいという喜久雄に諭すように「芸があるやないか」とやんわりと言い返します。
二人が切磋琢磨して歌舞伎の修業を積んでゆく過程は、交錯するこの「ないものねだり」ゆえの精進の道です。そして、物語は俊介に血の呪いを実現させてしまいます。父親から引き継いだ血によって、俊介は健康な身体を失ってしまうのです。
もう一つ、触れておきたいのは、俊介の父親・花井半次郎(渡辺謙)の妻、俊介の母を演じた寺島しのぶさんです。自らは歌舞伎俳優の娘でありながら、女だからという理由で歌舞伎の世界に入ることが許されなかった体験者です。
パンフレットでは、「血を分けた息子が跡を継ぐのが前提の歌舞伎の世界」だから、映画の半次郎が、俊介を差し置いて喜久雄を選ぶというのは『フィクション』と。
映画はその壮大なフィクションゆえの美しい世界でもあります。最後に寺島しのぶさんは、「映画のように歌舞伎の世界も少しずつ変わっていってもよいのでは」と書いておられます。そういえば、玉三郎さんや片岡愛之助さんはその先駆者なんですね。
妖艶で儚く美しい女形の歌舞伎の世界が、虚構だからこそ、いつまでも心を占めて離れないのかもしれません。
★映画の歌舞伎指導をした鴈次郎さんと吉沢亮さんのスイッチインタビューの放送が、
20日の金曜日夜9時半、NHKで:
★大ヒット。15日までの動員数85万人以上:
★吉沢さんと横浜さんの対談:
★9つの国と地域でも公開予定:
★原作本も売れてるようです:
◎それでは、しばらくお休みします。






