🔲「自らの命は自らが守るという『原則』」と高市首相。いつからそんな『原則』が出来たのか?! なるほど、有事の際、国民を守る気はなく、国家を守るということ。こんな国には、絶対、戦争をさせてはいけません。:
🔲新劇界の重鎮?だった千田是也さんの名前の由来、初めて知りました:
★大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』最終回
島流しされるはずの一橋治済(はるさだ)が雷に打たれて死ぬという衝撃的なシーンからスタート。15分拡大して蔦重の最期までが描かれました。町人が主人公ながら花魁の吉原から江戸市中の本屋、出版、流通、狂歌蓮から浮世絵や浮世絵師など、文化、エンタメと、そして江戸幕閣の政治とお家騒動も絡めて最後までハラハラドキドキのとても面白い大河ドラマでした。それと、これは蔦谷重三郎をメインに取り上げながら、蔦重が愛し愛された仕事仲間の群像劇でもありました。
いつかは大河の主役とファンなら願う大役を任された横浜流星さん、昨年の6月、丁度「国宝」を撮り終えた直後だったせいか、お茶を淹れる時の蓋を押さえる手に女形の所作が出ていたり、着物をさばく所作が美しかったりします。ところで最終回放送の昨日は東京ではこんなイベントがあったそうです。この時の写真のお顔がシャープなのは「べらぼう」の臨終場面と次作の役作りの為とか:
横浜流星さんらが12月14日、「大河ドラマ『べらぼう』最終回!ありがた山スペシャルトークショー」に登場。蔦重ゆかりの地・東京都中央区の銀座ブロッサム ホールで、収録の思い出や意外な舞台裏について語りました。
「べらぼう」ゆかりの地で最終回イベント
イベントに出演したキャストは、横浜流星さん(蔦屋重三郎役)、染谷将太さん(喜多川歌麿役)、橋本愛さん(てい役)、中村蒼さん(次郎兵衛役)、風間俊介さん(鶴屋喜右衛門役)、高橋克実さん(駿河屋市右衛門役)の6名。NHKの鈴木奈穂子アナウンサーが司会を務めました
★このイベントの<放送予定>
今回のイベントの模様は、下記の日程で放送予定です。
▶12/29(月)午後4:03~4:22NHK総合また、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」総集編も放送される予定です。
▶12/29(月)NHK総合・BSP4K 午後0:15~4:03※途中ニュース中断あり
★22~23年の舞台「巌流島」で横浜流星さんが演じる宮本武蔵を見て蔦重を任せることにしたという脚本家の森下佳子さんとNHKの制作統括藤並プロデューサーですが…
『べらぼう』を歴史に残る作品にした制作統括の信念 エンタメは「人を豊かにする力がある」

最終回を終えた横浜流星主演のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』。脚本家・森下佳子が描き出した、愛すべき“人間臭い”登場人物たちと、予測不能なエンターテインメントの裏側には、制作統括・藤並英樹の揺るぎない信念があった。戦国や幕末に比べ、大河ドラマとしては馴染みの薄い江戸中期にあえて挑んだ理由とは。そして、物語に込めたエンターテインメントの力への思いとは。制作の裏側と作品への手応えをじっくりと聞いた。
●蔦屋重三郎を主人公に据えた意義
――江戸中期という時代、そして蔦屋重三郎(横浜流星)という人物をテーマにするのは非常にチャレンジングだったと思いますが、放送を振り返っていかがですか?
藤並英樹(以下、藤並):このテーマを選んで「間違いなかった」というよりも、素直に「やってよかった」と感じています。嬉しかったのは、ドラマをきっかけに全国の美術館や博物館で、江戸の戯作や浮世絵の展示が盛り上がったことですね。例えば、蔦重ゆかりの品がある愛知県西尾市の「岩瀬文庫」にお客さんが増えたり、東京国立博物館での特別展が盛況だったりと、ドラマ単体だけでなく、日本の文化やカルチャーそのものを皆さんが再発見し、面白がってくれた。そこに関われたことが何よりの喜びです。
「べらぼう」蔦重の最期は碑文通り 脚本・森下佳子「嘘かホントかわからない死にざま描きたかった」
蔦重の最期はまさに「べらぼう」らしい粋な描写だった。蔦重に九郎助稲荷(綾瀬はるか)から“今日の昼九つ午の刻に迎えに行きます”とのお告げがあり、危篤に陥った蔦重のもとに妻てい(橋本愛)、喜多川歌麿(染谷将太)、朋誠堂喜三二(尾美としのり)、北尾重政(橋本淳)、北尾政演(古川雄大)、大田南畝(桐谷健太)ら仲間たちが集まるも、なかなか迎えが来ない。最後は、死んだと思ったら「(周りが騒がしくて)拍子木、聞こえねえんだけど」と目を開ける……という場面で幕を閉じる。この奇想天外なシーンは、どのように生まれたのか?
「大田南畝と宿屋飯盛が墓碑に書いた通りにしたらああなりました。碑文にあのシーンが全部書いてあるんです。蔦重が“俺は正午に死ぬ”と言い出して、女房や店の人に采配をしたり、“時間が来ても迎えが来ない”“拍子木が鳴らねえ”って言ったところまで書かれていて。アレンジの部分としては、臨終の際に仲間たちが来て、拍子木が聞こえなかったのはうるさかったから、ということぐらいです。このお話を横浜さんにしたとき、“いいな、俺もそんな風に死にたいですね”とおっしゃったんですけど、わたしも同じで。理想の臨終ですよね」

そうして蔦重の最期を書き終え、「江戸っ子の文化って明るくていいな、当時の人はこんなに明るかったんだ」と痛感したという森下。本作を通じて蔦重の人生に触れ、「蔦重はいろんな功績を残した人。黄表紙、錦絵……。流通網を整えて江戸から地方に広げていったのも彼だし、そういう意味では笑いを届けた人だったんだろうなと。それはとても大事なこと、尊いことだったんじゃないかなって。今はどんどん笑うことがしんどい世の中になってきていると思うし、内心では笑っていても笑っちゃいけないんじゃないかと感じる場面が生活しているとあるような感じがするんですよね。そんな時代にあって、時に財産をめしあげられて、半ば死んでふざけ切った彼はあっぱれだなって」と思いを馳せていた。(取材・文:編集部 石井百合子)
★蔦谷重三郎(喜多川からまる)墓碑



