
◎今年2025年は、昭和100年、そして戦後80年。昭和19年生まれの私としては、戦争前の記憶は勿論ありませんが、その後の80年は自分史の中で体験した景色とか背景が記憶としてとどまっていて、それらと重なったり重ならなかったりでした。
そして、時代は必ず良い方向へ向かうと信じていたことが、そうではないことをまざまざと意識させられた一年でした。こんなに、危ない時代になろうとは、本当に信じられないくらいです。それも若い人たちがそういう方向を望んで、選んでいるように見えるのが心配です。80代の私たちはもう未来が限られていますが、若い人たちはこれから半世紀以上もあるのですから・・・数では多い老年世代がこれからの日本と若い人たちのために、選挙で良い選択をしていくことが大事だなとも思います。
🔲この言葉を発した時の田中角栄さんの映像を覚えています。私が見たのは、この写真のような演説調ではなく、マイクを向けた記者に話し掛けるような言い方でした:
🔲羽仁五郎さん、学生時代の有名人でしたが、政府と憲法の関係は大事です:
🔲黒柳徹子さんは私の丁度10歳年長の戦争体験者。とても共感できます:
🔲政府がなすべき役割を放棄して、戦争準備、ましてや、『継戦』なんてことを言い出すなんて許せません:
🔲こういう映画の放送がテレビから消えて久しい。こういう作品が邪魔になる人たちがいるということ。再び戦争をしたい人たち(戦時態勢で得する人たち)がいるということ:
🔲最後に、永井隆博士の詩「いとし子よ」から一部をコピーで:
そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものは何であるか?――原子爆弾。
・・・いいえ。それは原子の塊である。そなたの母を殺すために原子が浦上へやって来たわけではない。
そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。」
「戦争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこんな大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。
そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて、
――戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう!
そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。どうして人間は、こうも愚かなものであろうか?」
「私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。…
わが子よ! 憲法で決めるだけなら、どんなことでも決められる。憲法はその条文どおり実行しなければならぬから、日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。どんなに難しくても、これは善い憲法だから、実行せねばならぬ。自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。これこそ、戦争の惨禍に目覚めたほんとうの日本人の声なのだよ。」
「もしも日本が再武装するような事態になったら、そのときこそ…誠一よ、カヤノよ、
たとい最後の二人となっても、どんな罵りや暴力を受けても、きっぱりと◆戦争絶対反対◆を叫び続け、叫び通しておくれ!
たとい卑怯者とさげすまされ、裏切り者とたたかれても
◆戦争絶対反対◆の叫びを守っておくれ!」
「敵が攻め寄せたとき、武器がなかったら、みすみす皆殺しにされてしまうではないか?――という人が多いだろう。しかし、武器を持っている方が果たして生き残るであろうか?
武器を持たぬ無抵抗の者の方が生き残るであろうか?」・・・
「狼は鋭い牙を持っている。それだから人間に滅ぼされてしまった。ところがハトは、何ひとつ武器を持っていない。そして今に至るまで人間に愛されて、たくさん残って空を飛んでいる。・・・
愛で身を固め、愛で国を固め、愛で人類が手を握ってこそ、平和で美しい世界が生まれてくるのだよ。」
「いとし子よ。敵も愛しなさい。
愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。
愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。敵がなければ戦争も起らないのだよ。
