渋谷・ホームレス女性殺害「電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~」(奥田知志氏)

◎23日のブログ「奈良少年刑務所『人間の本質は、優しさでした』」を「後は野となれ山となれ」のよんばばさんがブログでとりあげてくださいました。

こちらです:今の社会はこの優しさに応えられるか? - あとは野となれ山となれ (hatenadiary.com楽天

タイトルにもある「今の社会はこの優しさに応えられるか?」はとても大事な問いかけだと思います。というのは、今の社会、とても残酷で野蛮。だからこそ、寮美千子さんの『人間の本質は』と言う言葉が意味を持ってくるのですが、残酷で野蛮な現実を生きる私たち、本質を見失わないでどうやって優しさが力を持てるか課題ですね。

◎政府から配られた10万円、奥田知志さん(SEALsの奥田愛基さんのお父さん)の「抱撲」に一部寄付したことから奥田知志さんの名前を見ると注意するようになりました。今回は、渋谷のベンチに座っていた64歳の女性がビニール袋に石を入れたもので殴り殺された事件について「論座」に書いておられます。

ベンチの真ん中に「手すり」のような仕切りのついたベンチ、私も見たことがあります。ここ20年ほどで全国に広がったそうです。これを奥田氏は「最も醜いベンチ」と呼ぶ。なぜ? 

事件の捉え方、必要とされる想像力、共感力、連想力、それらをひっくるめての『教養』、それがなければ『野蛮人』ととても大切なことを書いておられると思いますので全文を引用です:

電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~渋谷・ホームレス女性殺害 - 奥田知志|論座 - 朝日新聞社の言論サイト (asahi.com)

電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~渋谷・ホームレス女性殺害

「いのちの分断」が進む社会で必要なのは想像する力、共感する力、そして連想する力

奥田知志 NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師

 

 彼女のことを考えている。当然、会ったことはない。

 居場所はなく、バス停で休んでいた。そして、いきなり殴り殺された。付近の住民は「小柄でおかっぱ頭」だったという。64歳。

 どんな人だったのだろう。どこで生まれ、どんな人生を歩んできのだろう。なぜ、あの場所にいたのだろう。報道では今年の2月まで渋谷区のスーパーで働いていたという。なぜ、仕事と住まいを失ったのだろう。コロナの影響か。

 何もわからない。しかし、私たちは想像することができる。できる限りの「想像力」をもって彼女のことを考える。それが残された者の「宿題」あるいは「義務」なのだ

薄れていく意識の中で何を考えたのか

 16日午前5時、東京都渋谷区のバス停のベンチに座っていたOさんが襲われた。路上生活者だったという。救急搬送されたが、死亡が確認された。防犯カメラの映像によると、犯人はベンチに座っていたOさんの頭を袋で殴り逃走。言葉を交わした様子もなく、いきなり殴りかかったとみられる。

 21日警視庁は、現場近くの交番に母親に付き添われて出頭した46歳の男を逮捕した。「痛い思いをさせればあの場所からいなくなると思い殴ったが、まさか死んでしまうとは思わなかった」と供述しているという。

 凶器となった袋には「ペットボトルなどが入っていた」「石を入れた」などと話しているという。付き添いの母親は「あんな大事(おおごと)になるとは思わなかった」と本人が言っていたと語っている。

 Oさんは意識が薄れていく中で何を考えただろうか。そこにあったのは、無念、苦しみ、痛み、怒り、悲しみ……。あるいは、「これで楽になれる」と思っただろうか。

「もう二度と目が覚めませんように」と祈る毎日

 そう思わざるを得ないほど路上生活は苦しい。僕には経験はない。だから、本当のことはわからない。だが、30年数年過酷を極める路上生活をする人を間近に見てきた。「3日やればやめられない」などと茶化す人もいる。いや、それはあなたが現実を知らないからです、あるいは人としての「想像力」を欠いているからです。

 あるホームレスの親父さんは「毎晩祈ってから寝る」と語った。牧師である私は「もしかしてクリスチャンですか」と尋ねた。すると彼は「もう神も仏もありません」と静かに答えたのだ。

 彼は何を祈っていたのか。「もう二度と目が覚めませんように」。彼は毎晩そう祈っていたという。言葉の重さにたじろいた。鈍感な私でさえ、この言葉に野宿生活とはどういうことなのかを考えざるを得なった。

排除の町で~「最も醜いベンチ」で事件は起きた

 最初にニュースが飛び込んできた時、映像にうつるベンチが事件の背景を物語っているように思えた。二人掛けの小さなベンチの真ん中に仕切りの「手すり」。多くの人は、この「手すり」に違和感を覚えない。しかし、ホームレスの現場を長く見てきた私には、このベンチが事件を象徴しているように映った。

 この手のベンチは、ここ二十年ほどの間に全国に広がった。「横になれないように仕切りを付けたベンチ」は、ホームレス対策として設置されたベンチだ人を拒絶する「最も醜いベンチ」は今も増え続けている

 ベンチに仕切りだけではない。公園の東屋の屋根は外された。駅の待合室は改札の中へと移された。居場所がない人々を何とか引き受けてきた場所が消えつつある。格差が広がり、困窮者が増え、ホームレスが顕在化したころから町は疲れた人が横になる場所を奪い始めた

 事件はこの「最も醜いベンチ」で起こった。最も小さくされた人を排除するそのベンチが殺害現場となったのだ。

無言のまま人を「拒絶」する町々

 「痛い思いをさせればあの場所からいなくなると思い殴った」。これが犯行の理由だった。ふざけるな、と言いたい。

 しかし、この言葉はここ数十年、日本中の町々が多かれ少なかれ、口にはしなくても考え「醜いベンチ」という非言語的な具象によって表出させた思いと符号する。犯人の後ろに共犯する社会が存在する。あの「最も醜いベンチ」はそれを物語っている。

 「最も醜いベンチ」は、無言のまま「拒絶」の姿勢を示していた犯人もまた、言葉もなく突如Oさんに襲った。野良犬を棒切れで追い払うかのように彼女は襲われた。

 言うまでもなくOさんは人間である。犯人が言葉を放棄したことは、Oさんを人間扱いしていない証しだと思う。同時に人間性の根幹である「言葉」や「対話」を放棄することで彼は、人であることを放棄したかのように私には見えた。

多くの人がOさんを知っていたのに……

 近所の人の証言によると「いつもバス停のいすで寝ていた。朝2時くらいに来て6時前には帰る。新宿の方向へ」というのが、Oさんの日々だったようだ。一部の人は彼女の存在を認識していた。そして、彼女もまた町の人々を意識していた。

 「朝2時から来て6時には帰る」。このような行動をとる野宿者は少なくない。深夜、町の人が寝静まった後にひっそり休息をとる。バスが来ない時間帯にバス停で休んでいたのは、人目を気にしているのみならず、なるべく迷惑にならないようにという思いがあったのだと思う。数時間、それが彼女の唯一休息だったのだと「想像」する。 

 かつて私が知り合ったホームレスの親父さんも、終電後の駅に戻りダンボールを敷き眠り、始発の前にその場所を去り町に消えていた。そんな日々を送る彼は、「見られのも嫌だし、みんなに迷惑もかけたくない」と言っていた。Oさんもまたそうだったのだと私は「想像」している。

 事件を通報した女性は、「いつも見かける人が倒れている」と110番に告げたという。Oさんは「いつも見られていた」のだ。さらに「パーカを着たり、上着を着たりして寝てて、最近寒いので、凍死しちゃうんじゃないかなと心配していた」「ベンチに座ってね、もう1カ月くらい前から気になっていた。キャリーケースを杖みたいにして寝てるんです」との声も報じられている。Oさんは認識されていたし、心配もされていた

 しかし、それらの思いは、個々人の中に留まり、肝心のOさんには伝わらず、「心配」が公的機関や支援団体にもつながることもなかった。あと一歩のところでブレーキがかかったのだ。

格差が「いのち」にまで広がっている

 もし、小学生の女の子がバス停で夜を過ごしていたならばどうだろう。「大騒ぎ」になっていただろう。心配されながら1カ月も放置されることは、まずない。しかし、相手が大人であり、かつ「ホームレス」の場合、強烈なブレーキがかかる。これを差別と言う。

 昨年9月。台風19号が首都圏を直撃した。テレビでは「いのちを守る最大限の努力を」との呼びかけが繰り返された。そんななか、ホームレス状態だった人が台東区の避難所を訪れた。しかし「ここは区民のための避難所だ」と入室を断られ、嵐の中へ押し返された。後日、区民以外の外国人や旅行者を避難所が受け入れていたことが判明し、区長が当事者に謝罪する事態となった。

 経済格差が問題となっているが、格差は「いのち」にまで広がっている。「大事にされるいのち」と「ぞんざいに扱われるいのち」。そんな「いのちの分断」が社会には存在している。

 この分断は、さらに深まっている。2016年7月の相模原事件は、「いのちの格差」を明示した事件だった。私たちは、この分断をどうすれば乗り越えることができるだろうか。

所持品は「衣類と食品のゴミ」報道は間違い

 Oさんの所持金は8円だったという。想像したい。8円しかないという現実を。たまたま通帳から下ろし忘れたというというのではない。全財産が8円なのだ。私ならどうだろうか。

「衣類と食品のゴミ」を持っていたと報道は伝えた。しかし、この報道は間違っている。記者の目には、あるいは担当した警察官には「食品のゴミ」としか映らなかった。しかし、それは間違いなく彼女の「食べ物」だった。「ゴミ」ではない。

 誰が「ゴミ」を大事に持ち歩くか。彼女のいのちをつなぎとめるための「食べ物」だったのだ。「ゴミを食べざるを得ない人の気持ち」を想像したい。自分ならどうだろうか。

 多くの野宿者が自分の食べ物を「エサ」と呼ぶ。関東でも、関西でも、そして九州の野宿者も。私が「人が食べているのだから『食べ物』と言ったらどうです」と言うと、「残飯を漁っているから犬や猫と一緒。だからエサだ」と彼らは言う。

 「エサ」ならまだ「食べ物」の範疇に留まるが、「ゴミ」はもはや「食べ物」ではない。突如襲撃されたホームレスの女性の悲劇を伝える記事であるにも関わらず、残念ながら「想像力」に欠けている。

 記者は「伝えなければならない」との正義感をもって記事を書いたと思う。当日トップニュースにもなった。しかし、そこに想像と共感はどれだけあったのか。

想像力という「教養」を失った社会

 養老孟司は、著書の中で「教養はものを識ることとは関係がない。やっぱり人の心がわかる心というしかないのである」と言う。

 無言のまま彼女を殴り殺す人。彼女のことを心配しつつも対話なき地域の人々。なけなしの食べ物を「食品のゴミ」と認識するジャーナリズムに欠落しているのは「教養」だ。すなわち「人の心」を理解しようとする営みである

 想像する力、共感する力、そして連想する力が私たちには必要なのだ。どれだけ豊かになったとしても、どれだけ便利になったとしても、それらが不十分なら、私たちは「ただの無教養な民」となる。

 犯人の46歳の男性は、母親に付き添われて出頭したという。この家族がどのような状況にあったかも想像せねばなるまい。

 母子家庭。彼の父は生前、「息子がひきこもっている」と心配していたともいう。いかなる事情であれ今回の事件を割り引いて考えることはできない。それでもなお、私達は、「自宅のバルコニーから見える世界が自分のすべて」と近所に語っていたこの男性のことも想像するしかない。

 いかなる理由であれ他者に対する「想像」を怠れば、私達は他者を排除する「無教養な民」となってしまう

 「あんな大事(おおごと)になるとは思わなかった」と本人は言った。「大事(おおごと)」とは何を指すのか。「まさか死ぬとは思わなかったが死んでしまった。自分が殺人者になるとは思わなかった」ということか。

 そうならば、どこまでも「他者」不在の「無教養な男」と言わざるを得ない。自分のことしか考えない。それが「無教養」の証しだ

 殺されたから「大事(おおごと)」なのではない。64歳の女性が野宿せざる得ない現実が「大事(おおごと)」なのだ。「大事(おおごと)」、つまり「大変な事態」なのだ社会は、その「大事(おおごと)」に気付くことなく、まるで「小事」のごとく受け流す。人の心を考えず、その人の苦しみも想像せず、一方的に排除する。

 そういう「無教養な社会」になっていることが最も「大事(おおごと)―大変な事態」なのだ。

なぜ電源の入らない携帯電話を持っていたのか

 彼女には、もう一つ所持品があった。「電源の入らない携帯電話」だ。どんな思いで携帯電話を握りしめていたのだろう。

 かつてその携帯電話先にはどんな人々がいたのだろう。その人々は、彼女が亡くなったことを知っているだろうか。さらに、親戚の連絡先のメモも見つかった。

 Oさんは、誰かとつながっていたかったのだ。起動することもない携帯電話を持ち続けたOさんは、いつの日か、その電話に再び誰かがかけてくることを待っていたのだと思う。いつの日か、懐かしい人々に電話をする日を待っていたのだと思う。

 しかし、その夢はもう叶わない。

「野蛮人の国」にならないために

 だから、最大の「教養」をもってOさんのことを想像したい。「電源の入らない携帯電話」を持ち続けた路上生活者Oさんのことを考え続けたい。彼女の思いを想像したい。それがあるべき「教養」なのだ。

 それができたなら、次に私たちは連想するのだ。この社会で「電源の入らない携帯電話」を握りしめている人が他にもいるであろうことを。今、この時に、すでに鳴らなくなった携帯電話を「この世界とのつながりの証拠」であるかのように握りしめる人々を連想するのだ。そのイメージが沸いたなら、その携帯電話が再びつながるためには何をすべきかを考えるのだ。

 すべては想像から始まる。私たちは「教養ある民」でありたい。そうでなければこの国は「野蛮人の国」で終わる。

 二度とこのような事件を繰り返してはいけない。だから、僕は彼女のことを考えている。 

 

母の面会と「辺野古サンゴ移植失敗?」「コロナの死者より多い日本の自殺者数」「不織布・布・ウレタン、有効なマスクは?」

去年のシクラメンが夏を越してまた花をつけ始めました。フリル付きのピンクの花が可愛い。ウサギのポットには深紅のミニシクラメンを入れました。

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勤労感謝の日で祭日の昨日、午後から母に会うためホームで面会の予約を取りました。前日母のアクセサリーが入っている小さな棚と低い箪笥の引き出しを整理しました。妹が未だ身に着けられそうな帯と着物が一着残っていました。アクセサリーは娘二人がいる妹のところと私、それに亡き妹の娘・姪に渡す分に分けてみました。母は何も持って行かなかったけれど本当にいらないのか聞いてみようと思いました。

2時丁度ホーム着。検温、消毒、うがいを済ませてロビーの椅子で待っていると、いそいそと歩行器で母がやってきます。元気そうです。手も温かくなっていました。

今回は、母の持ち物を片付けていて見つけた手袋やショール、耳かき、などの小物類と葉書大の写真や俳句が書ける縦書きの学習ノートや縦書きのメモ帳など、これも整理していて見つけたものを持って行くことに。帽子は外に出ないからいらないと言われましたが、まずまず必要なものが揃いました。アクセサリーはいらないから送ってやってと言われました。生前の形見分けです。

母も大阪の感染者数の増加が気になるようで息子たち二人は元気にしてるのかと聞かれ、沖縄の次男は今回帰省は控えると連絡あり、長男の方はどうなるか・・・「二人で静かなお正月もいいじゃない」と母が言うので、「お母さんはどうする?」と私。「ここでお任せ…」と言うので、じゃそれぞれのところでお正月ということに。今回は15分があっという間でした。最近はメモ用紙を持って行って筆談です。

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実家の玄関先のピンクのベゴニアと満開のツワブキと紫のノボタン。
(写真では青く見えますがきれいな紫色です)

🔲辺野古の海のサンゴが死んでしまっているようです。

防衛相はサンゴの移植に成功したと言っていたの? 

 
 
 
山崎 雅弘
 
@mas__yamazaki
 
防衛省が、失敗を成功と強弁」って、本当に洒落になりませんね。 他の省庁でももちろん駄目ですが、防衛省が感覚麻痺してそんな「成果捏造のウソ」を普通にやり始めたら国がどうなるか。 戦史室へ行けば、自国の先例が山ほど見つかるでしょう。
引用ツイート
大久保奈弥(Nami Okubo)
 
@acroporanobilis
·
辺野古で米軍新基地建設のために移植された絶滅危惧種のサンゴがまた死にました。これで9群体中4群体が死亡消失、さらに現在、もう1群体の死亡を確認中です。要は、サンゴの移植は「失敗」したわけです。しかし、防衛省と環境監視等委員会の学者らは、移植を「成功」だとする欺瞞を続けています(続

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🔲 「コロナの死者よりも多い自殺者に海外メディアが驚愕。日本のメンタルヘルスパンデミック」と言うタイトルの記事はハーバービジネス・オンラインの記事です。

新型コロナウイルス感染症そのものよりも、はるかに多くの日本人が自殺によって亡くなっている。これはパンデミックの経済、社会的影響が絡んでいると思われる。全国の死者が2000人以下と、日本はコロナの流行に対して他国よりうまく対応した一方、警察庁の仮統計によれば10月だけで自殺者数は2153にも昇っている。これで上昇するのは4か月連続だ。  現在日本では、今年に自ら命を奪った人の数は1万7000人以上にも昇る。10月の自殺者数は例年より600人多く、女性の自殺は全体の約3割と80%以上上昇している」  特に注目したいのは、女性や子どもの自殺が増えているという点だ。  「主に育児を担ってきた女性は、パンデミックによる失業や不安の矢面に立たされている。また、彼女たちはよりDV被害の危険性に晒されており、相談所によれば世界各国と同じく日本でも状況は悪化している。全体から見ると子どもの自殺はもっと少ないが、こちらも上昇している」

 

「自殺者数は初め、ウイルスの感染拡大を防ぐため、春に政府が発表した緊急事態宣言の間は低下した。専門家は、職場や学校のストレスから離れたせいだとした。こうした集団的な連帯は、戦争や自然災害によっても発生した。  しかし、経済が再開するとともに、一部の国民は置いてきぼりにされた。たとえば解雇された労働者や、家に居続けなければならなかった人たちだ。日本では、3か月間の閉鎖後、6月から学校が再開した。統計によればイジメが増加し、学業に追いつくためのストレスが加わった」

◆全文はこちらで:

コロナの死者よりも多い自殺者数に海外メディアが驚愕。日本の「メンタルヘルス・パンデミック」 | ハーバー・ビジネス・オンライン (hbol.jp)

 🔲大阪の感染者数の増加が本当に急激で怖いくらいです。大事な時期に都構想の住民投票で府市一体の賛成キャンペーンに力を入れていたことと無関係ではないだろうとは思いますが・・・

 
 
 
@handainakano
 
維新ツートップでなくても新型コロナ感染症は増えたとは思う。道頓堀での無邪気な飲食推進キャンペーンとか「都構想」投票も決して良くはなかったと思うが、その影響は本当のところわからない。しかし、もっと集中していれば、これほど無策な状況に置かれることはなかったはず
引用ツイート
異邦人
 
@Narodovlastiye
·
大阪の感染が全国最悪レベルになったのは、維新首長が感染拡大が始まっても所謂「都構想」に無我夢中だった点と無関係ではないだろう。しかも、住民投票で結果が出ても、大阪市の財政に手をつけようという「都構想」の焼き直しに躍起になっている。この悪政には直ちに引導を渡すべきだ。

🔲息のしにくいウレタンの方が効果があるのかと思っていました。不織布が一番有効なの!! 実験したのは・・・「豊橋技術科学大学による実験値」と読めます。

 
 
 
釈迦
 
@yu1002
 
やはり本気で予防考えるなら不織布か。 最近はエチケット的になってるけど。

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奈良少年刑務所「人間の本質は、優しさでした」(寮美千子さん)

◎雑誌交換で月遅れで読ませていただいている「ハルメク」。元は、75歳以上を『新老人』と名付けた故日野原重明さんのシニア向け(50代以上)雑誌「いきいき」でした。先々月号で初めて寮美智子さんの「リレー連載」の「こころのはなし」に奈良少年刑務所詩集が取り上げられていたのに気づきました。その連載が今回の11月号で最終回。そのタイトルをブログのタイトルにしました。

映画「きみの瞳が問いかけている」のあらすじと感想を書いた最後にも前回のブログで取り上げた服役中の少年二人の詩を紹介する内容(「世界はもっと美しくなる」)を貼り付けました。映画のダブル主演の一人横浜流星さんが演じた篠崎塁は3年5か月の刑期を終えて再スタートを切った青年でした。出所後も元のボクシングジムのコーチや会長、育った養護施設の修道院のシスターや偶然知り合い愛し合うようになる盲目の女性たちとの優しい関係が描かれて、罪の意識と贖罪の物語が進行するという映画でしたので、ちょうどいいかなと思って紹介しました。

ユニークな奈良少年刑務所の建物を設計したのはジャズピアニストの山下洋輔氏の祖父山下啓次郎氏。明治の五大監獄を設計しました。奈良少年刑務所星野リゾートによりホテルに生まれ変わりました。

・「ドバラダ門」(不思議な体験) - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ ・・・(hatenablog.com)

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寮美千子編「空が青いから白をえらんだのです…奈良少年刑務所詩集」 - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)

奈良少年刑務所詩集「世界はもっと美しくなる」(寮美千子)より - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)

さて、最終回のタイトル「人間の本質は、優しさでした」という今回の記事も、本当かしらと思うほどの優しさについて書かれています。「詩」の朗読を聞いた受講生のコメントの優しさが信じられないくらいです。その優しさが優しさの連鎖を生んで・・・人は変われるという体験を寮さんはなさっています。記事を移してみます:

最終回

人間の本質は、優しさでした

 

作家の寮(りょう)美千子さんは、2007年から16年まで奈良少年刑務所で受刑者の少年たち186人に絵本の朗読や、詩を書く授業を行ってきました。その中で寮さんは少年たちの書く詩と、その詩に対する彼らの反応に触れ、人間の本質は優しさではないかと気付いたと言います。

 

 刑務所の少年たちが書いてくれた詩の中にこんな一編がありました。

 

   すきな色

 

 ぼくのすきな色は

 青色です

 つぎにすきな色は

 赤色です

 

 確かに私は少年たちに、「書きたいことが見つからなかったら、好きな色について書いてきてください」と言いました。とはいえ、こんな直球の詩が来るとは思わず、のけぞりそうになりました。コメントに困っていたら、受講生がみんな手を挙げるのです。

「僕は、〇〇君の好きな色を一つじゃなくて二つ聞けてよかったです」「僕も、二つも教えてもらってうれしかったです」「僕は、〇〇君は青と赤がほんまに好きなんやなあ、と思いました」……本当になぜ彼らはこんなに素直に優しさをあふれさせることができるのだろう。少年刑務所に入るほどの罪を犯した子なのに。

 その詩を書いた子はいつも表情がなくて、目も宙を泳いでいるような子でした。それがみんなの感想を聞いてふっと笑ったんです。刑務所の教官はそんな彼を見て「○○君、いい顔してるじゃないか」と言ったら、はずかしくなっちゃって頬がぱっと赤くなって、急に悪い魔法がとけて魂が戻って来たようでした。

 彼の魔法をといたのは、この詩です。そしてそれを「詩だ」と思って受け止めてくれた仲間です。私たちは何もしていません。こんな詩を書きなさいとも言いませんでしたし、この詩は上手ですね、と評価もしませんでした。やっとことと言えば「おぜん立て」。ここなら何を言っても大丈夫。安心な場所ですよ、という場所づくりをしただけです。それでもこうした奇跡のような出来事が、毎回起きたのです。

葛藤しながら書いた神聖な言葉。

それが人の心を動かしたのです

 これは、まだ純粋さが残る少年が対象だから起きえたことだったのでしょうか。私自身も疑問でしたが、あるとき私は別の刑務所で1日だけ、成人男子の受刑者に同じような授業を行う機会を得ました。たった1日の授業でしたが、ある受刑者の作品に対し、みなが「○○さんがそんな気持ちを持っていたなんて初めて知りました」「そんなにしんどかったら、僕に言ってください」「○○さんを助けてあげたいって思いました」……。そんな言葉が次々に飛び出したのです。驚きました。大人も子どもも同じなのです。

 おそらく、作文ではなく詩という、より研ぎ澄まされた言葉で綴ることが良かったのではないかと思います。彼らは、心の襟を正して一生懸命に書いたでしょう。言葉にすることで自分の魂の隠していたい部分もバレてしまうかもしれない。怖い。そんな気持ちを乗り越えて一生懸命書く。その言葉は、スマートフォンやパソコンのSNSなどでやりとりされる言葉とは違います。もっと神聖な言葉その言葉を自分自身で「これは詩だ」と思ってみんなの前で読む。みんなが「ああ、詩だねえ」と受け止めてくれる。こうして言葉は詩になり、人の心を動かす力を持つのだ、と私は思いました。 

自分が人の輪の中で生きていると気づくと

自分の罪にも自ずと向き合える

「北風と太陽」の「太陽」教育

 私たちが行った「詩の授業」は「社会性涵養プログラム」と言う教育の一環で、その人の内面を豊かに育っていく教育方法でした。他にもいろいろな種類の授業がありました。例えば、生まれたばかりの赤ちゃんと同じ重さの人形を彼らに抱いてもらい、自分のこのくらいの大きさ、重さで生まれてきて、今ここまで大きくなったのだということを実感してもらう授業。これは殺人を犯した少年たちが全員受ける授業でした。

 また、10名ほどが集まり、一人が大きな毛糸の玉を持って、誰か一人に「あなたのこういうところが好きです」と伝えながら毛糸の玉を渡す。そうして次の人へ、次の人へと玉が渡されていくうちに、毛糸の網の目が張られていきます。その糸の網のように、人と人がつながっていて、みんながみんなに支えられているんだよ、これが社会ってものなんだ、と実感してもらう授業もありました。

 私はこれを太陽教育だと思っています。「北風と太陽」の寓話があるでしょう。「自分の罪を反省しなさい」と指導するのが北風教育です。でも普通に生きてきた私でも、「自分のどこが悪いのか反省しなさい」と言われたら、とても苦しくなります。まして本当に罪を犯していれば、耐えられることではないでしょう。私たちは授業の中で一度も「反省しなさい」などと言ったことはありません。でも自分からこんな詩を書いてくれた少年がいました。

 

   つぐない

 

 つぐない

 

 きびしい刑務所生活

 いつもかんがえる

 被害者の心のキズ

 

 つぐない

 

 つぐないきれない

 あやまち

 もう二度と

 

 つぐない

 

 犯した事件

 生きているまで

 つぐないつづける

 

 彼は、このプログラムを通して、自分が傷付けた相手にも同じ人生があったのだということを悟り、自分のしたことに思い至ってこの詩を書いた。これが太陽教育なのだ、と私に実感させてくれた詩でした。

 私は刑務所で受刑者たちと出会い、人間の本質は優しさなのだと信じることができました。ひどい罪を犯した人の中にも優しさがある。その優しさをうまく出せずに、罪を犯してしまったけれど、また変わることもできる。彼らがそれまで受けられなかった、他人からの共感や理解が得られれば、本当に更生することができるのではないかと思うのです。

 残念なことに、奈良少年刑務所は2017年に廃庁となり、私の授業も終了となりました。しばらくは「刑務所ロス」でしたが、やがて児童自立援助ホームという、15歳から20歳までの家庭のない児童や、家庭にいることのできない問題を抱えた児童が、自立を目指すための施設で、少年刑務所で行ったのと同じ授業を行うチャンスに恵まれました。

 私は刑務所で講師をしながらずっと「この子供たちがここに来る前に、こうした授業をしてあげられたら、どんなにいいだろう」と思っていたので、これは嬉しい経験でした。ただ、コロナ禍でなかなか集まって顔を合わせることが出来なくなっているのが目下の悩みです。どんなにテレビ電話などが発達しても、現実に顔を合わせ、言葉を交わす臨場感や場の空気感にはかないませんから。

 教育者でも臨床心理士でもない私が、奈良少年刑務所の建物に憧れたことがきっかけで、受刑者たちに詩を教えることになり、人生観も人生そのものも変わりました。でもそれも私一人の力で変わるわけではなく、人と人が出会って場を作るから変われたのです。こういう出会いで人生や社会が出来上がっていくということを、もっとたくさんの人に知ってほしい。そう願っています。 

 ◎関連記事です:

 

 

 

11月のお茶のお稽古と「日本と欧州のメディアの違い」

◎コロナ感染者数、全国で4日連続過去最多の2596人、大阪は初めて400人台の415人に。東京は連続500人超の539人。やっと政府もGoTo見直し。大阪では維新の新代表に吉村府知事。「ワン大阪」や「副首都・大阪」と相変わらず『都構想?』にも執着。困ったことです。

 
 
 
Toshi Ogata (尾形 聡彦)
 
@ToshihikoOgata
 
菅首相のぶら下がり。コロナ禍の緊張した局面で、菅氏のメモの朗読を許し、追加質問を試みた記者が1人だけという官邸記者の状況がちょっと信じられません。米国なら、記者たちの質問攻めは間違いなく、それがプロの記者の仕事。この映像からは日本の記者の気概がほとんど伝わってこず、落胆しました

 

 海外から見た日本の報道ぶりは、全体像や事実よりも「形容詞と歪なデータが並ぶ『報道』」だそうです。筆者御自身、ポーランド人と日本人とのダブルとか。なかなか面白い内容です。▲先日ブログでも取り上げた鳩山元首相に対する誤訳についても:

 現在、オバマ元大統領の回顧録で鳩山元総理について触れている箇所が絶賛炎上中だが、これらも原文を読むとNHK時事通信社などが報道している内容とはだいぶ印象が違う。というか、誤訳といったレベルではなく、完全に歪曲報道だ。

▲首相へのインタビューについても:

日本一大事なインタビュー、取材の場といって差し支えないであろう首相の会見ですら、限られたメディアが事前に質問を提出し、それにすらまともに答えないことが常態化している(中略)

「あなたがおっしゃっていることは、統計が示しているデータと矛盾しますね」 「今の回答は私の質問の答えになっていません」「私の質問とは違う話になっています」 「質問に答えるのがあなたの義務です」

 生放送でこういったフレーズが飛び出すことに衝撃を受けてしまったが、報道の自由がある国でのメディアの役割というのは、本来こういうものである。政治家が「お気持ちを表明」し、それにコメンテーターが「感想」を述べるのは、報道ではないとハッキリ言い切れる。

全文を是非こちらで:

◎先週の暖かい水曜日、午前中はヨーガ、午後は珍しくお茶のお稽古日に。

いつもの金曜日が先生の都合が悪く、水曜日になっていました。

少し早く着いたのでお庭の紅葉したニシキギのコーナーへ。

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坪庭の奥の千両にも赤い実がついています。12月に入ると小鳥が食べに来るのでお正月までとっておくため覆いをかけるそうです。

お部屋に入ると炭のいい匂いがします。11月は風炉から炉に変わる月。

そして、茶壺の封を切る月。全体を写真に撮ってみました。

手前の立礼式の扇形テーブルで炉が隠れてしまいました。

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オレンジ色の網掛けをした茶壷。新茶を半年寝かせて発酵させ11月には「口切り」といって壺を開けて新茶を臼で挽いていただきます。最近はほとんど機械で挽くそうです。右手奥に見えますが、ネットで写真をお借りしました。

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お花はニシキギと蕾の椿。

御軸は「冬は暖かき様、夏は涼しき様・・・」とお茶の心得が書かれているようです。 

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軽やかな感じの白木の桐の丸卓(まるじょく)。水差しは琉球の壺屋焼。

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写真にはありませんが、白塗りの蔦の葉模様の大ぶりの棗(なつめ)を使いました。

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私のお点前が終わって、柄杓と蓋置を”入り飾り”に置きました。

主菓子の上生菓子と諸越のお干菓子。コロナ対策で密を避けて、銘々皿で。

上生菓子は懐紙に移して自分の楊枝を使っていただきました。

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最初に選んだお茶碗は、先代の箕面焼き。

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↓小豆島の寒霞渓焼きのお茶碗。黒い面が正面。

京焼のドングリと松葉のお茶碗。

お茶碗を下げた後はコロナ対策で電気ポットの熱湯で消毒します。

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次回は12月の中頃の金曜日を選んでお稽古を終えました。先生に思い出せましたかと言われましたが、風炉のお点前と炉のお点前では、座る位置や蓋置の置く場所などが違ってきます。今回は割にスムーズにできました。少し慣れてきました。

お稽古前の雑談でのこと。コロナ禍で老人が家に閉じこもらないよう 老人会は今まで通りの企画を3密避けながら続けているというNoさんのお話に頭が下がります。地区福祉会とか自治会とか老人会などは、老々介護ならぬ老々会になっているのは10年ほど前から変わらずです。。。元気な老人が頑張るしかないということですが益々その傾向が大です。元気な人には生甲斐にもなって良いことですが・・・少子化にストップがかかりませんね。

金曜デモ(期待されるミレニアル世代)と「柳美里さん全米図書賞」「大阪維新のコロナ対策」と無策の第三波

3連休前の20日の金曜日はいつものように再稼働反対の官邸前デモの日ですが、東京は連日500人超のコロナ感染者数でデモはお休みだったそうです。「特別な1日」さんのブログから引用です: 

 ということで、感染者が急増している今、今週も金曜官邸前抗議もオンラインの予定でしたが、天候予報も雨ということで中止になりました。

 
首都圏反原発連合
 
@MCANjp
 
【お知らせ】
【1120再稼働反対!首相官邸前抗議】
宮城県村井知事が女川原発2号機の再稼働に同意表明し 、川内原発1号機が再稼働された現在、スタッフのみで抗議します。
リモート参加はこちら→twitcasting.tv/mcanjp 感染確認者数の増加により、抗議の中止もあります。coalitionagainstnukes.jp/?p=4142

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午後6:00 2020年11月18日

★タイトルにある 「変化の兆し」は読んでいてとても嬉しくなりました。

SPYBOYさんのブログの記事によりますと、(青字、赤字 by 蛙)

・「先日の大阪府廃止投票には女性や70歳以上の高年齢層だけでなく、10~20代が反対しました」

・また「今週発表された『選択的夫婦別姓に関する調査』では全体の7割が選択的別姓を支持しました。その中でも女性と10~20代は選択的別姓を支持する比率が高かった

アメリカの大統領選挙でも「今回のバイデンの勝利は若い人の力が大きく貢献しました。いや、出口調査を見れば当選は若い人の力、と言っても良い。しかも、今後彼らの影響力はますます強くなる。

グレタさんに代表される、所謂ミレニアル世代と呼ばれる10代、20代の若い人は世界的にリベラルな傾向が強いと言われています。日本だけは違うのかと思ってましたが、日本も若い人はリベラルな面があるのかもしれません

★世代を名付けて区切る方法があります。1947~1949年が「団塊世代」の第一次ベビーブーム。上下関係が残り会社への忠誠心あり。その後、IT前でコミュニケーション力はある「バブル世代」。我が家の息子たちはバブルがはじけた1970~1982年までの就職氷河期を経験している「ロス・ジェネ世代」。1987~2004年は、2002年にゆとり教育が始まっているので「ゆとり世代」の指示待ち世代、そしてそれ以降を「さとり世代」、仕事の上昇志向薄く結婚にも興味なし・・・とざっと分けるとこうなるそうです(私の手帳の控えから)。グレタさんはまだ10代ですが21世紀に成人を迎えたミレニアル世代と重なるのは「ゆとり・さとり」世代の若者たちですね。私も日本のこの世代、本当に期待しています。

★★★こちらで全文を是非: 

🔲日本時間19日、柳美里ゆうみり)さんが、翻訳文学部門で全米図書賞を受賞しました。受賞作は「JR上野駅公園口」(Tokyo Ueno Station、モーガン・ジャイルズさん訳)。柳さんは15年に福島県南相馬市に移住し、書店を開いています。18年には多和田葉子さんが「献灯使」で受賞しています。

内田樹さんがリツイート

 
 
 
 
ネコ
 
ハリネズミ
鴻巣友季子(アトウッド『誓願』『獄中シェイクスピア劇団』)
 
 
 
日本語(人)作家の世界での活躍というと、未だに「日本文学にとって何が大事だ。翻訳されてなんになる」みたいに言う人がいるけど、第一に、言語というのは翻訳しあって耕しあうことで肥沃さを増してきたのです。第二にいま日本作家が評価されているのは、「最初から英語に訳されやすいように書く安易なグローバリズム」とは別物です。寧ろ無茶苦茶翻訳しにくいようなものが訳されて評価されている多和田葉子『献灯使』(超言葉遊び)柳美里『JR上野駅公園口』(南相馬方言)川上未映子『夏物語』(関西弁)村田沙耶香コンビニ人間』(独特の慣習など)どうやって他国語に訳すんだろう?」と心配になるような作品が多いのですが、翻訳が難しいのは言語的・文化的な成熟が高いからです。 翻訳できないものほど翻訳されるのを待っているんです
日本文学が翻訳されて海外で読まれているわけですが、ぜんぶ民間の努力でなされているんですよね。日本は国が翻訳事業に公的資金を出さなすぎです。とはいえ、政府主導だとセンスなさすぎて、〇ー〇ジャパンのように失敗しそうなので、口は出さずにお金だけ出して頂きたいと思うのです
 
天使の笑顔

🔲 大阪は維新のコロナ対策をまとめた動画が:

 
 
 
江 弘毅
 
@kohirok
 
どんどんエエ感じになってます。

 

 
🔲政府や都のコロナ対策が「マスクして静かに会食」とか「5つの小」とか、アベノマスクから進歩していませんね:
 
 
 
 
平尾 剛 / 『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)絶賛発売中!
 
@rao_rug
 
子ども扱いされる、この稚拙な言葉づかいに晒されることで奪われるエネルギーは、小さくない。薄皮を剥ぐように侵食されていくから、自覚的であらねばと思う。
引用ツイート
 
@nulptyx
·
「神のみぞ知る」なんて言った途端に普通の国なら即辞任なんだけどね。 なんとかの「小」とか(「小」池の「小」だっっけ?)、「マスク会食」とか、徹底的に国民を子ども扱いするのがこの国の「政治の言葉づかい」なんだね。 この言葉づかに注意した方がいい。これも一種のニュースピークなんだよ。
 
 
 
 
@walumono0328
 
政府は10兆円の予備費をどうしているのか。 「複数の受け入れ病院で院内感染が発生し、受け入れが止まった。現場は限界」「酸素吸入が必要な人が入院する場所が無くなる瀬戸際だ。医療従事者はこんなに必死に対応しているのに、政府は何の対策もしてくれないのか」。

内田樹さんがリツイート

 
 
 
川内 博史
 
@kawauchihiroshi
 
日本全体が2月のダイアモンドプリンセス号状態になってきている。あの時も政府は、ただ手をこまねいて、感染の広がりに対して後手に回っていた。 ウィルスは感染するという、基本的な事実から目を背けGoToに固執してはならない。経済は直接給付により支え、人の移動を制限しなければ止まらなくなる。

 🔲久しぶりに「くろねこの短語」さん20日のブログタイトルは:

「静かなマスク会食」(カス総理)+「5つの小」(小池百合子)・・・これが新たな新型コロナウイルス対策とは、アホちゃいまんねん、パーでんねん!!: くろねこの短語

全く、笑い飛ばさないと情けなくなるこの国のコロナ対策です。

「大阪府知事、コロナより万博?」「オバマ大統領回顧録の鳩山氏に関する誤訳問題」ほかに「河野&麻生大臣」など

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🔲東京は534人、大阪も過去最高の285を抜いて昨日は338人の感染者数。沖縄の次男から年末の帰省は控えるとメールが入りました。自宅勤務も今年いっぱいではなくて今年度末までとなりそうだとも。代わりに帰省の折に作る気でいたパスタのレシピをメールで。さて、その大阪府知事、コロナ対策より万博の方が・・・

 
 
 
藤原 潤
 
@lojun1970
 
別にクルマが空を飛ばなくてもいいです。車イスが普通に道を通れるようにしてください。
引用ツイート
吉村洋文(大阪府知事
 
@hiroyoshimura
·
”空飛ぶクルマ”万博での実用化を目指す 吉村知事「SF映画の世界を”大阪で”実現したい…」 →空飛ぶクルマを実現させる。2023年に運行開始、2025年万博時には多くの人が利用できるスケジュールを目標に進めていく。ルートは住宅地上空ではなく、大阪湾や河川の上空だ。 headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20201117-

🔲隣県の兵庫県民や神戸市民からも大阪のコロナ対策に不信の目が: 

 
 
 
青山ゆみこ
 
@aoyama_kobe
 
全文無料で読めます。 かなりシビアな内容。大阪と地続きの神戸市民としては、まったく他人事ではなく心臓がばくばくする。 神戸市の医療機関の厳戒態勢にうなづける。ひりひり。 →コロナ感染者急増の大阪 病床計画で「誤算」 医師ら「非常事態近い」危機感訴え - 毎日新聞

🔲安倍政権の森友問題で官僚のウソを放置した結果の一つですね。 国家公務員を辞めたい人たちが増え、国家公務員を目指す人が減っています: 

 
 
 
井上伸@雑誌KOKKO
 
@inoueshin0
 
国家公務員を辞めたい理由1位「魅力的な仕事につきたいから」、2位「長時間労働だから」 ↓ 「霞が関の危機」招いた安倍・菅政権 ◆公文書改ざんで職員自殺 ◆菅首相に意見するだけで左遷 ◆過労死の危険=職員の3割 ◆パワハラ被害=職員の34% ◆セクハラ被害=職員の21%

 

🔲少子化の原因が麻生大臣によるとコレ!? 

 
 
 
武田砂鉄
 
@takedasatetsu
 
すぐに個人の問題に変換する。 それにしてもいやだなあ、「『おまえ、結婚は夢があるぞ』と堂々と語っている先輩」なんて。 「独身者に『おまえ、結婚は夢があるぞ』と堂々と語っている先輩の人はほとんど聞いたことない。結婚だけはやめとけ、大変だぞ、とみんな言うから」
少子化の原因「産んだら大変とばかり言うから」 麻生氏:朝日新聞デジタル
 麻生太郎財務相は18日の衆院財務金融委員会で、少子化の原因について「一番は、『結婚して子どもを生んだら大変だ』ばかり言っているからそうなる」などの「持論」を展開した。古本伸一郎氏(無所属)が「少子化

🔲同じく麻生財務大臣、 森友問題で自死した近畿財務局職員の赤木俊夫さんが、改ざんに至る経緯などを記したとされる文書「赤木ファイル」について「存否も控える」と答弁とか:

 
 
 
@masaru_kaneko
 
【国会の調査を拒否:これは犯罪者の無法者内閣が続く】国会の衆議院財務金融委員会において、予備的調査によって「赤木ファイル」の提出を求めたが、麻生財務相は「(ファイルの)存否も控える」と答弁。「ある」のに出さないと言っているも同然。

 

🔲オバマ大統領の回顧録、鳩山氏に対して書かれた部分のNHKの訳語が問題に。まずご本人の言い分から: 

 
 
 
鳩山友紀夫(由紀夫)Yukio Hatoyama
 
@hatoyamayukio
 
オバマ大統領の回顧録が出版されて私に対して痛烈な批判をしたと日本のメディアが伝えた原口一博議員から早速原文を送っていただき読んだところ「不器用だが陽気な」との表現はあるが痛烈な批判はなかったメディアはなぜ今でも私を叩くのか。政権への忖度か、記者会見のオープン化を迫ったからか

🔲酷評ではなく、むしろ褒めていると: 

 
 
 
n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社
 
@nofrills
 
時事通信の記事 jiji.com/jc/article?k=2 を読むと、「オバマ氏は鳩山氏を酷評した」というストーリーがあって、それにあてはまる訳語をわざわざ選択したように思います。原文はA pleasant if awkward fellowで、意味の核はa pleasant fellowで、つまり「酷評」なんかしてない。むしろ人柄を誉めている
鳩山氏は「感じ良いが厄介」 オバマ米大統領回顧録時事ドットコム
【ワシントン時事】オバマ米大統領は17日発売の回顧録で、2009年11月に鳩山由紀夫首相(当時)と初会談したことに関し、「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した。その上で、「3年弱で4人目の首相であり、日本を苦しめてきた硬直化し、目標の定まらない政治の症状だ」と酷評した。 米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)移設問題で、鳩山氏が首脳会談で「トラスト・ミー(わたしを信じて)」と発言したにもか...
 
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madoka@香人 / 香道研究家
 
@madoka_incense
 
鳩山氏を支持する/しないの問題ではなく、故意に歪めた或いは致命的欠陥のある翻訳で誤った情報を報道する事は、公共放送でも民放でもあってはならない……WW2の反省と報道人としての矜持が僅かでも有る人なら、絶対にしない愚行。1秒でも早く訂正を出すべき。 原文と共に和訳されている方がいたのでRT
引用ツイート
 
くらくら
T.Katsumi
 
アジアとオーストラリア
OfficeBALÉS
 
@tkatsumi06j
·
拙訳”(中略)鳩山由紀夫首相と経済危機、北朝鮮、沖縄の米海兵隊基地移設問題について協議した。独特で気さくな人物だったが、10年もの間日本を苦しめた硬直化した目的のない政治の病理により3年足らずで4人目の首相となり、私の就任後2人目の首相となった。7カ月後、彼はいなくなっていた。” twitter.com/YahooNewsTopic…

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🔲「awkward」をどう訳すかといことと「awkwardだけど(だとしても)pleasant」と言う訳し方の問題がありますが「pleasant>awkward」という比較(比重)を間違ってはダメですね:

 
 
 
 
ネコ
 
ハリネズミ
鴻巣友季子(アトウッド『誓願』『獄中シェイクスピア劇団』)
 
 
 
いえいえ、形容詞+if+形容詞というこのフレーズはよく使われる定型ですし、翻訳に苦労するような構文ではありません。ニュアンスの捉え方に微妙な違いがあるとしたら、awkwardの訳し方ですが、今回決定的な問題になっているのはそこではなく、pleasant if awkward の重点の違いなのです。
引用ツイート
熊丸英治 参議院議員選挙全国比例立候補者(繰り上げ当選見込み) ゴルフ党【NHKから国民を守る党
 
 
·
返信先: @yukikonosuさん
僕は、オバマさんが使っているA pleasant if awkward fellowというフレーズを過去に見たことがない。これは、オバマさん独自の言葉遣いだよ。だからみんな翻訳に苦しんでる。
🔲「一水会」も取り上げています:
 
 
 
@issuikai_jp
 
オバマ前大統領が回顧録を出版。その中で鳩山元総理の事を「不器用だがいい感じの男」と原文で書かれているが、NHKのニュースでは鳩山氏は「日本政治を迷走させた象徴ーと指摘している」と悪意ある誤訳を流した。デタラメ報道だ。対米自立を訴える人々への嘘のレッテル貼りだよ。 NHKどうしちゃった。

 🔲これは民主党政権時の忘れてはならない「事件」でした:

 
 
 
ono hiroshi
 
@hiroshimilano
 
・そもそも鳩山さんが沖縄の基地についてオバマさんと話をして、グアム移転、沖縄の基地は最低でも県外移転という方向で話をしているときに鳩山さんに捏造した日米地位協定の文章を出して鳩山さんに基地移転をあきらめさせたのは既得権益を失うことを恐れた腐った日本の官僚ですよ。
 
・加えてオバマさんがグアム移転を口にした演説も今回のように「故意に誤訳」してデマを垂れ流したのがNHKです。結果的に捏造した官僚の資料を信じて基地移転を断念した鳩山さんはマスコミ全方向から叩かれ辞めてしまいました。ホント日本の官僚はクズぞろい。

🔲日本がコロナ第3波で東京、大阪、北海道など過去最多を更新している最中、オリンピック委員会のバッハ会長の訪日。 利権絡みかと疑いたくなるほどの来年開催固執の人になってしまっていますね:

 
 
 
@tako_ashi
 
売り込みっぷりが必死であればあるだけ東京五輪のインチキくささが際立つということが、どうしてわからないのか。 バッハ会長「東京と恋に落ちるでしょう」選手村視察で絶景を絶賛(デイリースポーツ)

「コロナ感染者数過去最多2201人」と「箕面の紅葉 (♪ 織る錦)」

🔲昨夜のNHK「ニュースウォッチ9」から:

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🔲 この急増がGoToトラベルと関係があると考えるのが普通だと思います。日本医師会会長も「きっかけになったことは間違いない」「我慢の3連休」と言っても、政府は「移動自粛必要なし」とは:

 
山崎 雅弘
 
二階幹事長の顔色をうかがう必要のない人なら、誰でもこう言うだろう全国民の中で、二階幹事長の顔色をうかがう必要のある人は0.1パーセント以下。その0.1パーセント以下が国の舵取りを握っているのが今の日本感染増、Gotoトラベルが「きっかけ」 日本医師会長(朝日)

北千里の「三色彩道」の紅葉を観た翌日の火曜日、今年の紅葉は早そうなので、午後から散歩がてら滝道の紅葉を見に行くことに。滝の直前にある一目千本あたりはまだ大丈夫だからこの日は真ん中あたりまでの予定。聖天さん(西江寺)の裏から入るとイチョウの黄色とモミジの赤の二色が混じっています。階段の上が燃えています。

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アートウォークの展示に使われていた境内の建物の前のモミジが真っ赤。

階段の下から見えた紅葉は右の写真の木でした。

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 階段を上がって本堂でお詣りを済ませると、そのまま裏の出口から裏山へ抜けて滝道へ下る道をたどることに。つい最近できた写経場跡のイタリアンレストランの前を通って橋を渡ると滝道の音羽山荘前。ここからはマスク着用。

龍安寺は帰りに寄ることにして、滝道の下にある山本珈琲館の手前で橋を渡って対岸の細い地道の滝へ通じる山道を行くことに。

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こちらの道は通る人も少なくマスクは外すことに。

巨岩が重なり流木が引っかかっている荒々しい川の姿が真近に見える。

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急に道が途切れて岩で塞がれた様な所に出くわす。「姫岩」と書かれている。

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岩の間を通り抜けて出たところで、まっすぐ行くと地獄谷を経て滝だけど、今日はここで対岸に戻ることに。赤い橋を渡ると上の方の滝道を歩いている人が見える。

やっと陽が射して赤く輝く紅葉が見えた。滝道に上がると今まで来た道を指す地獄谷とこれから少し上ると見える休憩所の「修行古場」と引き返す道の「昆虫館」の道しるべが立っている。

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「修行古場」の休憩所に座って持参したお茶を飲む。ここから唐人戻り岩を経て滝までは20日過ぎに再挑戦。この日はここから引き返すことに。滝から帰ってくる人たちも直角に曲がる角辺りのモミジが陽を受けて美しく輝いているのを皆カメラに収めている。確かにここの紅葉は美しい。 

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 帰りは龍安寺の裏からお寺に入ってお参りを済ませ、通り抜けてお寺の裏道を下ることに。滝道は人でいっぱいでも、すぐ側にある役行者龍安寺に寄る人は少ない。

右の写真の急階段を下りると境内から滝道に出る。今日はこの道を行かず、そのまま真っ直ぐ山道(左の写真の赤いモミジの奥)を進むことに。

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人一人がやっと通れる山道は境内を見下ろす位置。向かいの山の上がモミジで真っ赤なのが見える。あんなところにモミジの紅葉が見えるとは。電線が邪魔だけど、初めて見る景色なのでカメラを向けてみる。

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境内の外は広場になっていて鳥居をくぐって滝道に合流。昆虫館前のいかにも箕面の滝道・秋の風景という写真を撮ることに。 

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 紅葉(もみじ)・童謡 

「紅葉(もみじ)」は、
作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一による
日本の童謡・唱歌。1911(明治44)年に
尋常小学校唱歌(ニ)」上で発表されました。

2007年(平成19年)に日本の歌百選の1曲に選ばれました。

http://www.furusatoa.biz/music/momiji.html

紅葉(もみじ)♪歌詞

秋の夕日に照る山もみじ
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
山のふもとの裾模樣(すそもよう)

溪(たに)の流に散り浮くもみじ
波にゆられて はなれて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦(にしき)

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 一の橋を渡って駅に続く道を避けて、左側の聖天さんの坂道を行くと、正面の鳥居。

鳥居の奥が最初にイチョウとモミジを見た裏口の出口。そこへ向かう。

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見上げると、錦織りなす 紅葉美。

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1時間半ほどの散歩でした。