お茶のみ話と野田首相誕生

昨日は午後から久しぶりにヨーガ仲間3人を迎えて4時半ごろまで4人でお茶飲み話でした。
Hさんは、娘さんがご家族を連れてお盆に里帰り、大勢で過ごされたようです。Uさんは、横浜の娘さんが4歳児を連れて1ヶ月お里帰りだったようです。お婿さんは海外2年の出張だとかで、ご主人も男の子のお孫さんと川遊びや虫取りに精を出されて祖母である彼女は4人分の食事に追われて、最後の数日は娘さんのお礼で娘と孫の3人で九州旅行をプレゼントされたのだそうです。Sさんと私は二人の息子で、上の息子が、彼女の方はモザンビーク、我が方は東京へ行ったきり。嫁なし孫なしです。
昨日の朝、一仕事終えたUさんから電話があり、急遽、集まることになりました。
丁度テレビでは衆参両院で首相を選んでいる時間。野田首相誕生を眺めながら、お持込の冷菓をお皿に出しながら、”お久しぶり〜”のご挨拶から始まって近況報告の交換会。借りていた本を返したり、叉、借り直したり。
政権交代以前に小沢一郎の「日本改造計画」を貸してくれたHさんは、「この頃、小沢さん嫌いになった」とのこと。私が「悪党に仕えて」は買ってないの?と訊ねたときのお返事でした。もうお一人がお見えになる前、3人で話している時、Sさんも、「何やのん、小沢さん!」と批判的。
テレビのキャスターや解説者の反小沢の言説のままの反応のようでしたので、私は、「あぁ〜、色々言われているね〜、西岡さんや輿石さんの名前が出たり。でも、私は本人の口から出ていると確認できないものは信じないようにしている。とにかく小沢嫌いのあれやこれやは信用できないから、先入観を持たないように用心している」と言いました。
一番話題になったのは、何と言っても放射線量の問題と食品、福島の現状と原発の問題でした。横浜の娘さんの九州旅行の目的は現地の食品の買出しでもあったそうです。Uさんは孫のために近くのスーパーでは食品の産地確認をしつこく迫ったので嫌われたかもと仰っていました。お話では、それぞれの店員さんは自分が分らなければ担当の者を呼んでくれたり丁寧な対応だったということです。でもUさんの印象では、他の消費者、小さい子供を連れた方も含めて、そんなに意識している人はなかったということでした。娘さんを横浜に返してから、やっと山梨県産の葡萄を食べたり、二人で外食にも行ったとか。大阪市内の1mの高さでの放射線量はこのところ0.08から少し下がって0.07台になっています。今回も切り抜いてお渡ししました。福島で実質避難相当区域にいながら避難できていない親の気持ちはどんなでしょう。


さて、お開きで外に出たら、ポストには夕刊が入っていて、幹事長に輿石氏と書いてあります。「小沢派やん」と言う人もいて、「決まったかは分らないよ」と私。夜のニュースでは輿石東氏で決まり。政調会長前原誠司氏、国対委員長が大阪の平野博文氏ということでした。
私は、代表決定後の野田さんの挨拶を思い出しました。「ノーサイドにしましょう、もぅ…」という言葉です。一夜明けて、この言葉を「もうノーサイドで」と書いてあるのもありましたが、あの時の野田さんの言葉は違いました。「もぅ、いいじゃないですか」という言い方に私には聞こえました。付け加えるなら、「もう、いいじゃないですか、『反小沢は』」であって、向けられたのは仙谷さんじゃなかったかと思います。
何もかも「反主流の動きの裏には小沢一郎」がいると取る人もいれば、「反小沢の動きの裏には必ず仙谷」がいると取る人もいます。”もう、いいじゃないですか、「反・脱小沢」は”という人が出てこなくてはいけない時期でした。「小沢派」、「反小沢」の対立を煽って今の時点で、選挙とか政界再編、新党結成を求めるのは良い事なんでしょうか。
小沢さんは、政権交代以前、自民党の福田さんと大連立を考えた時、民主党はまだ政権担当には未熟と思っていた人です。きっと小沢さんは今の民主党を冷静に見ている人だと思います、自分の立場も含めて。ここは、無益な政策論争にあけくれるより、菅さんが遣って来なかった沢山の施策を現実的に実行することです。マスコミの囃し立てに乗って一緒に「小沢派」だの「反小沢」だのと言って無駄にする時間はないはずです。
そう考えると、海江田さんが首相になるより、野田さんが首相になって、菅さんとは違う本当の挙党体制、党内融和を実現して、一刻も早く政治をスタートさせていただく方が、国民にとっても、民主党にとっても良いのではないかと、政権交代で官僚政治を打ち破って欲しいと期待した一人がそう考えています。