あれから17年そして「オーランチオキトリウム」

1月17日の今日は阪神大震災から17年です。あの日のことは忘れることはできません。
午前5時46分、ゴォ〜という不気味な音と共に今までに無い揺れ、家が潰れてしまうかと思いました。どのくらい経ってか収まって階下へ降りてみると、食器棚の扉から前面に置いてあった食器が床に崩れ落ちていました。そこへ、加賀市にいる義弟から心配して電話がありました。電話はこれ以降不通になったようです。当日は、夫が業界の集まりで東京に行かなければならない日で、車で大阪空港へ。新幹線や飛行機が止められる前の便に乗ったようです。地震の本当の規模や被害の大きさを知ったのはテレビを通してでした。(体験したのは震度4〜5?くらい)

4月に入ってから、3年間を過ごした場所へ行ってみることに。阪急電車はまだ復旧していなかったので、JRで行けるところまで行って、歩いて六甲道駅へ。そこから「阪急六甲」南の八幡神社前に通じるアーケードの宮前商店街を目指して歩きました。大きな日本家屋があったお屋敷跡に建てられたマンションは、X字の亀裂が入って壊滅状態、そして、商店街と周りの住宅街は消失していました。あたり一面、燃え尽きて、ガレキが家の跡ごとに積まれていて、息子の小学校1年時のお友達の家も路地も路地裏も無くなっていました。のっぺりとした地図みたいになって、段ボールの切れ端や、板切れに連絡先が書いてありました。見た覚えはないのに、戦争中の焼け跡だと思いました。

それから以後、何となく死者6000人以上というような大きな災害は生きている内にはもうないだろうと思っていました。ところが、3・11で、東日本大震災での大地震と大津波、そしてその後の福島原発の爆発事故があって、考えがまったく変わってしまいました。西日本で大きな地震があるだろうということも、この地震国日本に60に近いほどの原子炉がある日本でこれから何十年、何世代にわたって放射能汚染の心配をしなければならいということも現実の切実な問題となりました。そして、今の日本の政治状況や政治家や政府の在り様には不信や怒りやもどかしさや情けなさでいっぱいです。

日曜日、NHKEテレ、「日本は何を考えてきたのか」の第2回、東北の自由民権運動宮城県出身菅原文太さんが訪ねる番組でした。
東北の民権家が憲法草案を書いていたこと、日本には植木枝盛や東北の「五日市憲法草案」の自由民権思想の源流があって、その流れが地下水脈となって新しい憲法に流れ着いていることを二人の学者が語っています。福島県浪江の民権家の末裔で、福島原発建設当時から原発反対を貫いている方(80歳?)が、菅原さんと話しているうちに、「原発反対で政府の不備やごまかしと闘ってきたのは自由民権の闘いだったのだ」と気づきます。

また、地震津波から復興ままならない沿岸の跡地に立つ38歳の若者は、「東北は津波がなくても壊滅していた。農業を担っているのは70代、80代です。その人たちの技術の継承も欠落していて、いずれ技術は消える。日本は自分で食糧も作れない、エネルギー自給もできない。子どもは年寄りを尊敬しない。多分、津波が無くても遅かれ早かれ日本という国に希望を見出すことは難しくなった。そうであれば逆に何もないところから希望を発信すること、具体的に形にしていくこと、制度も変えていくことで、新しい日本を作ることが出来ると思います。東北、福島も含めた東北が再生することが日本の希望になるし、国民の希望になると思う。国がそれを放置するわけがないと思う。もし、国が放置するなら、その時は、その時、考えます」「闘うかね?」と言った菅原さんも後で若者の発言にタジタジだったと感想を、そして、「彼の中での”自由民権の旗印”だね」とも。

日本の中心、東京や大阪や京都が政権争奪に忙しいとき、東北で新しい発想が生まれた。天保天明の飢饉に苦しむ最下層の農民の姿を見た士族の若者たちが世界の自由思想や独立宣言や憲法を勉強して「憲法草案」を作成、日本の自由民権思想を今の憲法にまで結実させることができたという。菅原さんも、「光は辺境から!」。そう、希望は東北にあり!です。

サンルームに取り込んだサボテンのグリーンネックレス
いくつかあった莟の一つが、先週、花を開きました。
二,三年前、初めてこの花を見たときは、
その可愛さと素朴さに驚いたものです。
サボテンの花は、原色で派手なものが目立ちますが、
こちらは地味で、目を凝らしていないと気付かないくらいです。
寒い冬にホッとする可愛らしさが素敵です。

さて、自然エネルギーとなると最近よく言われるのが「オーランチオキトリウム」。
たかじんのそこまで言って委員会」で勝谷さんが難しい藻の名前を覚えきれなくて「オーランチキチキ」と言って毎回のように宣伝していたことがありました。
昨日、日曜日の夕方の毎日放送「夢の扉+」の「レンズ風車で洋上発電所」について触れたところですが、1週間前の元旦(日曜日でしたね)に取り上げたのがこの「石油を作る藻=オーランチオキトリウム」だったようです。見逃していましたが、取り上げているブログ(http://d.hatena.ne.jp/kanazu36/20120115)が見つかりました。
そこから「藻から石油」に関する部分のみ引用です。

2012-01-15    夢に向かって藻から石油(・海水で森を)つくる



日本政府は1月12日、核兵器開発疑惑が深まるイランからの「原油輸入削減」を発表した。

2010年度資源エネルギー統計年報によると、日本の国別原油輸入割合は、サウジアラビアから29.2%・アラブ首長国連邦から20.9%・カタールから11.6%でイランからは9.8%などとなっている。



・藻から石油を作る

 元旦のTBSテレビ番組「夢の扉+」で、「世界初実験“石油をつくる奇跡の藻”が日本を産油国に変える!?」を放送した。

 筑波大学大学院渡邉信教授の大発見した「オーランチオキトリウム」という藻が紹介された。

 この藻は300兆円の石油の世界市場を根底から揺り動かすということで、世界中からオファーが殺到するほどの話題となっている。

藻類に「石油」を作らせる研究で、筑波大のチームが従来より10倍以上も油の生産能力が高いタイプを沖縄の海で発見、チームは工業利用に向けて特許を申請している

 将来は燃料油としての利用が期待され、資源小国の日本にとって朗報となりそうだ。

 筑波大の渡邉信教授、彼谷邦光特任教授らの研究チームは、海水や泥の中などにすむ 「オーランチオキトリウム」という単細胞の藻類に注目し、東京湾ベトナムの海などで計150株を採った。

 これらの性質を調べたところ、沖縄の海で採れた株が極めて高い油の生産能力を持つことが分かった。

 研究チームの試算では、深さ1メートルのプールで培養すれば面積1ヘクタールあたり年間約1万トン作り出せる。 

 「国内の耕作放棄地などを利用して生産施設を約2万ヘクタールにすれば、日本の石油輸入量に匹敵する生産量になる」と。

 渡邉教授は「大規模なプラントで大量培養すれば、自動車の燃料用に1リットル50円以下で供給できるようになるだろう」と話している。

エェ!!日本が産油国に・・・