「生前退位を考える」(日経)

◎昨日の『「象徴としてのお務めについての天皇陛下のお言葉」を読んで・・・』の続きです。
最後の御厨氏の記事の中、「『憲法改正より、象徴天皇の務めの問題を考えてほしい』という陛下のメッセージだった可能性もある」は、当たっているような気がします。なるほど、今まで、分かっていて、官邸側が、無視して放ったらかしにしてたのか・・・と思ってしまいます。

内田樹さんがリツイート

想田和弘 ‏@KazuhiroSoda · 12時間12時間前

ニューヨークタイムズ社説の単刀直入なタイトルに思わず笑った。直訳すると「天皇に隠居させよ」。


Let the Emperor Retire

By THE EDITORIAL BOARDAUG. 9, 2016


It says a lot about Japan’s constitutional monarchy that Emperor Akihito, 82 and in failing health, would be stepping out of bounds if he were to say he wanted to retire. Under the Constitution laid down by the victorious United States after World War II, the emperor’s role is strictly restricted to being the “symbol of the state and of the unity of the people,” and since the law says the monarch rules until he dies, to utter words like “abdicate” or even “retire” would be seen as a forbidden sortie into politics. Yet in a televised address on Monday remarkable for its circumlocution, the emperor was clear about what he couldn’t say. And if it wasn’t clear, we’ll say it for him: He’d really, really like to retire.


◎8月9日、前日の8日3時に天皇陛下のお気持ち表明の放送があった翌日の日経新聞朝刊です。
日経新聞の皇室関係の記事には、信頼がおけると思っています。というのも、10年ほど前のスクープで、昭和天皇靖国神社をお参りしなくなったのはA級戦犯合祀が原因だという当時の宮内庁長官富田朝彦氏(故人)のメモを入手したことがありました。昭和天皇が1988年、靖国神社A級戦犯合祀に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と語っていたことがメモに書かれていたというものです。
今回の記事も、天皇のお気持ちに沿った内容になっています。「生前退位を考える」という囲み記事を移してみます:

生前退位を考える 上 
    「象徴の形」国民の総意で



 全宮内庁長官羽毛田信吾氏は「天皇陛下の象徴としての地位とご活動は一体不離」と語ったことがある。8日に表明された陛下のお言葉は、まさに「象徴とは国と国民のために活動するもの」という信念だった。
 これは憲法皇室典範の条文にはなく、法学者や歴史家、政治家などが定義したものでもない。天皇陛下自身が「象徴とは何か」を長年考え続けて到達した「象徴のかたち」である。
 言葉で表されなくても、われわれ国民はすでにそれを体感してきた。災害被災地や戦跡地へのお見舞い・慰霊訪問、身障者など社会的弱者へのいたわり、常々発信されてきた「歴史を顧みて未来に生かそう」というお言葉ーー。
 「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」。獏として定かではなかった象徴に「かたち」を与えたのは、皇后さまを伴走者に「遠隔の地や島々への度」もいとわぬ天皇陛下の活動だった。
 それゆえ、象徴としての活動が維持できなくなった時、静かにその地位を退き、次代に役目を託すべきではないか。陛下が具体的に言われなくても、おのずと答えは導き出される。


 「活動ができなくても摂政を置き、天皇は在位しているだけでいい」という意見もあるだろう。しかし、それでは天皇陛下が言われたように「その立場に求められる務めを果たせぬまま」になってしまう。そんな状況に置かれた天皇は、陛下が作り上げ、われわれが親しんできた「象徴のかたち」とは別物である。
 こうして典範は超高齢化社会を想定していない。摂政自身が高齢化することもありうるし、天皇よりも次世代が先に亡くなってしまう可能性もゼロではない。

 戦後間もない皇室典範立案の審議で、退位を否定する論拠に「国民が退位を望んでいない」があった。確かに当時の世論調査などでは大多数が昭和天皇の在位を容認していた。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基づく」とした日本国憲法第1条にも合致する。であるならば、平成の「象徴のかたち」に親しんだ国民の総意が退位容認となったとき、それに沿うのも理であろう。


 「象徴天皇の務めが常に途切れることなく」続いてほしいという言葉は重い。活動を除外して名ばかりの天皇を象徴とすることは、天皇を非人格的な「神」をあがめた戦前と同じではないか、ということさえ含意しているように思える。
 お言葉が法改正論議を促すことになれば憲法の枠を踏み超えたとの批判も受けるだろう。正常な形ではないが、天皇の発言前に対処するのが政治の役割ではなかったか。
 今後は天皇陛下への同情論ではなく、冷静に真正面から制度の問題として論じるべきだ。その場を取り繕うような解決策では、かえって政治的な処置になってしまう。(編集委員 井上亮)

◎「高齢化に伴って国事行為や象徴としての行為を縮小するのは無理があるし、摂政を置いても天皇が務めを果たせないことに変わりはない」として、たぶん今までに考えられてきた解決策(処置?)には反対されています。次に翌日の「下」です:

生前退位を考える 下」

     皇位の安定 幅広く議論


 天皇陛下が示唆された「生前退位」の意向を、私たちはどう受け止めればよいのだろうか。高齢化時代にふさわしい天皇の姿を考えるのはもちろんだが、それだけではあるまい。やや大げさに言えば、戦後民主主義の成熟度が試されているともいえる。

 「天皇は国政に関する権能を有しない」。憲法4条のこのくだりを今回初めて読んだ人もいたのではないか。改憲だ、護憲だ、とかまびすしいわりに、与野党が象徴天皇とは何かを正面から論じる機会はこれまで必ずしも多くはなかった。
 昭和天皇は1946年の人間宣言で国民とのつながりを「相互ノ信頼ト敬愛」に求めた。戦前のような現人神(あらひとがみ)ではない。だが。何となく触れ難い存在であることは変わりない。
 象徴天皇が「個人として」お言葉を述べたことに違憲の疑いを指摘する向きもある。国家機関としての象徴天皇と人間として天皇はきちんと区分けされれうべきで、お言葉があったからというだけで動くのは正常な姿ではない。
 現憲法のもとで最終決断するのは、主権者たる国民である。政府は生前退位を検討する際、皇位継承の過去例や諸外国の事例などの判断材料を国民に分かりやすく示してほしい。
 1893年明治天皇はこんな詔勅を発した。
 「和協ノ道ニ由リ(中略)有終ノ美ヲ成サムコトヲ望ム」
 軍事費を増やしたい藩閥政府と民力休養を訴える帝国技家に話し合いによる妥協を求めたのだ。
 主権が天皇にあった旧憲法下でも国民の声が全くないがしろにされていたわけではない。こうした姿勢がのちの大正デモクラシーにつながった。
 だが、昭和に入ると、軍部は統帥権を振りかざし、天皇の名のもとに政治をほしいままにした。
 その反省のもとにできた現憲法は本当に日本社会に根を下ろしたのか。今回の新制度の設計において、冷静な議論ができるかどうかは重要な試金石となる。
 「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ……」
 天皇陛下はお言葉の最後にこう述べられた。天皇がこなすべき務めを次代以降も減らしたくない、というだけなのだろうか。
 21世紀に入り、政府は2度にわたり、皇室の在り方を考える有識者会議を設けた。(1)女性・女系天皇の即位(2)女性宮家の創設ーーの是非などを検討するためだ。
 皇位継承権を持つ男系男子が少なく、安定的な皇室の運営が難しくなるのではないかとの危機感からだったが、いつの間にかうやむやになった。
 政府が検討すべきは生前退位だけでよいのか。象徴天皇制の維持・発展について幅広く考えたい。(編集委員 大石格)

◎10日(水)のコラムには御厨氏の記事が:

生前退位を考える」− 識者に聞く(1)

負担軽減 お気持ちとずれ

東大名誉教授  御厨 貴氏


 天皇陛下が「生前退位』の意向を強く示唆された。実現に向けて象徴天皇制や皇室のあり方、憲法との整合性など議論すべき論点は多い。識者に聞いた。
ーー天皇陛下の「お気持ち」をどう受け止めましたか。
 「陛下はご自身の高齢化への対処法として、公務の負担減や摂政を置くことを明確に否定された。かなり強い退位宣言だと読める。柔らかな言葉を選び慎重な言い方ではあるが、陛下の決意がはっきり示された」
 「陛下は国民統合の象徴としての責務を、憲法に規定される国事行為だけではなく、各地で国民や国民の想いに触れる『旅』と表現され、自ら開拓してきた自負心をのぞかせた。これを次の皇位継承者に自分が元気なうちに引き継ぎたいという強い思いを感じた」


ーー天皇の「お気持ち」報道から意向の表明までの経緯をどうみていますか。
 「第2次安倍政権が発足してしばらくしてから、官邸では杉田和博官房副長官を中心に公務の負担軽減の検討が進められてきたと思われる。『最終的には摂政を置けばいい』という思いもあったかもしれない。ただそれは陛下のお気持ちとはずれていた」
 「そんな中、陛下に限りなく近い人間がマスメディアに情報を流した可能性も否定できない。参院選後のタイミングだったことから、うがった見方をすれば憲法改正より、象徴天皇の務めの問題を考えてほしい』という陛下のメッセージだった可能性もある」


ーー「お気持ち」で陛下は「個人として」という表現を使いました。
 「我々は天皇の高齢化に伴う人権の問題をこれまで考えてこなかった。陛下ご本人の『お気持ち』発表という、ある意味では憲法違反的な行為ともとられかねないことを陛下に自らさせてしまった。安倍内閣は受け入れざるを得ないだろう」


ーー政府はどう対応すべきでしょうか。
 「陛下はご高齢だ。時間のかかる方法を避け、特例法で対応する必要があるだろう。女系天皇女性宮家などの議論を蒸し返していたらとても決着がつかない。陛下の退位に限定してスピード感をもって対応すべきだ」


ーー安倍晋三首相の描く憲法改正の工程にも影響がでるでしょうか
 「出るだろう改憲となるともしかするとこれまで想定してこなかった憲法天皇条項にも触れざるを得ないかもしれない。安倍さんにとってはやっかいな問題だ」