NHK「3・11後の君たちへ」(一粒の麦/梅原猛)


1日の内に大雨、大風、晴天、アラレ、曇り、と目まぐるしく変化した後の日、月とも晴天は半日と続かず曇りがちなお天気。今朝は久しぶりの春の晴天。
庭に出てみると、50年以上も前に父が会社帰りに梅田の百貨店で買って植えたという椿が、大きな花をたくさんつけています。
ところで、昨日未明に新潟県柏崎刈羽原発6号機が定期点検のため発電停止しました。これで関電に次いで東電も17基すべての原発が止まったので、国内54基中運転しているのは北海道電力泊原発3号機の1基のみとなりました。
26日午前2時5分から放送されたNHKEテレ
「3・11後を生きる君たちへ
        〜東浩紀 梅原猛に会いにいく〜」
を録画で見ました。
東浩紀という1971年生まれ(40歳)の若い哲学者が、高校生から社会人までの若い人たちを引き連れて、87歳の哲学者で復興会議の名誉議長でもあり、3・11東日本大震災原発事故を「文明災」と名付けた哲学者・梅原猛氏を京都の自宅に訪ねて、お話を聞きます。時は、3・11の前日、3月10日のことです。昨日記事にした小出裕章氏の講演があった日でもあり、脱原発を願う6000人の市民が都大路を歩いた日でもあります。
内容は、同じEテレで放送された、梅原猛氏の「86歳 新たな哲学に挑む」の内容に重なります。(3月7日の蛙ブログ:http://d.hatena.ne.jp/cangael/20120307/1331076480
以前の番組と違ったのは、聞き手が孫世代からひ孫世代の若い人たちだったこと。
東氏が「100年、1000年単位で考える幅が無かった。教えを乞いたい」という明確な目的を持って梅原さんのお話を聞いておられたことがよかったのか、梅原氏との3時間が、一日本人哲学者の体験、歴史、思想についての想いの受け渡し、一粒の麦が水を得て発芽する現場を創出していたようでした。

「私は、目も当てられないあの惨状を見て、戦争の大空襲の跡を思い出しました。
私は戦争へ行った世代、最後の戦中世代。先輩はたくさん死んだ。戦争へ行けば死ぬと覚悟。勇敢に戦って死んだ人がいるのに、生き残ったのは罪悪だったのでは…、広島・長崎の原爆で死んだ人もいるのに…と後ろめたさが残っている。こういう思いは戦争を体験したものでないと解らないだろう。その戦争の風景・イメージと被災地が重なった。」
「どうしたらいいのか? 悲惨で目も当てられない今の文明はどこか間違っている。新しい哲学を作る勇気をもらった。それが鎮魂だと思っている。」
「西洋哲学、西洋文明の恩恵に充分感謝しつつ、自然と人間を分離させて考える限り未来はないこと、新たに東洋・アジアの日本人の草木国土悉皆成仏に表される自然との共生という新たな思想を発信し、限界を自覚しつつある西洋にも、東洋の考えを取り入れたらどうかと提案したい。」
東氏の「自然と共生と言っても、今回の大災害では自然は怖い、だからまた制御したいという話にもなるのでは?」という問いかけに、梅原さんは、「神道の本質は自然の恐ろしさから出発している。怖い自然に捧げものをして恵みの自然に変える。自然と人間を分けて、対立させて考えている限り、行き詰まりの克服は出来ない。主客の分離という前提を変えていかなければ。」
世阿弥の能に『白楽天』というのがある。九州にやってきて漢詩の素晴らしさを誇る白楽天住吉明神が和歌の素晴らしさ、人も動物も自然の一部という和歌の素晴らしさを説いて白楽天を追い返す。生きとし生けるものとの共存・草木国土悉皆成仏こそ日本の思想。」

「連続する命と自然への畏敬」というテーマをつけられた部分で、梅原さんは「永劫回帰」の話をされました。
命は受け継がれていく。アイヌの熊まつり(イヨマンテ)をとりあげて、死はまた生につながる。東氏が、「今の世の中は実存主義の社会になっている、人は切り離されて、孤独で世の中は実存的になっているので、梅原さんの今の孫との話のように、世代の繋がりに力点を移すというのは良いと思う」と。

「『一粒の麦死なずば・・・』という言葉があるが、思想とはこの一粒の麦のようなもの。地に残って後の人たちが育ててくれる。撒いた一粒の種が実ってほしいです。」

京都が山村都市だという梅原さん、お庭にはイノシシ、サル、鹿、イタチ、ムササビが来るという。
力強く話し続ける梅原さんの3時間に及ぶ西洋哲学の系譜を辿りながらの話を真剣に聞き、質問していた若い人たちも、「過去の延長線上に今いる」と感想を。
きっと梅原さんが撒かれた一粒の麦となることでしょう。