「さようなら原発in日比谷」報告と「ちちんぷいぷい」の小沢さん

昨日はおとじろうさんのブログから13日(土)の北海道の「さようなら原発1万人集会」で1万2000人集まった集会の様子を紹介しましたが、今日は同じく13日の日比谷での集会の様子を「shuueiのメモ」さんのブログから:http://d.hatena.ne.jp/shuuei/20121015/1350241251
箇条書きで内容を、と思ったのですが、省くところが無くて結局ほとんど本文通りです:

さようなら原発集会in日比谷 6500人が結集

<テント日誌 10/13(土)―経産省前テントひろば 399日目>
  
 
 オープニングはYaeさん(加藤登紀子さんと藤本敏夫さんの娘)のコンサートで始まった。


 はじめに主催者を代表して挨拶に立った鎌田慧さんは、JAグループが今年10月に開催された第26回定期大会で脱原発の運動方針を採択したことについて、「大間原発にたったひとりで反対してきた“あさこハウス”の熊谷あさ子さんは、『海と畑があれば他に何もなくても生きていける』と最後まで電力会社に土地を売らなかった。電源開発は彼女の土地をあきらめ、場所を一部変更して原発を建てるための設計変更しなければならなかった。
 JAの方針転換は大きなできごとであり、命を生産する農業が原発と全く相容れないとわかった農業者の固い決意だ。この決意に応え、私たちは今こそ原発を叩き潰そう。」と訴えた。

 

 続いて哲学者の高橋哲哉さんの訴え。「国は国民を欺き、見捨てる。第二次大戦で気づいたのに、戦後私たちはより快適で便利な生活を求めそのことを忘れてきた。今度こそ命と健康を最優先にする国に変えなくてはならないと強調した。さらに「郡山市で、子どもたちに集団疎開を求める裁判(仮処分申請)が闘われている。福島県民には避難の権利が認められるべきだ」と、「ふくしま集団疎開裁判」への支援を忘れてはならないと訴えた。



 落合恵子さんのアッピールは、名古屋の集会参加のため代読での朗読。「私が中学生の頃、第2次大戦があった。私は中学生の素朴な思いで「大人たちはなぜみんなで反対しなかったの?」と尋ねた。…今、私たちは同じ過ちを犯し、同じことを問われている。」と訴えた。


 福島現地からは、郡山在住でテントにもなじみの深い「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の森園和重さんの訴えがあった。「1年半経っても、私たちは地震が起きるたび、避難しなくてよいのだろうかと心配し、“あの日”に引き戻される。…福島では、蚊や蛾などの小動物が去年に比べてずっと少なかった。トンボは1匹しか目にせず、普段の年ならコンビニの青い紫外線灯(殺虫灯)に衝突しているはずの虫もほとんどいない」と福島での「命の危機」を訴えました

  「いま、東京が、何事もなかったかのように生活していられるのは、懸命に収束作業に当たっている被曝労働者、業員がいるから。3千人の作業員の6割は福島県民。加害者が被害者を雇っている。これが福島の現実だ。…こな状態になっても原発を動かそうとする人たち。地球は人間だけのものじゃない。この会場には、普段働いている方も多いと思うが、私は原発メーカーである東芝・日立の人たちに、命とは何か問うてみたい」。 


 また、森園さんは、福島原発告訴団、ふくしま集団疎開裁判、「子ども・被災者支援法」の重要性に触れながら、これほどの事故でも誰も責任を取ろうとしない現状を変える必要を訴えました。  「全国の女性たちはつながっていきましょう。その女性たちをサポートしている男性の皆さんも一緒に頑張りましょう。」と熱く訴えた。 




 そして、本州最北端の大間原発建設予定地の「あさこハウス」で建設反対を闘っている小笠原厚子さんの話へと続く。「どんなに無視され、村八分にされ、孤立させられても、私の母は電源開発に決して土地を売らなかった。今、新規原発の建設を認めないと言いながら、政府は一方で大間原発の建設再開を認めたが、もし、母があのとき、あきらめて土地を売っていたら、今頃大間原発は稼働していただろう」と、1人でもあきらめず闘うことの必要性を訴えた。 


 最後に作家の大江健三郎さんの話。「中国の小説「故郷」(魯迅)の一節を引きながら、「原子力ムラの弱点は、私たちに何も希望を示せないこと私たちはこうして集まり続ける限り希望がある。集まって道を作り、希望を持って生きよう」と述べた  



 脱原発を宣言して注目を集めた城南信用金庫の吉原毅理事長閉会のあいさつ。吉原理事長は、東京で開催中のIMF国際通貨基金)・世界銀行総会に経営者のひとりとして参加した後、この集会に参加しました。 

 「政府が2030年代に原発ゼロの方針を決定したとき、経団連経済同友会日商の経済3団体が連名で「原発ゼロは現実的ではない」と共同声明を出した。経済団体は中小企業の代表というが、いったいどこの中小企業の代表なのか」と、自分が所属している経済団体を批判しました。 
 「経営者でも、もう原発はこりごりだという人がたくさんいる。いま、経営者に求められているのは脱原発に踏み出す勇気だ。」と訴え、満場の拍手で集会を閉じた。 




 その後、参加者は、会場周辺をデモ行進して脱原発を訴えた。解散地点の常盤橋公園で、たんぽぽ舎、反原発自治議員連盟、テント、大間原発のあさこハウス、全国ネットワークからのアッピールをし、総括集会をもって今回のアクションを閉じた。 


 地下鉄でテントに戻り、留守番のSさん、Tさん、Uさんに集会の報告をしているその時、北海道から緊急の連絡が入った。札幌の大通り公園の『泊・大間原発に反対する集会』が12000人の結集で大成功の報告。 


 また、明日はテント設立400日目ということもあり、集った仲間で前夜祭を行いった。自転車で八王子からやってきたKさんやハンスト中のFさんも参加し、夜の耽るまで議論が盛り上がった。(S・S)

とうとうアーチの上で咲くバラを高枝切鋏で切って写真に。
ジンジャーと違って、バラの香りはまた格別。
顔を寄せるとほのかに香水のようないい香りがします。

毎日放送の昼間、「ちちんぷいぷい」という関西ローカルのゆるい?番組があります。もちろん政治的な問題も取り上げて親切丁寧な解説もされますが、長い番組なので時々つけたりで内容をチェックしているわけではありません。
ところが、先日覘いた「日々坦々」さんに9日、この番組に小沢一郎氏が出演したというインタビュー番組の書き起こしが載っていました。読んでみると「国民の生活が第一」の代表として色々と大事なテーマでかなり詳しく話しています。関心のある方は是非コチラで:http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1707.html


ここでは、前半からドイツ視察についてと後半から日本維新の会についてをコピーしてみます:

小沢一郎 国民の生活が第一 2012年10月9日


質問:今度、ドイツいかれるんですね?ドイツのどこを見てこようとされてますか?

小沢:一つは、10年を決めるにあたって、どんな考え方か、いろんな意見があったと思うんですね。どんな考え方でそうしたのか、これはわかりませんけれども、命と安全というものが最優先だと、何よりも、ということだと思いますけれども、そういう問題と、日本では経済界が反対してますよね。ですからドイツの経済界の人にも、同じ先進国、産業国家ですから、そこに聞いてみたいと思っておりますし・・・。
それからですね、山村の山奥の小さな村でですね、いろんな自然エネルギー、太陽熱だの水力だの風力だの使ってですね、そこでいわゆる自分たちで電気をはじめとして自活して結構ハイレベルな生活をしている村があるんだそうです。ですから、そこも視察してきたいなあと思ってました。

質問:原発や消費税も官僚の抵抗があると思うが、ほんとにできのか?
小沢国民の皆さんが支持して、政治家がやろうとすればできないことはないです。これはある意味で非常に簡単です


質問:日本維新の会について

小沢:特別に具体的なことでお話しはしておりません。ただ、今の仰るとおりですね、官僚支配、霞が関の中央で全ての日本国を日本の行政を全部決めている、お金も握っている。そういうやり方は国民にとっても地域にとってもよろしくない。だから、これを変えようと、統治の機構を変えると橋本市長さんも仰ってますが、この点については私もずうっと年来、主張してきたことですので、同じ方向を向いてるのかなと思っております。


質問:維新の会と組む戦略はあるのか?

小沢:今言ったように目指すところは、基本は一緒ですから、いずれ時期がくれば、いろんな具体的な議論ができると思っております。安部さんと組むっちゅうのは、ぼくどういう意味だかわかりませんけれども、いわゆる自民党と組むという意味だったならば、それはもう維新じゃないですね。旧体制と組むちゅうことになりますから。
今の維新に対する期待感は、旧来の体制、自民党、そして民主党と続いちゃってますけれども、こういう古い、旧来の体制を変えるんだと、というところに維新に対する期待があるわけですから自民党と組んだら、もはやもう維新じゃないと思いますので、そんなことは、たぶんありえないだろうと私は思っています。


質問:以前、橋本さんと会談して意気投合したと仰ったが、どういうところで意気投合したのか?

小沢:会談といっても具体的に個別政策を話したわけではないですけれども、要するに今言ったことですね。
このまま官僚支配のままの日本では、国民の、それこそ国民の生活は守れないし将来の日本も守れないと、変えなくちゃダメだと、いうところで共鳴したということだと思います。

◎明日から一泊で東京です。二度あることは三度ある。ウィーン国立歌劇場総監督のメストさん、腕のけがでドクターストップ。また、また代役です(泣)。