ペシャワール会会報より「30年で世界は激変」(中村哲氏)

◎先月、ペシャワール会の会報を受け取りました。
ペシャワール会現地代表中村哲氏を紹介するコラムの記事から:

ちょうど30年前の1984年、中村哲氏(九州大学医学部卒)が国内の病院勤務を経て、パキスタンカイバル・パクツゥンクワ州(旧北西辺境州)の州都ペシャワールに赴任した。ハンセン病コントロール計画を柱にした、貧困層の診療に携わる。86年からはアフガン北東山岳部に三つの診療所を開設。98年には基地病院PMSペシャワールに建設。診療所を拠点に巡回診療も開始した。2000年以降は、アフガニスタンを襲った大旱魃(かんばつ)対策のための水源確保(井戸掘り・カレーズ(運河)の復旧。作業地1600箇所以上)事業を実践。さらに02年からはアフガン東部山村での長期的復興計画「緑の大地計画」を開始。03年3月からは灌漑推理計画に着手し、10年3月全長25.5キロが開通した。ダラエヌール診療所の年間診療数約5万2千人(2013年度)。

◎このところ、集団的自衛権行使容認を巡って、中村哲氏に意見を求めて、新聞記事の紹介があったりしました。
ペシャワール会の現状とその件について「事務局便り」からです:

*30年を振り返ると、会員数300人という時期もありましたが、現在の会員数は1万3150人で、寄付総数は1万8千件を超えています。興味深いことは、バブル経済の崩壊、9・11事件、リーマンショックという、世界史的な事件・経済破たんを超えて会員数が増えていることです。世界が虚構に向かうほどに、会の現地活動への関心と共感がたかまってきたということではないでしょうか。


*現政権によって「集団的自衛権」の行使容認が閣議決定されようとしていますが(6月25日現在)、それに関する中村医師への取材が集中しました。お伝えしたいのは、私たちの現地活動が守られてきた要因の一つは、(政府レベルでも)日本が民生支援を前面に押し出し、国際的な紛争に軍事的に関与してこなかったということです。それを「解釈改憲」という手法で強行することは日本への信頼を揺るがす危険なことです。集団的自衛権」の行使された結果がアフガニスタンの惨状であり、欧米軍の敗北・撤退であることを肝に銘じ、民生支援に専念すべきではないでしょうか

◎さて、今号は2013年度の詳細な現地事業報告を中村哲氏がなさっています。軍事的、政治的にまだまだ安定にはほど遠く厳しい状況が続いています。そんな中、ガンべリ開拓地の耕作地は飛躍的に拡大。職員の自給を満たすほどの穀類、柑橘類、果物、野菜、豆類、オリーブなどが実ったそうです。14年度は合法的に安定した農村共同体を作っていく過程を進めるとのことです。この長い報告の巻頭言に当たる中村哲氏の言葉を書き移してみます。

滅びは「文明の無知と貪欲と傲慢」による  30年で世界は激変      
 

  [2013年度現地事業報告]         PMS総院長/ペシャワール会現地代表  中村 哲


  
 ペシャワールに赴任したのが、ちょうど三十年前の1984年五月でした。その後、ハンセン病診療からアフガン難民の診療、アフガン東部無医地区の診療所開設、大旱魃を機に水利事業が中心となり、現在に至りました。
 まさかここまで来るとは、初め思っていませんでした。その都度、逃げるに逃げられず、力を尽くしてきました。戦争、難民、飢餓、旱魃(かんばつ)、そしてその渦中で生きる人々の生死……いろんなことが鮮やかに思い出されます。その中には、言葉で描けぬことも沢山あります。
 分りにくいのは、私たちをとりまく情報空間そのものが人工的だからです。この壁は容易ではありません。とくに戦争や政治などの事象が、いかようにも情報を加工して虚像を生むことを知りました。
 それでも、敢えて声を大にして伝えたいのは、今も現地で進行する気候変化=大旱魃です。私たちを包む自然について目をそらすことは、もはや限界に近づいていると考えます。アフガニスタンは戦争で滅びません。旱魃で滅びます。もっと正確にいえば、自然を無視する「文明の無知と貪欲と傲慢」によって滅びます 
 この30年で、日本と世界も大きく変わりました。アフガンで起きたことは決して他人事ではありません。この間の象徴的事件では、ソ連の崩壊(1991年)、同時多発テロとアフガン侵攻(2001年)を真近に経験し、日本では東日本大震災(2011年)がありました。経済的には米国で金融破たん、EU圏の東方拡大と周辺国の凋落、中東の混乱、アジア世界の急速な工業化、アフリカの大規模開発が同時期に起きています。 今思うと、アフガンの悲劇が世界的な激変の余波であったことに思い当たります。
 

 私たちは自然さえ科学技術で制御でき、不老不死が夢でなく、カネさえあれば豊かになれ、武力を持てば安全とする錯覚の中で暮らしています。そして世の中は、自然から無限大に搾取できるという前提で動いています。疑いなく、ひとつの時代が終わりました。カネと暴力が支配する世界は、自滅への道を歩んでいるように思えます。
 このなかにあって、「文明の辺境」でみえる悠然たるヒンズークッシュの純白の山並みは、私たちに別の道を告げるようです。バスに乗り遅れまいと急ぐ必要はありません。たかだか数万年、僅かな時間、地上に生を許された人間です。動かぬ現実は、逆らえない摂理と自然の中で、身を寄せ合って生きていることです
 変転する世情から距離を置き、動かぬものを求め、三十年を現地で過ごせたことを天に感謝します。この事業に賛同し、様々な立場から支え続けてきた日本とアフガニスタンの良心と真心に感謝します。
 そして戦争と飢餓で逝った無数の犠牲者の冥福を祈ります。これを節目に、改めて「緑の大地計画」の完遂と意義を訴え、人としての節を全うしたいと思います。