2012年(平成24年)1月1日

迎春


今年も宜しくお願い申し上げます


昨年は珍しく30日夜から長男が帰省
晦日の夜10時半過ぎ、西穂の独標から帰宅した夫と
家族4人揃っての越年となり、新しい年を迎えました。
隣の両親ともども今年の初コーヒータイムも終えました。
晦日お昼頃の焼岳の写真、川は梓川

  
晦日、小出さんの最後のラジオの発言を読んで、原発事故以来引きずっていた気持ちの正体がわかりました。
あれは、原発安全神話に「騙された者」の責任感だったと思います。
福島で起こったことの加害の責任の一端があるのじゃないか・・・という罪悪感のようなもの。
だから、騙されたものの責任は騙したものを許さないこと、二度と騙されないことだと。
原発、あんだけ騒いどいて、止まったってたいしことないじゃないか・・・東電おかしいよ」と、
「2万人近い大震災の犠牲者。生きたい人が亡くなっているのに、3万人以上の自殺者・・・日本おかしいよ」と、
今年、同い年の友が妻子を残して自死、仕事で数えきれないほど東北三県を訪ねた長男が言いました。
原発止めても代替エネルギー自然エネルギーで安心・安全な暮らし・・・に向けて今年は初めの一歩を踏み出す年に!!
90歳の母は大晦日の日に孫にどうしても言いたいことがあると一人で乗り込んできました。「親が言えないなら私が」という”決死の覚悟”で「早く家庭を持って70歳近い親を安心させてやりなさい」と。
本当に有難いことです。「手土産の一つも持ってくる気配りが出来ないからダメなんだ」とお説教も。

長男、今朝がたコーヒータイムにやってきた両親に、「気配りの年で〜〜す!」と新年の挨拶をしておりました。早々と一人で勝尾寺まで2時間半がかりでお参りを済ませた二男は出石そばをお土産に。気配りできても独身ですが。
家族そろって何とか健康で、それぞれの「今年こそ」に向かって歩き出しています。
写真は梓川河畔から見える穂高連峰