<管元首相、安倍首相を訴える>と<形見の小箪笥>

◆安倍首相が、1昨年の原発事故発生直後、「管元首相が海水注入のストップを命じた。国民に謝罪、直ちに辞任すべき」とメールマガジンに書き、記者団にも「管氏が注水停止をした」と伝え「万死に値する」と批判した件、デッチアゲだったとネット上で騒がれ出して、いつか取り上げなくっちゃと思っていたところ、管直人元首相自ら、選挙中にもかかわらず、この件で安倍首相を名誉棄損で提訴したということです。
詳細は、いつもながら長いですが、「日本がアブナイ!」さんのコチラ「菅直人が安倍を提訴。安倍が原発対応の虚偽情報をメルマガで流布&修正せず放置」で:http://mewrun7.exblog.jp/20810503/
ここでは、安倍首相の1昨年のメルマガの記事と管元首相の訴えを起こすに至った事情についてのコメントをコピーして並べます:

菅総理の海水注入指示はでっち上げ 
最終変更日時 2011年5月20日


福島第一原発問題で菅首相の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が、実は全くのでっち上げである事が明らかになりました。


複数の関係者の証言によると、事実は次の通りです。


12日19時04分に海水注入を開始。
同時に官邸に報告したところ、菅総理が「俺は聞いていない!」と激怒。
官邸から東電への電話で、19時25分海水注入を中断。
実務者、識者の説得で20時20分注入再会。


実際は、東電はマニュアル通り淡水が切れた後、海水を注入しようと考えており、実行した。
しかし、 やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。


この事実を糊塗する為最初の注入を『試験注入』として、止めてしまった事をごまかし、そしてなんと海水注入を菅総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいたのです。


これが真実です。

菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。

(写真は、パソコン上の今朝の同日付けメルマガ画面より:http://www.s-abe.or.jp/topics/mailmagazine/2291
次に、管元首相のコメントのコピーです:

名誉棄損の訴えを起こすにあたって   
2013年7月16日 衆議院議員 菅直人


 今回ネット選挙が解禁されましたが、参院選挙期間中のネットを使った悪質な名誉棄損行為を放置できないと考えて提訴しました。

 訴状にありますように安倍晋三氏は2011年5月20日付のメールマガジンで「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」と題する記事を掲載し、私が何度もネット上で訂正と謝罪を求めたにもかかわらずそれを無視し、参院選の期間中に入った今日現在に至るまで、ネット上で掲載を続けています。内容は全くの虚偽の情報に基づき私の名誉を著しく傷つける中傷記事であるだけでなく、民主党民主党政権に対しマイナスとなるイメージを植え付け、選挙の公平性をも損なうものです。


 安倍晋三氏は現職総理大臣として公平な選挙の実施に責任を持つ立場であり、記事内容が虚偽であることは明白であることから裁判の結果を持つまでもなく、直ちに誤りを認め、参院選挙期間内に記事の削除と謝罪を行うことを強く求めます。


 なお、総理経験者として現職総理を訴えることが適当かどうか。熟慮しました。その上で、安倍総理自身が当時すでに総理経験者であり、虚偽情報に基づいて私に対し総理の辞任まで要求していたことを考えて、あえて、提訴に踏み切りました。ご理解下さい。


             以上です。


 なお訴状や証拠についても出来るだけネット上に載せる予定です。

安倍総理のメルマガの件や管元総理の訴えに至る詳しい経緯、東電故吉田元所長のこの件での発言など、上記「日本がアブナイ!」さんが詳しく記事にされています。
◎また、「アブナイ!」さんの今日の記事は、<「戦争に行かぬ人は死刑」と石破&改憲9条に軍法会議+安倍も9条改憲に言及>:http://mewrun7.exblog.jp/20812480/
◎同じ内容で、「☆句の無限遠点☆」さんの「石破自民党幹事長、若者に徴兵制、拒否は軍法会議で死刑発言」:http://d.hatena.ne.jp/haigujin/20130717/1374079427

◆◆さて、昨日午後、Mさんが大きな荷物を持って我が家へ。Mさんは、私の小中学校の同級生で同窓生です。
母親同士が小学校のPTA仲間で、「あかつき会」という名前を付けて世話人は持ち回りというお喋り会を続けていました。それが、ここ数十年で一人欠け、二人欠けと半分の3人になりました。そのうち最高齢の方が、お元気ですが自宅を孫に譲って施設に入られました。
Mさんのお母さんは、30年ほど前にご主人を亡くされ、20年近く前には3人の子供の唯一の男の子だった息子さんにも先立たれました。その後、長女のMさんと暮らしておられたのですが、認知症が始まってしまいました。そのMさんが3年前に法事の席で脳梗塞を発症、すぐ入院、手術ということになり、妹さんと相談の上、お母さんは施設へ。
その後、Mさんはリハビリを頑張って、殆ど後遺症が残らないまでに回復されました。この6月だったか、ヨガの先生から、Mさんは、お母さんが亡くなられて今日は欠席ということを聞きました。一月後、7月に入って出てこられたMさんから、”あかつき会のノートが出てきたので渡したい、それに濡れると困るのでお天気の良い日に行きたい”と言われていました。
母に伝えると、「要らないから、来なくていいよ〜」と。「そんなわけには〜。お母さんが生きているんだから、会のノートはお母さんが処分してあげたら」と私が言うと「そうだわね〜」と納得していました。昨日、電話があって、母が千里中央へ出かけてしまっていましたので、「じゃ、ウチへ来て」ということで、Mさんがやってこられました。
チャイムが鳴って外に出てビックリ、キャリーカートに乗せた段ボール箱が異様に大きくて、どこかへ行かれる途中で我が家へ…と思ったり。ところが紐を外して抱えて玄関へ入られるので、またビックリ。茶の間に入って大きな段ボールの箱のふたを、開けてビックリ玉手箱!!
桐の箪笥に、扇面や短冊に達筆で和歌や俳句が書かれた和紙が、貼ってあり、金粉も散らしてあります。長年書道をやっておられたお母さんの手の跡です。Mさんが、ここを見て、と指された先は・・・短冊に「珈琲の点前は娘秋さくら」。母が毎朝の珈琲を淹れる私を句に詠んだものです。
その後、Mさんとは思い出話や、リハビリの話、お母さんと入れ替わるように生まれたというお孫さんの話などをして、最後に選挙の話になりました。「原発だけはもう止めなイカンわ〜」と仰るので、「今度の選挙は脱原発で選ぶつもり。緑の党にしようかと・・・」と私が言うと、「私もよ〜!」と。そして原発の話に。「どうするつもりなの? 事故は収まっていないし、海は汚れているし、核のゴミは何処へ持って行くの? 止めないと大変なことになるのに〜」と。Mさんとは、いつも大勢での話し合いで薄々そうだろうとは思っていましたが、二人だけで話して、ハッキリした意見を聞けてとても心強く嬉しかったです。

千里から帰った母と父を呼んで、Mさんの話をして、もう身辺整理を始めている母のことですので、桐の小箪笥はやはり私が引き取ることに。随分前に母が送った句集の中から、お気に入りの句を書いてくださったというお話でした。Mさん、ありがとう、大事に使わせていただきます。