「人間のための経済学 宇沢弘文 」(2014年NHK)


◎「人間のための経済学」を唱えた宇沢弘文さんの「社会的共通資本」という考え方を知りたいと思っていましたが、あいば達也氏のブログ「世相を斬る」(http://blog.goo.ne.jp/aibatatuya)の3月8日「23区格差、自立と人情と共同体 社会的共通資本のあり方」で、NHKの「クローズアップ現代のサイトに2014年の番組の内容が残っていることを知りました。ゲストの経済評論家の内橋克人氏が社会的共通資本の解説もされています。
先日、安倍内閣が消費税の増税についてスティグリッツ教授の意見を求めていましたが、この番組でも宇沢弘文の教えを受けた一人としてスティグリッツ教授も登場です。全文コピーして記録しておきます:(NHKサイトの写真はコピー不能のため、写真はすべてネットの映像をお借りしました。ただしトップの写真は私のカメラでパソコン画面を撮ったモノ)


クローズアップ現代No.3574
2014年10月30日(木)放送
人間のための経済学 宇沢弘文
格差・貧困への処方箋


天使にふんしたこの男性。
実は世界的な経済学者。
今、その存在が注目されています。

ノーベル賞受賞経済学者 「彼の研究は時代を先取りしていた。」


親交のあった経済学者 「社会の病を治す医者。」


先月(9月)、86歳で亡くなった宇沢弘文さん
行動する経済学者で、経済成長が引き起こす問題の解決策を、現場に飛び込み提案しました
すべての人々が幸せに生きられる社会を考え続け、その思想は世界から高く評価されました


経済学者 宇沢弘文さん
「経済は単に富を求めるものではない。」


今、宇沢さんの思想は、地域再生や被災地の復興の現場にも息づいています。
格差や貧困が深刻で出口が見えない日本。
今夜は、宇沢弘文・人間のための経済学に迫ります。



人間のための経済学 知の巨人・宇沢弘文


NHKは、金融危機のさなかの2009年、宇沢さんへのインタビューを行っていました。
経済学のあるべき姿について語る宇沢さんです。


経済学者 宇沢弘文さん経済学の原点は人間、人間でいちばん大事なのは、実は心なんだね。
その心を大事にする。
一人一人の人間の生きざまを全うするのが、実は経済学の原点でもあるわけね。」


研究室を飛び出し、現実の問題と向き合うことを大切にした宇沢さん。
公害問題に悩む水俣では、患者を訪ねてはその苦しみを聞き、空港建設問題に揺れる成田では、国と住民の調停役を買って出ました。
理論にとどまらず、現実の世界に貢献しようと考えていたのです。


東京大学名誉教授 神野直彦さん
「社会の病を治す医者になるんだというふうに決意された経済学ですので、その病理をいかに治すのか、処方箋まで書こうとした。」


宇沢さんが経済学を志したのは、戦後まもなくのころ。
東京大学で数学を学んでいましたが一冊の本との出会いが人生を変えたといいます。

「貧乏物語」。
経済学者、河上肇が書いたものです。
世界の経済大国・イギリスで、貧困が深刻になっていく問題を明らかにしました。
すべての人が幸せに生きる社会を作りたい
宇沢さんは経済学の道へ進みます。


研究のため向かったのは世界経済の中心、アメリ
経済成長の条件を数学的に分析した理論を構築。
36歳でシカゴ大学の教授に就任しました。


ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授
宇沢さんに教えを受けた1人です。


ノーベル経済学賞 ジョセフ・スティグリッツ教授
「彼は最も大切な先生です。
研究だけでなく個人的にも教えられました
1日中、数学や経済学について語りあったものです。 世の中を変えたいと経済学の世界に入った私には、刺激的でした。」


宇沢さんは大学で1人の同僚と激しく対立するようになります。
ミルトン・フリードマン
市場競争を極めて重視する新自由主義の中心人物です。


社会のすべてを極力、市場に委ね、競争させたほうが経済は効率的に成長すると主張していました。
これに対し宇沢さんは、効率を優先し、過ぎた市場競争は格差を拡大、社会を不安定にすると反論しました。


ノーベル経済学賞 ジョセフ・スティグリッツ教授
教授の研究の大きな特徴は、格差の問題に注目したことです
一方シカゴ大学には、格差は取り上げる問題ではないという人さえいました。
格差問題を全くかえりみない市場原理主義の考えと、教授は相いれなかったのです。」


アメリカ社会が効率や競争ばかりを重視するようになったと感じた宇沢さん。
1968年、日本に帰ることを決意しました。
しかし、日本で目にしたのも、経済成長が必ずしも幸せな暮らしにつながっていない現実でした。


東大教授となった宇沢さんは帰国から6年後、急速に進む自動車社会に警鐘を鳴らします。
当時、豊かさの象徴とされていた自動車
宇沢さんは、それが本来、歩く人のためにある道を奪っていると主張
事故の増加や大気汚染など、社会にばく大な負担を強いるという、新たな見方を提示しました。
経済成長と幸せな暮らしを両立させるにはどうしたらよいのか
宇沢さんが提唱したのが、社会的共通資本という考え方です。



社会的共通資本とは医療や教育、自然など人が人間らしく生きるために欠かせないもの。
これらは市場競争に任せず、人々が共同で守る財産にします
その基盤を確保した上で、企業などによる市場競争があるべきだと考えたのです。


経済学者 宇沢弘文さん
市場で取り引きされるものは、人間の営みのほんの一部でしかない
医療制度とか、学校制度とか、そういうのがあることによって社会が円滑に機能して、そして一人一人の人々の生活が豊かになる
人間らしく生きていくということが可能になる制度を考えていくのが、我々経済学者の役割。」


人間らしく生きる社会とは何か.
宇沢さんはみずから、ある実践をしていました。
リュックサックの中にいつも入れていたのはランニングシャツ
大学と自宅の間を走って往復。
自動車に頼らない生活を心がけていました。


宇沢さんの生き方は多くの人たちの心に残っています。
弔問に集まった、かつての教え子たち。
政策立案や日本経済の第一線で活躍する人材になりました。


京都大学名誉教授 松下和夫さん
宇沢先生は厳しい先生だったんですけれど、やさしいんですね、ものすごく。
主流派経済学者は、すでに出てるデータだけを見て処理するわけですが、(宇沢先生は)現場に出て行ってぶつかっていた。」


環境省・大学教授 一方井誠治さん
宇沢先生が心配していた環境の悪化を(環境省の)現役時代に止められなかった
宇沢先生の遺志を継いで、なんとか少しでも貢献して死んでいきたいと思っています。」


今、宇沢さんの家族は遺品の整理を続けています。
宇沢さんが病に倒れたのは東日本大震災の10日後です。
パソコンに残されていたのは「東日本巨大地震」という空のフォルダ。
何を書こうとしていたのか。
家族は思いを巡らせています。


妻 宇沢浩子さん
「(被災地の)絆を取り戻してあげたい、みんなで地域で一緒に暮らすことが楽しいというところまで助けていきたいなと思った。
それはまとめさせてあげたかったなと思います
。」


経済学者、宇沢弘文
人間のための経済学を追究し続けた人生でした




人間のための経済学 知の巨人・宇沢弘文


ゲスト内橋克人さん(経済評論家)


●宇沢さんはどんな方だった?

対談する相手が口を開きますね。
すると表情がね、とても穏やかになるんですよ。
そして相手、語り手の言いたいことを引き出していかれる、とても優しい方なんですけれどね、それだけではありませんね。
厳しく優しい方なんですね。
ですからご自身が信じていらっしゃること、信条となさってることですね、これについて、正確でない発言、それについては厳しく問いただす、そういう先生だったと思いますね。


●厳しさは、宇沢さんを語る上で欠かせないもの?

そうですね。
そして、その厳しさとは何かということが、大変、今ね、話さなければならないと思うんですね。
つまり厳しいっていうことは、誰に対して厳しいのか、誰に対して優しいのか。
例えば自然災害がある、被災者、被災した人がいますね。
しかし、自然災害だけではなくて、権力とか、経済、あるいは政治ですね、それによる被災者、政策の間違いによって被災する、そういう人々、いわば社会でそういう人々がさげすまれたり、あるいはまた忘れ去られたりする、そういう人々に大変に心を寄せられる。
本当に寄り添った経済学ですよね、それを追究された。
つまり、いつも社会的、政治的、経済的被災者に寄り添う経済学だったというのがね、私の率直な追憶のことばですね。


●人間のための経済学であった?

そうですね。
つまり、人が人らしく生きていける。
これ、とても難しいことですよね。
そして今は、ますますそれが難しい時代に入ってますよね。
世界化、経済の世界化、あるいはまたですね、利潤の追求の厳しさ、そういう競争の激しさ、そういう中でね、ますます人が人らしく生きていける。
これはね、それを裏付ける制度がなければならない。
最初に神野さんがおっしゃってましたね、お医者さんだと。
世界の病理を治す、癒やすお医者さんである。
その医師、名医、優れたお医者さんとは誰かといえば、絶えずこう、臨床、患者さんと向き合って得たいろいろな問題、それを基礎に変える。
基礎と臨床、現実と原理ですね。
その間を、本当に短いサイクルで、絶えず往還、往来なさる。
ですから、学理から見てどうなのか、そこを問われる。
そして現実を大事になさる。
こういう学理追究者だったと思いますね。


●社会的共通資本という考えに込められた宇沢さんの思いとは?


これはね、単なる公共財を意味してるんじゃないと思うんですね、経済学という。
そうではなくて、利益追求の対象にしてはならない、誰のものでもない、みんなのものだというね、こういうひと言で言えば、これはとても概念は難しいと思いますけれども、そうした新しい経済の在り方、つまり社会を転換しなければとても実現はできない。
そういう経済、あるいはその制度、これをどうあるべきかを、本当に具体的に、しかも理論的に追究なさった、珍しいけうの先生だったと思いますね。


“多面的に見よ” 宇沢氏の教え


学校で使われる社会科の教科書
宇沢さんが長年監修してきました。


宇沢さんと一緒に仕事をしてきた、編集者の尾栢寛昭さんです。
宇沢さんから学んだのは、社会の表側だけでなく、その背後に目を向ける大切さだと言います。


東京書籍 尾栢寛昭さん
20世紀の文化、これは私が編集長をやっていたときに作ったもの。」


サッカー・ワールドカップの写真。
尾栢さんは同じページに、子どもたちの労働によってサッカーボールが作られている写真も載せました。
華やかなイベントの裏にある社会の現実にも、思いをはせてほしいと考えたからです。


東京書籍 尾栢寛昭さん
こういう写真を1枚示すことによって、違うものの見方ができてくる。
社会に対するものの見方というのを、このままでいいということでなく、さらに良くしていくためにはどうしたらいいのかという観点を常に持っていてもらえればいいなと思う。」



“宇沢イズム”どう実現 教え子たちの模索

地域再生の現場にも宇沢さんの考えは息づいています。
都市政策が専門の、千葉大学大学院岡部明子教授です。
14年前に宇沢さんと出会った岡部さん。
社会的共通資本の考えに基づいた街づくりを模索してきました。
岡部さんが、その実践を続けている場所があります。


千葉大学大学院教授 岡部明子さん
「あれが、かやぶきの家です。」


築100年以上の古民家
長年、地域に残るこの風景には、経済性だけでは計れない価値があると考えました。
住む人がいなくなり放置されていた家。
岡部さんは学生と、傷んだ屋根の修理に取りかかりました。


作業を続けるうちに、単に風景を残す以上の効果が現れてきました。
学生と住民の間に交流が生まれ、地域の課題を共に話し合うようになったのです
今ではこの家は、地域の外からも人を呼び込む拠点となっています。


男性
いいですよ、最高
昔のことを思い出す。
自分たちの気持ちの誇りになります。」


経済原理のもとで見放されつつあった建物でも、地域を育む共有財産になりうると岡部さんは感じています


千葉大学大学院教授 岡部明子さん
宇沢先生から教えていただきました『社会的共通資本』。
なかなか理論ではとらえどころのないものなんですけれども、この建物を見てそういうこと(社会的共通資本)を考えたときに、ふと本質の一端に触れた気がしました。」


被災地の復興に宇沢さんの精神を生かそうという人もいます。
宮城大学で街づくりを研究する風見正三教授です。
宮城県東松島市は、津波で大きな被害を受けた集落の高台への移転を進めています。
風見さんはここに建てられる小学校の計画作りを任されています。


宮城大学教授 風見正三さん
学校の教育というのも社会的なひとつの共通の財産なので、みんなでつくっていく仕組みをここから始められたら、東北から新しい道というか、未来が始められる。」


実は風見さんは6年前まで、大手建設会社で大型商業施設の開発などを手がけてきました。
そこで目にしたのは、開発の陰で寂れていく地元の商店
次第に、利益だけを追求する都市開発に疑問を抱くようになりました。


その後、宇沢さんの社会的共通資本の考え方を知った風見さん。
本当に住む人のためになる地域開発とは何かを考えようと、会社を辞め、研究者の道に進んだのです
小学校の設計で心がけているのは、できるだけ多くの人を巻き込むことです


宮城大学教授 風見正三さん
子どもたちや教員、校長先生、そういう人たちの意見を踏まえながら、何十回、百回と続けていきながらひとつの形にかえていった。」


さらに自然保護団体と協力し、学校の近くに遊び場も作りました。
作業したのは地元の人たちです。


宮城大学教授 風見正三さん
宇沢先生がいちばん言われたのが現場主義
現場の人たちにすばらしい知恵があって、それを脚光を浴びさせながら市民が主体的に街をつくっていく
私たちの学校だと思ってくれることが、宇沢イズムの実現だなと思います。」



人間らしさ求めて 見直される宇沢弘文


●取り組みが多様な分野にまたがり、その影響が広がっている?

そうですね。
宇宙的といいますか、非常にユニバーサルですよね。
ですから、それぞれの分野に種をまかれた
本当の理解者を見つけては、教えて、育てていかれたわけです
そういう方々が今、現実社会、それぞれのところで種をまいていらっしゃる、実行していらっしゃるわけですよね
そのことが、これからの本当の意味の社会転換に結び付いていく、これを望んでおられたと思いますね


●今の日本にとって宇沢さんの考え方が持つ意味、意義はどこにある?

大きいですね。
宇沢さんはね、国富、国の富ですね、GDPとかその他、これが大きくなるっていうことと、一人一人の国民が豊かになるということは違う
これがますますかい離していく、離れていく
そこに日本経済の、日本社会の病理があるということを、はっきり分析なさっているわけですよね。
そういう意味からいえば、本当の意味で一人一人が豊かになっていく
人口減少社会、あるいはそのGDPそのものが減少していく、もはや大国ではなくなった、
そのために、一人一人が豊かになるためにどうするのか、その制度はどうあるべきか
これは一人一人の、つまりお弟子さんといいますか、現実社会でおやりになってる方々が、種をまいてるわけですね
その人々は、ある意味では、宇沢先生の存在、知らないかもしれない
社会的共通資本ということばを知らないかもしれない
それと知らず、しかし、全くそういう意味からいったら、継承者、実行者、実際にしていく人々、こういうふうにいえると思うんです。
そういう人が1人でも増えてほしいと、社会転換、目指すべきですね
(脈々と受け継がれていく、古くて新しい考え方?)
そうですね。
まさに古くて新しい、これからさらに先を見たときに、
サーチライトの光を前に照らしたときに、その前に見えるのが宇沢さんの姿
こういうふうに思います。

(引用元:http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3574_all.html

◎<安倍内閣では、「国際金融経済分析会合」でのスティグリッツ教授の発言のすべてを公平に取り上げず、消費税の再延期のところだけをプレイアップしていましたが、チェリー・ピッキング(良いとこ取り)はいけません>と書いている記事を見つけました。書き手は岸本周平民主党衆院議員です。ジョセフ・スティグリッツ教授を囲む朝食会に参加し、その時の教授のお話をハフィントンポストが取り上げています。
●「スティグリッツ教授発言の全体像を見逃してはいけない」投稿日: 2016年03月19日 13時40分 JSThttp://www.huffingtonpost.jp/shuhei-kishimoto/joseph-eugene-stiglitz_b_9503770.html