◎今度の24日(日)と25日(月)の”百寿の会”で、お客さんをお迎えするのに合わせて、あめ色になった1年前の柏葉アジサイのドライフラワー(➡)を処分して、新しく出来上がったドライフラワーに入れ替えました。柏葉アジサイは、今年は不出来で、5本ほど、それも小さい花にしかならず。後は、今年出来の良かったアナベル(西洋アジサイ)の薄緑色のドライフラワーを足しました。つりさげた籠の中のものは写真に撮らずでしたが、花瓶のものを写真に(↓)。
想田和弘さんがリツイート
⛵️motty ⛵️ @novtnerico · 18 時間18 時間前安倍政権は日本のオペレーティング・システムを「デモクラシー」から「ファシズム」に変えようとしている…
「OSファシズム」のうっかりインストールを防ぐために│想田和弘の「観察する日々」 http://j.mp/29Xy5OA
◎想田さんのマガジン9条のコラムの記事ですが、これは、分かりやすいかも。
参院選期間中、安倍首相の演説でも聞いた覚えがありますが、「野党は無責任」「政策がない」「対案がない」という批判というか非難について、ウッカリ、「確かに、そうかも・・・」と考えたことがある人には、これは必読です。その手に乗ってはいけないのです。安倍さんたちがやろうとしていることは、「次元が違う問題」です。『土台を替えてしまおう』ということだから、「土台を替えるのは話にならない」と『反対』するのが当然なんです。そのことを、今風に説いておられますので、この言い方が分かり易い世代の方々には本当におすすめの記事です。読んでみてください。「反安倍に飽きている場合では全くない」のである。その通りですね。
「OSファシズム」のうっかりインストールを防ぐために
折しも、アメリカの保守派雑誌「ナショナル・レビュー」は、参院選での結果を受けて、「ファシズムに回帰する日本」と題する記事を発表した。参院選で深まった日本の危険な政治状況を分析し、その行き着く先が「大日本帝国への回帰」であると警告している。残念ながら的確である。内田樹氏などが日本語訳をしているので、ぜひ読んで欲しい。(7月18日の蛙ブログ:http://d.hatena.ne.jp/cangael/20160718/1468814834)
ところが、負け戦が続いてきて、野党側にもうっぷんがたまってきているのだろうか。あるいは自分たちの方針に対する疑念がわいてきたのであろうか。
「野党が負け続けてるのは政策に魅力がないからだ。反安倍ばかり言って安倍に依存するのではなく、魅力的な政策を」的な言説をしばしば見かけるようになった。
野党に魅力的な政策が必要だという点には異論はない。あたりまえだ。だが、にもかかわらず、僕はこうした言説に違和感を覚える。なぜなら安倍政権がこの国の民主主義に銃口を向け、とどめを差そうとしている今、「危ない!」と大きな声を上げることは必要不可欠な行為だからだ。上記のような言説は、別の次元の現象をあたかも同じ次元のことのように語るという意味で、重大な錯誤を含んでいると思う。
つまりこういうことだ。
安倍政権はこの国のオペレーティング・システム(OS)を「デモクラシー」から「ファシズム」にガラリと変えようとしている。これがいったん成功してしまったら終わりだ。アンインストールは容易にできないし、「経済政策」だの「福祉政策」だのといった野党が提案する「魅力的なアプリ」は、OSとの互換性を失い起動しなくなってしまう。野党が「魅力的なアプリ」をプレゼンするのはいいけれど、その間に土台となるOSを変えられてしまったら元も子もないのである。
「OSファシズム」のインストーラーは、言うまでもなく「自民党憲法改正草案」(改憲草案)である。それがなぜ全体主義をインストールすることになるのかについては、本欄でも繰り返し述べてきたし、本屋に行けばたくさん本が出ているので読んで欲しい。ここでは、それが個人の基本的人権や言論の自由を制限し、「国民のための国家」よりも「国家のための国民」を目指すものだと指摘するにとどめたい。要はこの国の基本形を180度変えようという提案なのである。
だが、安倍首相らは、改憲草案は時代に合わせたシステムの単なるアップグレードであり、国の基本は変わらないと虚偽の主張をしている。安倍氏が得意とする、非常に危険な詐欺師の論法だ。
そしてこの論法は、残念ながら多くの主権者に、ついうっかりと受け入れられてしまいかねない。日本の主権者は、小さな文字で書かれた説明書をよく読まず、「へええ、70年以上一度もされてなかったアップグレードか、そりゃ必要でしょ」と気軽にインストールを容認しかねない。
そう、僕は危惧しているのである。
その根拠のひとつは、参院選の時に話題になった「高知新聞」によるアンケート結果である。「今回の参院選は『3分の2』という数字が注目されています。さて何のことでしょうか?」と高知市の人々100人に聞いて回ったところ、83人が「わからない」と答えた。そして改憲草案を読んだことがある人は、10人しかいなかったという。
高知市民にとっては不名誉な結果である。だが、こうしたネグレクトが起きているのは、別に高知に限らないのではないだろうか。
その証拠に、「京都新聞」が参院選直後に京都と滋賀で似たようなアンケートを実施し、似たような結果が出ている。それによると、改憲草案に「目を通したことがない」人が75%もいた。そして改憲勢力が3分の2に達した結果を「よかった」と評価する人の中では、改憲草案に目を通していない割合がさらに高かった(82%)。つまり8割以上の人は、改憲草案を読みもせずに「3分の2」を評価しているのである。
いずれのアンケートも母数が100人と小さいので断言するわけにはいかないが、この結果からひとつの仮説が導き出せるのではないだろうか。つまり、大多数の日本の主権者は、日本の政治の危険な動きに十分な注意を払っていないという仮説である。
先日英国が国民投票でEU離脱を決めた直後、「EUって何?」というグーグル検索キーワードが英国で2位になったという話はあまりにも有名だ。つくづく、無関心とネグレクトはデモクラシーの毒である。そして日本でも同じようなことが起きているであろうことは、かなり蓋然性が高いと思われるのである。
であるならば、野党がすべきことは「反安倍政治」を引っ込めることではあるまい。むしろそれをより前面に出し、選挙のないときも各地でタウンミーティングや説明会などを積極的に開き、「OSファシズム」の危険性こそを周知すべきであろう。
「反安倍」のスローガンで野党がまとまり始めたのは、すでに約1年前である。あらゆるものの陳腐化が加速度的に速まっているこの時代に、市民の間にも「反安倍」に飽き飽きする気持ちが出てくるのもわからないでもない。
だが、飽きている場合では全くないのである
◎「特別な1日」さんの先週の金曜デモのルポの記事の中に、民進党の長島さんに触れて、「長島は、原発・集団的自衛権条件付き賛成の民進党のガンですが・・・・」で、紹介されていた長島氏のツィートの記事(↑)をお借りして貼り付けました。