竹田城跡から城崎温泉へ

私の実家の方の姉妹3家族と両親の25年間続いた家族旅行が白寿と百寿の会で一応おしまいになったのと前後して、夫の兄弟姉妹の旅行がスタートしました。2年前は余部、湯村温泉生野銀山のドライブ旅行。この時も雨でしたので、今回も雨人がいるんだと覚悟の上でした。

大津の義姉が一人になったので加賀市の義弟夫婦が旅行に誘う旅の2回目は去年の吉野山でした。その後、義姉には同じ境遇の親友が出来て、よく旅にも出るようになったし、竹田城は既に行ってるのでと不参加。私たちは、病み上がりというか闘病中の夫と何とか行けることに。朝5時半に出発した義弟の車が、午前9時、予定通り我が家着。トイレ休憩かねて、隣の母を呼んで5人でコーヒー。挨拶を済ませ、まだ就寝中の父の様子を報告したりして、9時半出発(10月12日木曜日)。

朝来(あさご)の竹田城の駐車場のレストランで昼食。ここで車を置いて巡回バスで城跡へ。
昔はもっと上の駐車場まで車で行けたようですが、今は、制限されています。
バスを降りて700mの坂道を登って料金所。そこからはもっと傾斜のきつい階段状の登り。
足元には黒いネルを重ねたようなマットが滑り止めに敷かれています。
石垣の美しい城跡の北端部分から入って、南北400m、幅100mの城壁巡りのスタートです。
城壁跡地から下を見ると、通り過ぎてから写したアーチがあんなに小さく見えました。

竹田城は1431年、山名持豊が築城に着手、1443年完成。太田垣誠明が初代城主となり、1580年の秀吉の但馬攻撃まで、代々太田垣が城主を務める。1600年の関ヶ原の役で、豊臣が破れ、廃城となる。1615年から生野代官所支配下となる。明治4年豊岡県、明治9年(1876)兵庫県編入昭和14年(1939)竹田町役場の所有。1943年国史跡に指定。1971年〜80年、石垣復元工事。平成18年(2006年)日本100名城に選定される。
↓北千畳から本丸・天守台の石垣を見る

↓二の丸から先端の南千畳と南二の丸を見る

↓大手虎口

ここから山道を下って、上りの舗装道路の途中へ出る。このあたりから杖代わりに使っていた傘をさして、バスで来た道を15分歩いて駐車場へ。途中山野草が所々咲いていて、赤い実が見えたり。車は一方通行なので安心して歩けました。


小雨の中、円山川沿いに一路城崎温泉目指して…予定より早く到着。
城崎温泉駅前を走って、柳が続く川沿いの風情のある町中を走り抜けて一番奥のつるや旅館へ。川向こうの目の前がロープウェイ乗り場。雨も本降りなので、私たちは内湯に入って夕食の席へ。一回り年下の同じ干支の義妹だけが、外湯を二か所も回ってきたとか。
明朝、街歩きをすることにして城崎の夜を迎えました。