ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界〜歴史から何を学ぶか〜」(その1)

4月6日の「特別な1日」さん(『緊急事態宣言?』と映画『21世紀の資本』 - 特別な1日)のブログで紹介されていたNHKEテレで放送された番組の再放送を録画して見ました。

これは今回の新型コロナウィルスのパンデミックを人類と感染症という大きな視点でとらえた内容になっていてとても考えさせられました。歴史的な理解と未来への起点となる考え方が提示されていて今考えるべき問題だと思いました。

出演者の中で唯一の女性でもあるヤマザキマリさんは漫画家で、阿部寛主演、彫りの深い濃い顔の俳優を集めて映画化された「テルマエ・ロマエ」の作者。早口でお話しされるサッパリした感じが好印象のかたです。

「緊急対談 パンデミックが変える世界〜歴史から何を学ぶか〜」 - ETV特集 - NHK

パンデミックとなった新型肺炎。人類はいま大きなチャレンジを突きつけられている。これから社会はどう変わるのか。ウイルス学、感染症史、日本史、世界史など各人が独自の考えとフィールドを持つ識者たちが集い、人類の今と明日についての思索を披露しつつ徹底的に対話する緊急特番。(3月27日収録)

【出演】ヤマザキマリ(漫画家)、磯田道史(国際日本文化研究センター准教授)、山本太郎長崎大学熱帯医学研究所教授)、河岡義弘(東京大学医科学研究所教授)

◎録画した番組から聞き取って出来るだけ忠実に書き起こしてみます:(記事中アンダーライン個所は番組が画面で文字を入れた個所)

   VVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVV

パンデミックが変える世界〜歴史から何を学ぶか〜
     ~歴史の教訓から今後の先を見通す知恵を探る~

都内3月27日、パンデミックに覆われた世界、危機感を募らせている人がいます。

ヤマザキマリ:この間の三連休の時電車に乗っていたらポールに捕まっていた女の子が座席が空いて座るなりカバンの中から菓子パンをとり出して手でつまんで食べ始めたんです。ポールを触っていた手で。もしかして今の事態が分からない若者がいるの?という不安があります。

ナレーション(N):ヤマザキマリさんはテルマエ・ロマエなど歴史に題材をとった作品で知られています。1年の半分をイタリアで過ごすヤマザキさんにとって新型コロナウィルスの問題は切実。

山崎さんがイタリア人の夫と暮らすパドヴァはイタリアで最初に死者が出た街。いち早く都市封鎖が行われた。看護師をしている親戚も新型コロナウィルスに感染し、家族の間でも切迫感が高まっている。

ヤマザキ:この現状を見ると大丈夫かなと思う。今回、この疫病によって日本人の意識が変化していくと考えられるのかな?とか、人間がこういう時冷静さを掴むきっかけになると思う。

N:私たちはパンデミックにどう向き合えばよいのか?

      日本や世界はこれからどう変わっていくのか?

山崎さんは日本を代表する専門家、感染症学の山本太郎氏、歴史学磯田道史氏、ウィルス学の河岡義弘氏との対話に臨みます。

f:id:cangael:20200412103351j:plain

  歴史の教訓から今後の先を見通す知恵を探る

ヤマザキ:あの私、3月半ばにイタリアに戻るはずだったのが戻れなくなった。彼らは常に家族と一緒にいます。高齢化社会(28%)の中で高齢者と同居している家が非常に多い。彼らは又コミュニケーションを大事にする。この近い距離で触ったりしながら喋っている。それが感染の拡大の一因になりえた。お孫さんがお祖母ちゃんとハグをして、お祖母ちゃんが感染して死ぬという実例が何件もおきている。もちろん彼女も入院しているんですが、ゴメンナサイと泣きながら一生償えない罪を背負ってしまっている。お祖母ちゃんは一人で亡くなり、埋葬もされず棺のまま体育館に置かれている。せめて神父さんの御祈りをと思っても、神父さんも67人亡くなっている、神父さんもダメだと・・・伝統としてあったものまで崩壊している、これはイタリア人としては何より大きな打撃だと思う。

磯田:出来ることは全部やるべきだと思う。手洗いや消毒や、無ければ消毒液を作って・・・

山本:まず現状なんですけど、言うまでもなく世界的に見ればパンデミック。このスピードで世界が一度にパンデミックになっていくのは初めてかもしれません。2か月目で報告レベルで世界のほぼ全域から報告がある。

磯田:地球は一つの船。「他人事がない」のがパンデミック

山本:まさに誰も逃れる事ができないのがパンデミック。勝った負けたじゃない、苦手で嫌な相手と長く付き合っていかなけれならない。

f:id:cangael:20200409130254j:plain

  感染症と人類は歴史の中でどのように戦ってきたのか

 ヨーロッパではペストが何度も襲い強大な帝国や社会を揺るがしてきた。黒死病と呼ばれ強い感染力を持つペスト。14世紀、ヨーロッパの3分の1が犠牲になった。

ピーター・ブリューゲルが描いたペスト「死の勝利」。

f:id:cangael:20200410185510j:plain

当時、人々はウィルスや細菌などの病原体が原因とは知らず、死神か汚れた空気の所為だと考えていた。

人々の心に沁みついていたペストの恐怖、ノーベル賞作家アルベール・カミュ人間が

不条理に命を奪われていく様を「ペスト」(1947)に描いた。

f:id:cangael:20200410185836j:plain f:id:cangael:20200410185951j:plain

感染症が病原体で引き起こされることが分かった後でもパンデミックは人類を襲う。

およそ100年前に世界を席巻したスペイン風邪(1918~1920)と呼ばれるインフルエンザです。 

 第一次世界大戦のさなか、兵士たちが大規模に戦場を移動する中で世界に伝播。

死者の推定5000万人以上。戦争による死者の数を上回った。

  歴史上幾多のパンデミックにさらされてきた人類、

  それは社会にどんな影響を与えるのか?

ヤマザキ:明らかに変わる。難民や移民に寛容な政策を継続できるか分からない。EU間でも今まで通りやっていけるか分からない。何が必要で、何が不必要なことか、具体的な判断力がついていくのかなと思う。その中で生きていくうえで必要最低限のことだけを意識していくような風潮が芽生えるのではないかと思う。

山本:社会全体がどう変わるか見通せないが,後から振り返って、あの時が切っ掛けで社会が変わったなということが起こる気がする。もしかすると戦争や災害や感染症だったりが昔から言う大きな災厄は必ず社会を変えていく。ただ個人的に思うことは、社会の変革は突然別なものが出てくるのではなくて、内包していた社会の変化、時間を早巻きする。

 磯田:時計が速く回る感じがありますね。

山本:その中で、今大切にしなければならない価値観は何なのかが顕在化してくるし、あるいは効率だけを求めて中央化してきた、たとえば、サプライチェーンの問題とか、分権化の話とか・・・

ヤマザキ:考え直さないといけなくなる・・・そうですね。磯田さんは?

磯田:僕は、日本の近代は感染症が作ってきたと言っても良くて、たとえば、蘭学者など西洋医学の信用がなかった時、むしろ弾圧されてた時に、天然痘を種痘で治して一気に信用が高まる。そこへ外国の船がやってきて、同時に外国からコレラがやってきて、もう攘夷ですよ、帰れです。で、攘夷が出来なかった徳川幕府は倒れます。ところが出来上がった新政府はコレラの対策を求められる。それまで軍事とか外交だけをやっていればよかったのに新政府は衛生や都市の基盤整備、水道とかインフラを整える。それが出来上がると都市に密集して住めるから、工業化の素地ができる。それを考えても明らかに社会を変えるんですよね。

ヤマザキイタリアはカトリック教国で、キリスト教の倫理観で生きている人たちが向き合うパンデミックと、そうじゃない自然災害にいつも背中合わせに生きている日本人の向き合うパンデミックとは又違う性質をもっている。過去何度ものパンデミックをのり超えているはずだけど、向き合い方は学習できているのか、同じことが繰り返されているのではないか。

疫病が発すると大体文学という形になる。私の夫が比較文学をやっていて、こういう本を読むといいと薦めてくれたのがカミュのペストとかボッカチオのデカメロンだったり、それを通してすべてのイタリア人が「あぁ、感染症ってこういう恐ろしいことなんだ」ということを一回スクリーニングしてきている。それでも又違うということかな・・・

 山本:特にイタリアは中世のペストの影響が強くて、それが文学でも繰り返し語られるようになって集団としての記憶を持っている。

磯田:日本の場合は全く逆で、私は速水融(はやみあきら、1929~2019)という先生にも学んだんですけど、僕はスペイン風邪の研究の少なさに驚いて「先生、なんで少ないんですか」と訊いた。「磯田君、それは風景が変わらないからですよ。つまり戦争や震災は風景が一変するから記録に残る。だけど日本国内で50万人近くが亡くなったと言われているのに記録もしないし歴史家も研究しなかった。割と忘れやすい日本人からすると風景を変えない感染症は忘れられやすいものである。」

ヤマザキ:それは実際、文章の形で記録されてはいるんですね。

磯田:新聞記事だけでストックされた状態では残らなかった。与謝野晶子さんがスペイン風邪の時大きな催し物と歌劇場を止めることがなかったので、どうして政府が支持して止めなかったのかと書いている。

「盗人を見てから縄をなうというような日本人の便宜主義がこういう場合にも目につきます」

ヤマザキ:毎回どうして文学作品に残すかというと記録して何か学べることがないかということ。ペストに関しては最後の頁になると収束が近くなると人々が待ちきれず外に出てしまう。そして、たぶん忘れた頃ペストの方からそろそろ人間に不幸や不条理があることを知らしめるためにまた現れる日が来るという言い方をしている。人間が油断したり浮かれた状況にある頃パッと水を差すようにウィルスの存在を知らせるタイミングがくる。ウィルスが顕れることによって人間がどう向き合って対策を練って人間が進化していけるのか退化するのかチャレンジを問われているのかな。

磯田:嫌なことを忘れたい、嵐は過ぎ去ったと思いたいときの行動ってのは怖いですよね。今回我々も夏になったら大丈夫、短期間で終わる、だから初夏に延期しようとやっている。だけど果たして正しいのか誰も答えがない。歴史的にはスペインインフルエンザの時には何回かの波がやってくるというのが過去の教訓です。

山本:今回もおそらく1回目の波の後、2回目、3回目の波が来ると思う。

磯田:スペインインフルエンザの時も強毒化して翌年戻ってきた、特に若い人を倒してしまう形で。 日本でのスペイン風邪の流行は3年にわたり続いた。最初の流行では患者100人あたりの死亡者数ガ1.22だったのに対し、2回目の流行では5.29と大きく上昇。ウィルスが強力化したことが分かる。それだけでなく、若い世代が重症化するようになり多くの命が奪われた。今回のコロナウィルスは、今後どのような変化を遂げるのか

山本:まず答えから言うと、分からない。誰にも分らない。ただウィルスがどちらの方向に進化していくのか、弱毒化の方向に淘汰圧をかけていくことが必要。それは流行の速度を緩やかにできる。ウィルスの毒性がどう変化するかは人から人への感染の速度を行く左右する。

☆毒性の弱いウィルスは感染した人をあっという間に殺してしまうためウィルス自身もそこで消えてしまう。そのため強いウィルスが生き残るには感染した人が死亡する前に次から次への感染を生むことが必要になる。

☆これに対して人々が感染防止に十分注意を払った場合、毒性の強いウィルスは感染の機会を失い毒性の弱いウィルスだけが感染拡大する

☆感染の速度を遅くすることが毒性の強いウィルスを抑制し弱いウィルスだけを生き延びさせることになる。

感染している場合、我々の中に弱いのと強いのと混じった状態で沢山のウィルスがいる。流行の速度が速いと、例えば強いウィルスだと僕を殺せばウィルスも死んで集団から排除され、弱いウィルスが選択されて残ったように見える。流行の速度の緩やかさが弱毒化の圧力として働く

磯田:我々は100年前のスペイン風邪よりは高いワクチンの開発力と情報力を持っている、だけど人間の高い交流力も持ってしまっている。

ヤマザキ:そうなんですよ。情報力がどんなに加速しようと増えていこうと、ほんとにそれが頼りになるかというと、そうじゃない。ありとあらゆる情報が錯綜して逆にどうとらえていいかわからない。私はイタリアと日本と、何が正しいのかどちらが正しいのか分からない、いいのか悪いのかわからない。それは今の社会ならではの問題点。

山本:そう、たぶん世界がインターネットなどでこれだけ1つに繋がっている中で初めて起こったパンデミックですね。情報自体もウィルスのように拡散していく現代的なパンデミックに我々は直面している

ヤマザキ:特に私はイタリア と行き来していると、なぜ日本は一斉検査をしないだと。イタリアはこんな事態になってしまったけど、とりあえずみんな調べなければ分からないじゃないかという。そのせいで医療崩壊につながったじゃないかと思うんですが、彼らは、日本のなだらかなカーブの表が気になる。もしかして、これはオリンピックがあるからじゃないのかとか。アメリカと中国との関係も政治的なものが混ざりこんできてしまっている。情報操作に疫病が利用されているのでは。

山本:感染症は時々というか極めて政治的に扱われるケースがあって、有名な例はスペイン風邪の流行時、参戦した国々は情報統制して実態を伝えなかった。スペインは中立国だったので情報を出したのでスペインで妙な風が流行っていると名前までついた。戦前の話ですが、中国でペストが流行した時は、それを口実に列強が軍隊を送ろうとするんですね。

磯田:教訓でやっぱり言えるのは、どう師匠(速水先生のこと)の本を読んでみても思うのは、密集と移動感染症を急速に広げる。感染の速度をゆっくりさせて治療法の確立だとかワクチンによる集団免疫の獲得まで逃げ込むためには、どう考えても「密集と移動」の制限というのは避けられない。それがスペインインフルエンザのときは台湾で相撲の力士がかかる、演劇人で文芸評論家で新劇運動の先駆者の島村抱月(1871~1918)さんが亡くなるというように、ついぞ興行が止められることはほとんどない。力士も次々インフルエンザに罹って休場しながら、それでも相撲は取られ続けたというのが100年前で、今回は無観客でした。やっぱり歴史の教訓があるような気がします。

山本:密集の排除と移動の遮断ということは行わないといけないが、相手(ウィルス)の側より自分の側の条件を優先してしまう場合がある。これからオリンピックがあるからとか大国の思惑があるからということでためらうことがあってはならない。ウィルスの側に合わせるべき。

ヤマザキ:画期的な違いがあるのはイタリアの場合はすぐに地域を封鎖したことによってあれだけの観光大国が人が入らない国になった。イタリアにとって観光資源が入らないことは大打撃、だけど人の命とお金とどちらが大事なの?と言われた。これは宗教的倫理観によって答えが変わってくる。イタリアの場合はカソリックですが、とりあえず人間が生きていれば復興は出来る、歴史でもそうなって来たよという。ただ、日本の場合、経済大国なので倒産する会社が増えれば自分で死んでしまう可能性がある

磯田:経済的なリーマン級の不況がやってきたとして、一年間に5千とか1万にとかの自殺者が数年続いてしまったら、感染症で数万の死者を出さずに済んだとしても、そのあとに心理的な問題で死者が出てしまったら問題だから、今から死ぬんじゃない、お金はなんとかするからというのも、そういったことも一つの社会の論点のような気がする。

ヤマザキ私も天秤にかけてしまいました、死者の多さはどっちだろう?って

磯田:トータルに社会福祉を考えて生き残ることが大事。京都に住んでいるので今本当に周りの方たち困っていて本当につらいと思います。東京の知っている店でも「コロナコロナで客が減り」と張り紙があって今「苦」の一字ですという。どう声をかけてあげようかと思ったけど、今苦しい、でもこの苦を耐えないともっと苦しくなるかもしれないとしか言えない。

  ウィルスの生態はどこまで解明されているのか

N:ヤマザキマリさんは東京大学医科学研究所を訪ねた。河岡義弘、ウィルス学の専門家。国の感染症対策の専門委員を務め新型ウィルスのワクチン開発にも取り組んでいる。2008年、世界を驚かせた研究があった。大流行の後消滅してしまったスペイン風邪のウィルスを人工的に合成して再現されたウィルスを研究し感染症対策につなげようとしている。

河岡:1999年、インフルエンザウィルスを人工的に作る方法を開発。1918年のスペイン風邪は流行して消えてしまっている。しかし、どういうウィルスだったか遺伝子を明らかにした人がいて、その人は最終的にアラスカの永久凍土に包埋されている人の肺を掘り起こして肺の中のウィルス(遺伝子)を決めたんです。その遺伝子が明らかになったので我々は作った技術を使ってウィルスを再合成、新たに作った。

何故するか?といえば、1918年、多くの人、4~5千万人が亡くなったが当時の医療技術レベルが低かったせいなのか、ウィルスそのものが違ったのかが分からなかった。それを明らかにするにはウィルスを作って見なければダメで、実際に作ってみて何が分かったかと言うと、我々が知っているインフルエンザウィルスの中で一番強毒だった つまり、スペイン風邪のウィルスはサルに感染させるとサルを殺す。サルを殺すほどのウィルスはこれだけなんです。圧倒的に強いのはこれだけなんです。(右図上は季節性インフルエンザウィルスに感染させたサルの肺組織、下がスペイン風邪

いまだに何故そんなに強い病原体なのか分からない。ただし、そういうことを理解することによって今後もっと病原性の強いウィルスが出てきた時に対応できる。 

ナレーション:河岡さんは今回の新型ウィルスにどのように対処すべきだと考えているのか? (その2につづく)