「表現の不自由展かんさい」地裁の決定で可能に/ベンチ・巧妙化する「排除アート」/「教員免許更新制・廃止」などアレコレ

🔲「表現の不自由展かんさい」、裁判所の判断で一転、企画展の開催が可能に:

 
 
 
毎日新聞大阪社会部
 
@oshakaibu
 
【速報】企画展「表現の不自由展かんさい」の会場に予定されていた大阪府立施設の利用承認が取り消された問題で、大阪地裁は9日、会場の利用を認める決定を出しました。企画展の開催が一転して法的に可能になります。
「表現の不自由展」大阪地裁が施設の利用認める決定 開催可能に
 企画展「表現の不自由展かんさい」の会場に予定されていた大阪府立施設の利用承認が取り消された問題で、大阪地裁(森鍵(もりかぎ)一裁判長)は9日、
実行委員会側が求めた執行停止の申し立てについて、会場の利用を認める決定を出した。実行委側の代理人が明らかにした。決定は即座に効力を持つため、企画
展の開催は一

🔲眠れないベンチ、眠らせないベンチ、「排除アート」と呼ばれる悪意ある意図を持ったデザイン。蛙ブログで最初に取り上げたのはホームレス女性殺害についての奥田知志氏の記事の中でした。奥田氏は「最も醜いベンチ」と呼んでこう書いておられました。写真は(2)の寮美智子さんの記事の奈良のベンチ:

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最初にニュースが飛び込んできた時、映像にうつるベンチが事件の背景を物語っているように思えた。二人掛けの小さなベンチの真ん中に仕切りの「手すり」。多くの人は、この「手すり」に違和感を覚えない。しかし、ホームレスの現場を長く見てきた私には、このベンチが事件を象徴しているように映った。

 この手のベンチは、ここ二十年ほどの間に全国に広がった。「横になれないように仕切りを付けたベンチ」は、ホームレス対策として設置されたベンチだ人を拒絶する「最も醜いベンチ」は今も増え続けている

 ベンチに仕切りだけではない。公園の東屋の屋根は外された。駅の待合室は改札の中へと移された。居場所がない人々を何とか引き受けてきた場所が消えつつある。格差が広がり、困窮者が増え、ホームレスが顕在化したころから町は疲れた人が横になる場所を奪い始めた

1) 渋谷・ホームレス女性殺害「電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~」(奥田知志氏) - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)

2)忙しい月曜日と「市民の声でベンチの手すりを撤去した奈良市(寮さんお手柄)」 - 四丁目でCan蛙~日々是好日~ (hatenablog.com)

🔲あれからベンチはお洒落に(デザイン性が高く?)なってこんな風になりました。排除を意図したものなのか、分かりませんが、座りにくく、長居出来ないものであることは確かですね:(記事の一部をツィッターの後に引用)

 
 
 
@hiranok
 
見るといつも、本当に嫌な気分になる。ここまで社会全体で「使い心地の悪さ」に耐え忍びながら、必死になってホームレス排除をしよう(本当に目的に適っているかさえ分からず)とするのは、異様だろう。政治の問題だが、デザイナーも良心から拒否してほしい。 #NewsPicks
巧妙化する「排除アート」 誰にもやさしくない都市が牙をむく時
街中や公園の「座りにくいベンチ」はどう広がっていったのか?

建築家の五十嵐太郎

・私は当時、「アート」という呼び方は適切ではないと考え、「排除オブジェ」と呼んでいました。アートというよりデザインに近いと考えています。実際に、海外では「Hostile architecture(敵対的な建築)」や「Defensive urban design(防御的なアーバン・デザイン)」などと呼んでいますね。 

・デザインには機能があります。たとえば間仕切りのあるベンチは、「寝そべることができない機能を持ったベンチ」となります。アートは単一でひとつのものを作りますが、デザインはプロダクト(製品)なので大量生産を前提としています。

・「アート」という名のもと、排除の意図がカモフラージュされています。

特定の人を排除するベンチは、みんなにとってやさしくないと考えています。

誰がそこまでの「排除」を求めているのかが分からないまま、「排除が標準になっている」状態があります。

・今では、ホームレスが「自己責任論」とセットになって、排除してもいい対象になってしまっています。

ここまで「排除」が当たり前になってしまい、「自己責任論」がとなえられれば、「あった方がいい」と考える人も出てくるのでしょう
世界でSDGsが叫ばれたり、バリアフリーがうたわれているにも関わらず、実際には包摂的ではない社会の進行が起きているのではないでしょうか。

  🔲維新もそうですが、安倍政権の時から教員いじめのような政策が。「教員免許更新制」が廃止されることに:

 
 
 
盛田隆二ティーポットMorita Ryuji
 
@product1954
 
第1次安倍政権が導入した「教員免許に10年の有効期限を設け、更新の際に講習の受講を義務づける教員免許更新制」が廃止へ共産党は2009年度の導入時から廃止を要求し続けてきた。萩生田文科相もやっと安倍の呪縛から解放されたか。文科省の官僚も国民の信頼を取り戻す好機だ
教員免許更新制廃止へ 文科省、来年の法改正目指す 安倍政権導入
 文部科学省は、教員免許に10年の有効期限を設け、更新の際に講習の受講を義務づける「教員免許更新制」を廃止する方針を固めた。政府関係者への取材で判
明した。今夏にも廃止案を中央教育審議会に示し、来年の通常国会で廃止に必要な法改正を目指す。

🔲維新の大阪も全くこの通り。国歌を歌っているか口元チェックとかありました。その所為で大阪は優秀な先生が集まらなくなったそうです:

 
 
 
@IkedaKiyohiko
 
教員免許更新制廃止へ教員をいじめまくっているうちに、教員が足りなくなった朝令暮改の典型だけど、教員の待遇をあげてもっと自由にさせないと、日本の将来は暗いと思う。国力を基底で支えるのは画一的な教育ではなく、教育の多様性なのだ。そのためには教員に大幅な裁量権を与えないとね

🔲これもヒドイ!五輪関連イベントで雨の中、手話通訳だけは屋根の外:

 
 
 
HarukaMinon
 
@HarukaMinon2
 
返信先: さん
どんな五輪か、彼らの目指す社会がどんなものかを見事に映し出している。手話通訳もボランティアも道具… 自民党改憲草案は特権階級が自分達のために思うがまま悪事を尽くせる封建社会への復古。 国民は下僕、下僕は雨ざらしざらしになって野垂れ死んでもよいと…
 
 
画像
引用ツイート
山崎 雅弘
 
@mas__yamazaki
· 7月11日
これすごいな東京五輪が、身分格差の祭典である事実を可視化している。手話通訳の人は、単なる小道具扱い。雨に濡れても気にしない。 五輪関連イベント、雨の中「手話通訳」続ける女性に報道陣からも心配の声(モデルプレス)mdpr.jp/news/detail/26「開幕まで残り2週間となった9日、東京・駒沢公
 

イベントが開始すると幾分雨は弱まったものの、傘もさせないまま濡れたジャケット姿で手話を続ける姿は非常に痛々しく見えた。手話通訳は聴覚にハンディキャップを持った視聴者には欠かせない存在であることは説明するまでもない。記者と同様の心境に至ったカメラマンは少なくなく、周囲にいた国内外のカメラマンたちからは「屋根の下に入れてあげたらいいのに...」「“平和の式典”ってなんなんだろう(笑)」という声まで上がる始末だった。

🔲トヨタが・・・ 

 
 
 
昭和おやじ
 
@syouwaoyaji
 
トヨタ東京オリンピック関連イベントをすべて中止
トヨタ東京オリンピック関連イベントをすべて中止 | レスポンス(Response.jp)
東京オリンピック2020のスポンサー企業のひとつであるトヨタ自動車は9日、会場周辺で予定していたイベントやパビリオン展示を全て取りやめることを明らか
にした。