2024年1月8日ザ・シンフォニーホール「スタニスラフ・ブーニン・ピアノ・リサイタル」

◎1月1日午後0時5分からNHKで「スタニスラフ・ブーニン 天才ピアニスト~10年の空白を越えて~」という番組がありました。元旦の能登半島地震の4時間前のことです。

暮れに毎日新聞が取り上げたブーニンさんの記事のNHK版のような内容かなと思っていましたが、ブーニンさんの妻・栄子さんとの復帰に向けての二人三脚というか、栄子さんの献身的なフォローぶりと、それに応えるブーニンさんの奮闘ぶりがメインの内容でした。持病の遺伝性糖尿病で壊死した左足首の手術を経て8㎝短くなった足に、花魁の履くぽっくりのような厚底の靴を履いてピアノを演奏するブーニンさん。10年ぶりのツアーリサイタルの最後が大阪市福島区にあるザ・シンフォニーホール、8日(成人の日)の舞台でした。

チケットを取ったのは半年ほど前だったか、Uさんに復帰の話を聞き、大阪のチケットを頼まれていました。前日電話で新大阪での待ち合わせを約束、環状線福島駅からシンフォニーホールへの道筋にある将棋会館のレストランで食事をしたいということでした。新大阪駅の南口で待ち合わせ、SNSのお陰で会えました。何十年ぶりでしょう。亡命前の1987年にファン同士の文通仲間数人との集いに我が家に来られたこともありました。昨年からブーニンさんの復帰を伝える電話を頂くようになって、ピアノの他、いろいろ話題豊富で、お話しが長くなってしまいます。

福島駅で下車、道路を渡って、新成人の方たちとすれ違って、真っ直ぐ行くと右手に将棋会館。やっているのかな~ぐらいの暗い屋内、レストランは閉まっていました。電気の明りがついている小さなコーナーに人がいて、将棋関連グッズ売り場になっています。建物全体の雰囲気は昭和30年代風でした。

羽生さんのサイン入り扇子。

藤井颯太さんの扇子。

道路をホール側に渡って道沿いのカレー屋さんで食事。1時ごろホールへ。

この場所からホールの屋根まで見えるのは、両側の木々が葉を落とす冬の時期だけ。

入口正面、階段の下に、お正月の生け花。

Uさんはホール手前で偶然出会った知り合いの方から前方の座席のチケットを譲ってもらって、そちらへ。ホールで待ち合わせていた夫と私は中段の真ん中、ピアニストが座る椅子との一直線上に座ることに。ブーニンさんの横顔と手元と足元が良く見える席でした。

このホールの文字通りの満席を久しぶりに見ました。1700席が埋まっています。NHKで一昨年から何回かブーニンさんが取り上げられていますし、10年間の空白の期間後の最初のコンサートですので、心配半分、期待半分…というのは私のことですが。

見守る聴衆の緊張感も伝わってきますし、そんな中登場するブーニンさんも、NHKの1日の放送の映像通り、左手に杖、左足は超厚底靴姿で、緊張気味な出だし。手が温まり調子が出るのに時間がかかる様子ですし・・・この日は、曲目変更を知らせる白い紙を入り口で渡されていました。

チラシと比べると、後半のシューマンが減らされて、メンデルスゾーンの「甘い思い出」が加わっていました。前半のショパンの途中で一度袖に出て、1曲が終わる度に、ピアノの脇に杖と一緒に置いてある小さなグラスの水を飲んでの演奏でした。糖尿病で喉が渇くからかなと思いました。音色は変わらぬブーニンさんのピアノでした。いつも通り、鋭い打鍵で硬質で鮮明でキラキラしています。休憩をはさんでシューマン。昔からブーニンさんはシューマンもコンサートでよく弾いています。前半とは違って、一気に弾き切ると、最後にメンデルスゾーン。この曲でお終いかなと思いました。弾き終わると同時に凄い拍手が沸き起こりました。無事弾き終えたことと、変わらぬ演奏への賛辞、お帰りなさいの拍手です。

・・・すると、多分、ほとんどの聴衆も期待していなかったと思われることが起こりました。ブーニンさんがピアノのところに戻ってきました。アンコール曲を弾くつもりのようです。(Uさんのお話では他の演奏会ではアンコールなしだったとか)

水を打ったような静寂が戻って、奇跡の演奏が始まりました。あんなマズルカは私も聴いたことがありません。スタッカートの利いた出だしから、愛らしい、幸福感と達成感に満ちた、マズルカの、何と美しく響くピアノ(因みにブーニンさんのピアノはイタリア製のファツィオリ)だったことか。このチャーミングな演奏にホール全体が熱狂しました。ブラボーが沸き起こり、私の後ろの席からもブラボーの連発です! こんなショパン、こんなマズルカ、こんなブーニン、聴いたことない!!!

ブーニンさんも満足そうです。2曲目が始まりました。ホール全体の熱狂を鎮めるかのようなバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」。右手の旋律が最初から最後まで人の心を鎮め慰めるように鳴り続けます。素晴らしい演奏でした。スタンディングオベーションで拍手を送る人たちが次々と。私も自然に立ち上がっていました。胸に手を当てて深々としたお辞儀で応えるブーニンさんでした。

夫は翌日早朝から山仲間と出かける予定なので、私たちはホールのすぐ近くの駐車場へ向かいました。Uさんとは車の中でSNSで連絡を取ることに。ホールの外はイルミネーションの青い光が輝いていました。車の中から楽屋口あたりに人だかりができているのが見えました。あの中にUさんもいるはずです。

シンフォニーホールで、こんなに拍手喝さいが湧いた演奏会は本当に久しぶりでした。ブーニンさんの復帰リサイタルのツアー最終地の大阪。終わり良ければ総て良し。素晴らしい再出発の演奏を聴けて大満足でした。