なぜいまニーチェ。

Sさんが、木曜の午後、お赤飯を持ってお茶に。お迎えする私は相変わらずリンゴのバター焼きです。
Sさんのご主人と私は同い年の同じ月生まれなので、毎年、私の誕生日を覚えてくださっています。
月遅れで借りている「いきいき」の3、4月号も持って来てくださいました。
4月号で、白取春彦という作家がニーチェを取り上げています。
超訳 ニーチェの言葉」を昨年出版、現在100万部に迫るベストセラーだそうです。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844−1900)はプロイセン王国(現ドイツ)に生まれ、父親は元教師の裕福な牧師。5才で父に早世され、翌年弟も病死。母と妹と父方の祖母と2人の叔母と同居。(女性に囲まれての生活です)
20歳でボン大学へ。神学と古典文献学を学び、1年でライプツィヒ大学へ転学。24歳の時、博士号も教員資格も持たないのに強い推挙でバーゼル大学に教授として招聘される。(以上「いきいき」の年表より)
NHK西研氏のテキストによりますと、ニーチェの人生は「若くして成功に恵まれたが、後半は挫折と苦悩を抱えつつ執筆し、最後は精神を病んで死んでしまった」となりますが、作曲家ワーグナーとの交流や、一人のロシア人女性をもう一人の友人と「聖三位一体」の関係で付き合うなんてエピソードもあります。
西研さんは、「なぜいまニーチェ(ツァルトゥストラ)?」については、第一に、他の哲学書は「認識」や「善悪」の問題を扱っているが、人が悩みや苦しみを抱えた時どうやって生きるかを正面から扱っているのは珍しいから。ニーチェの人生も不遇だったが、その不遇をどう受け止めて、どうやって力強く創造的に生きるかを深く問うているから。もう一つの理由は、ニヒリズムの現代の到来を予言し、何を信じてよいか分らないこの世の中で、人間はどうやって生きていけばよかを考え提案しているから、と答えています。
ニーチェの死の翌年(1901年)、妹のエリーザベトが遺稿を編纂し、「力への意志」を刊行しました。その中の一節から。

白取氏の「超訳 ニーチェの言葉」
 生についてーより
    いつかは死ぬのだから


      死ぬのは決まっているのだから、ほがらかにやっていこう。
      いつかは終わるのだから、全力で向かっていこう。
      時間は限られているのだから、チャンスはいつも今だ。
      嘆きわめくことなんか、オペラの役者にまかせておけ。     


今日の日経夕刊の「シニア記者がつくるこころのページ」が、この白取春彦氏を取り上げています。
ニーチェの人生論」を白取氏に聞く、となっていて太字でタイトルになっているのが「震災被災者こそ自己超克の生き方を
超人はスーパーマンと英訳され誤解されているが、昨日までの自分を超えていくこと、自分の中の世間性を超えていくという意味です。絶えざる自己超克です。ニーチェ反ユダヤ主義とかナチスの精神的支柱になったというのは誤解。ナチスを信奉した妹のエリーザベトが編纂した『力への意志』で、超人の具体化をヒトラーとしたことで、逆にナチスに利用されたのです」とあります。
人生を肯定し、運命を受け入れ、「今ある事実を見て、いつまでもくよくよせず、自分の見方を変えて、新しく生きるきっかけにする。今を生きるということです」とも。