工事の完成も父の帰宅も見えてきた、ついでに「生命の樹」も

木曜日、母と二人で栄養士さんのお話を聞く日です。
父の食事の用意をするのは母なので、母が一生懸命聞いていました。先日入手した補聴器の調子が良くないので、今日も付けているのか確かめなかったのですが、時々、話がずれるので、気がついたSさんは途中から大きな声で話すようにして下さいました。小さな声の栄養士さんのお話は私が重ねて伝えることに。
老健のスタッフの3人の方たちは、帰ってからが大変だと、入所して3か月に当る12月10日頃までの間でいつでも帰っていいのだから、焦らないでユックリされたらどうですか・・・という感じです。母も11月に入って直ぐにでもと思っていた頃からすると、父の頭の怪我のことで観念して、なるようにしかならない…もう焦らないと言い出しました。
とろみ剤とかゼリー剤を使い、市販の手軽な介護用の食品も出回っているのでそれらも利用しながらあんまり頑張らないで・・・と言われ、それらを紹介するチラシやパンフレットも戴きました。
その後父のいる3階に上がって、父と少し話しました。1階での話し合い前にチラっと覘いた時はお習字をしていましたので声を掛けなかったのですが、二人で翌日予定の病院のことを話して帰ることに。夫が車で送り迎えしてくれたので、いつもの地下ではなく、ライフプラザの正門前で出入りしました。花壇のベゴニアセンパフローレンスが快適そうに咲き誇っていました。
今朝は朝から大雨、少し小ぶりになったころ、チャイムが鳴って足場を取り外す工事の方が見えました。母から父が外へ出るための防寒具や帽子を預かって、夫と二人で老健の父を病院へ連れて行くために出かけました。襟巻、手袋、帽子を着けてジャンパーを着込んで車いすで地下へ、そこから隣の建物の市立病院の脳神経外科へ。今日は一週間前の頭のホッチキスを外す日です。
10時半、呼ばれて診察室へ。帽子を取って傷の所を見て、夫が、「金属のホッチキスそのものやな」と声があげたら、先生が「こんなん医療技術のうちに入らん、誰でもできる」と自嘲気味に仰って、小さなハサミのようなものでホッチキス2個を外されました。「どうですか〜?」と聞かれるので、「なんともない、外傷だけ、と本人は言ってます」。先生は笑いながら、1か月後の注意点を仰って、今日はお仕舞。受付で、「嚥下(えんげ)外来」のことを夫が聞いてくれたら、完全予約制で、お医者さんの紹介がないといけないようです。老健に戻って、スタッフの方に老健の先生に退所後に「嚥下外来」を受けるのでその為の紹介状をお願いすることに。
雨で今日は暖かい日、暖房の効いている部屋は暑い位なので、直ぐ防寒具を取ってまた母が用意した袋に収めることに。来週木曜に一時帰宅の日が決まったことを父に伝えると、「いよいよや・・・」と父も。「そうよ、その次の週には帰れると思う、お母さんは準備のために食事のお話も昨日聞いたし・・・もうあと10日ほど頑張って!」。いつものようにエレベーターの所まで見送ってもらって外に出ました。
お昼前、雨で足場が滑るので、今日は仕事を止めて帰るとのこと。今日は予報も雨でしたが、時雨れて中止、というのも2回ほどあって、完成は明日の土曜日ということになります。網戸が収まって、ガス工事が終わると、やっと全部落ち着きます。その間ヨーガもプールも行けず休みました。丸三週間。それも、もうすぐです。
★11月13日のニュースから、1970年の大阪万博シンボルでもあった岡本太郎氏の「太陽の塔」内部の「生命の樹」は、耐震性の問題で非公開となっていました。ところが、公開の見通しがついたというニュースです。真っ赤な内部の写真と詳しい内容はコチラで:<「太陽の塔」内部を公開へ 大阪府、改修費用に見通し>http://www.asahi.com/articles/OSK201311130146.html