金曜デモと昨夜のNHKスペシャルで知った舞根の朗報


昨日歩いた団地の南、イチョウの大木の下陰です。
一輪だけ咲いている赤いバラに照明のように日が当たっていました。
南の芦原池の用水路沿いに金網が貼ってあり遊歩道のような道があります。
一月ほど前には自転車で外周を通り満開の藤を見ました。
昨日は日傘をさして内周のこの道を歩いていると、遠くに、お一人、先客が見えます(写真左)。
この方に、教えてもらったのがアケビのツル(真ん中)とグミの木(右)です。左側はネットに昼顔が絡み、用水路が流れています。右側が府営団地の敷地で間に溝があり、松、竹、マサキ、雑草に混じって鳥の糞から自生した山の木々が茂っています。

◎さて恒例、金曜日の東京、官邸前の原発再稼動反対のデモを「特別な1日」さんからです。
報告の前のテーマはタイトルでは:「2014年のニュースの読み方読書『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』:★0530 再稼働反対!首相官邸前抗議!」http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20140530/1401457497

◎タイトル通り、景気や北朝鮮や安倍首相のイラク発言と、放射線についての本、そして官邸前のデモの様子です。ダウンロードして読まれたという本「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」についてSPYBOYさんの記述の一部を:

陰謀論(笑)を排し、なるべく記述は客観的に書いて判断はあくまでも読者に任せようとするスタンスには好感がもてたし、ド文系のボクは論理的にも納得した。著者も言ってる通り、大事なのは、鼻血にしろ、倦怠感にしろ、甲状腺がんにしろ、放射線の影響はまだ誰もすべては判らないのだから、個別のケースごとに寄り添い治療することが必要なのだと思う。鼻血が出たか出ないか、なんてどうでもいい。もし本当に鼻血が出た人が居れば(いるみたいだが)、調査し治療の手を差し伸べるという立場に立つことが一番大事なんじゃないか。すべてがわかっているわけじゃないんだから、風評被害とかレッテル貼をして言論を潰しても誰も得をしない安倍晋三の『汚染水はアンダーコントロール』を除いて、フクシマには風評被害なんか存在しないと思うあるとしたら、いわれのない『差別』だけだ

〇昨日母が読み終わって届けてくれた讀賣夕刊には、自民党の環境部会が「原発と鼻血は因果関係はないとする調査結果を発表した」という記事が。日経は探してみましたがありませんでした。そもそも鼻血(健康被害の有無)よりは、美味しんぼを叩くことが目的だったとしか思えません。SPYBOYさんの上の引用の個所、読売新聞と自民党環境部会の皆さんに読んでほしいです。物言えば…の風潮こそ作ってはイケナイ!! 
〇是非、ブログを訪ねて全文を!こちらです:>(http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20140530/1401457497


◎昨夜のNHKスペシャルは、「シリーズ東日本大震災 防潮堤400キロ〜命と暮らしを守れるか〜」でした。
途中から見出して、引き込まれました。以前から宮城県の県知事さんが、「今の人たちに感謝されなくても100年後あの堤防で命が助かったと言われればよい」という信念のもと反対意見を物ともせず…で困っているというお話は「報道ステーション」でもありました。
画面に気仙沼の舞根(もうね)湾が写り、去年、京大キャンパスのシンポジウムで訴えていた畠山信さんが登場。(蛙ブログの「森里海(もり・さと・うみ)連関学は時代を拓くかhttp://d.hatena.ne.jp/cangael/20130722/1374499287

民家の高台移転が進み、住民全員が反対意見でまとまり提出した要望書が、防潮堤建設計画撤回にまでこぎつけたようです。
あの時の捨て鉢な憂い顔とは見違える笑顔の畠山さんが、「あのままぐるっと防潮堤が集落を囲むことになれば、ここは故郷ではないという心境でした」と話していました。常日頃から住民同士のつながりがあり意見の集約ができた舞根地区はラッキーでした。

同じように砂浜が無くなっては故郷ではないという、津波で母親を失った別の地区の青年が、考え直すよう県知事に訴えていました。「高さは変えられない」(知事)が、セットバックという砂浜を残して内陸にずらす案が。しかし、JRと国道が走っていて今は進んでいないとか。

気仙沼の小泉地区は高台移転で民家のない所に220億円を掛けて堤防が。「いったい何を護る?」と言う住民たちに国は「国道と田畑を護るために計画は変更できない」。堤防をやめて国道をかさ上げして堤防代わりにしてはどうかと復興予算の有効利用のアイディアも。今からでも「事業評価」のような客観的な指標を作って変更可能にする必要があるのではと言う専門家も。
国策に賛成するというこの県知事さんの「信念」のために、失われてしまう自然や景観そこに暮らす人々の営みのことを思うと迷惑な話だな〜と思います。「堤防のお蔭で助かって良かった」という事例があって、これが、この県知事さんの信念を支えているんだそうです。「正しい」という一念ほど厄介なものはありませんね。巨大な堤防で津波を征するという考えが、海の恵みで生きてきた人たちの考え方と相いれないのではないでしょうか。