山下洋輔著「ドバラダ門」(不思議な体験)


たった今、山下洋輔氏の「ドバラダ門」を読み終えました。何とも言えない気持ちでキーをたたいています。
壮大な家族史を読み終えたわけですが、ハチャメチャなジャズの演奏を聴いて頭がしびれているような、あるいは、幕末、明治維新の西郷さんと鹿児島の山下家一族の洋輔氏の曽祖父房親、祖父啓次郎を訪ねる旅に巻き込まれて時空を彷徨っているような・・・著者である山下洋輔氏の罠にはまってしまっています。
滅茶苦茶面白い本でした。起承転結整った、家族史を装った本格的な歴史書のようでもありますし、建築の謎を解きながら欧米のモデルとなった刑務所を訪ねる旅の本でもあります。明治政府のポリスになれと西郷隆盛に言われた曾祖父房親の息子啓次郎氏が鹿児島に建てた奇妙な形の石造りの門を備えた刑務所の取り壊しをきっかけに、建築家たちの保存運動に巻き込まれ、最後にその門の前で市当局が許可しなかった演奏会が行われ、孫である洋輔氏がピアノを弾くことになる顛末が語られますが、語り方が尋常ではない、ジャズなのです。

山藤章二の装幀がまた素晴らしい。オシャレです。
表紙、裏表紙にまたがって西洋のお城のような石の門・ドバラダ門の写真があって、それに半透明の山下氏自筆の楽譜が印刷されたカバーがかかっています。楽譜を通して門の写真が見えるようになっています。ということは、ドバラダ門で山下氏がピアノを演奏したことを表しています。

そして表紙と裏表紙の裏には、山下氏自筆の家系図が印刷されています。本の内容は4代にわたる山下家のお話です。それとともに、江戸から明治に変わる時代の大転換と、西郷隆盛と最後は敵対する政府側になってしまった山下房親を通して、国民国家を築く上での西郷さんの悲劇も語られます。
スタンダードと即興演奏、飛び入りはもちろん、挙句の果てには鍵盤たたき、ヒジウチの演奏も交じって、大変なことになりますが、期待通りの見事な演奏です。
毎日一章づつ読みながら、一週間前から、二章づつほどになり、昨日今日で一気に最終章の三十章へ。
これが古本市で手に入れた100円のお楽しみですから、すごく得した気分です。
嘉永六年(1853)ペリーが浦賀にやってきた歴史的事実が山下氏の筆にかかるとこうなります:


へい、じゃぱんの皆さん、すぐに開国しなさい。港を開けなさい。鯨虐殺艦隊に食糧と水をいつでも出せるようにしなさい。貿易もしなさい。我々文明国よってたかってこの国ずたぼろにしに来ました。抵抗しても無駄です。インドを見なさい。中国を見なさい。我々軍艦あります。大砲あります。鉄砲あります。兵隊あります。それに何より悪知恵あります。東洋のお人好し共絶対かないません。中国には強力なヤクをぶち込みました。馬鹿な中国人喜んで吸ってヤク中毒になりました。脳天ファイラになりました。利口な中国人気づいて止めろ言いました。我々止めません。なぜならばこれ正しい契約の貿易。止めたいならキャンセル料頂きます。キャンセル料払えないなら土地貰います。あそことあそこ貰います。嫌だと言ったら大砲ぶち込みます。こうやって中国ずたぼろにして香港と上海頂きました。目茶苦茶に不平等な条約押し付けてきました。これは皆英国のやったことですが我々毛唐は皆同じです。日本は米国が頂きます。さあ早く返事をしなさい。

これはスタンダードですが、こちらはどうでしょう。
最後の場面に近いところですが、本の書かれた1990年と百年前の西南戦争がごちゃ混ぜになり妄想が駆け巡ります。そして、今、再稼働一番乗りのうわさが高い川内(せんだい)原発が出てくるのには驚きました! チェルノブイリ原発事故が1986年、それにしても・・・です。刑務所取り壊しは予算のついた決定事項として市は建築家や市民や学生の要望を聞く気はない。それでも「せめて最後まで抵抗をしたい」。運動の仕掛け人だった方の「負け戦覚悟」の「原則的姿勢」に敬意を払いつつ妄想が膨らみます:


「刑務所がちょうど壊される年の一月にやってきて設計者の孫だと言い出すなど願ってもないことだ。知名度もそこそこある。やれと言えばどこまでもやるエビセン体質だ。我々もどうせやるなら派手にやろうではないか。…これだけ新聞も騒いだし、あとはマスコミを総動員してコンサートをやり、その場で玉砕させれば完璧だ。演奏のクライマックスであらかじめ隠しておいたダイナマイトを爆発させてあの門もろとも吹っ飛ばすことにしよう。反対運動を煙たがる官の仕業だと宣伝する。それから混乱に紛れて市役所と県庁を乗っ取り政府の弾薬庫を襲撃して、返す刀で川内(せんだい)の原子力発電所を襲ってこれを占拠する。我々の言うことを聞かないなら原子炉を爆破すると言って中央政府を脅す。どうです。さらに別働隊は熊本城を包囲する。田原坂(たばるざか)には機関銃を備え付けるから今度は官軍には絶対負けない。もう一隊は長崎港で米国の原子力空母を奪い東京を襲う。皇族を一人さらって函館にたてこもる。なに? 一緒にダイナマイトで吹っ飛ばされる学生たちがかわいそうだ? 馬鹿者。革命に犠牲はつきものだ。そのような女々しい考えで権力が倒せると思っているのか」
 あわてて白日夢を追い払った。

ペンシルべニアの刑務所をお手本にした放射線状の刑務所は門前コンサートの前に取り壊されましたが、門だけは残されています。