3・11のお茶飲み話(3人から5人に!)


昨年の夏の終わりにイタリア旅行から帰って半年以上、やっと元気になった夫が2泊の木曽路歩きに出かけました。9人のメンバーで中山道の一部を3日間かけて歩きます。その真ん中の日曜日が3・11でした。
私は、夫がいないので、お茶会?を開くことに。昨年、暮れ、散歩の途中にチャイムを押して顔を見に来たと声をかけてくれたSuさんのことが気になっていましたので、2,3日前、電話してみました。パニック障害の再発で、一人でいるのが怖いので、預かっている娘さんたちがいない昼間は一緒にいてくれる人を探してローテーションを組んで家に来てもらっていると聞いていました。
電話をすると、声だけ聞いてる分には普通にお元気そうなんですが、ご本人曰く、ダメなんだそうです。それで、用件、「日曜日、午後から出てこられませんか? しばらくお顔もみてないし、気晴らしにいかが? YさんとSさんにも声をかけるので…」「人を頼んでいるので…」「よかったら一緒でもいいよ」「男性だから」「そう、私はいいけど、無理かな〜」「相手が嫌がりはると思う」「そ〜お? じゃ、送ってもらって1時間ほど経ってまた迎えに来てもらえば?」「私の勝手で、そんなこと言えるかな〜、でも、言ってみるわ」「無理ならいいからね」ということに。

前日、電話があって、「明日、行けたら行くぐらいでいい?」「いいよ、無理しないでいいからね」と。お二人には、そのように伝えてあるし、最初の電話で私もそんな風に言ったのに、不思議な電話と思いながら・・・。ヨーガに何年か前に来られた時は、とてもお元気そうでしたし、お兄さんの会社の女性従業員を何人か預かって舎監さんのような立場。独身で数年前にご両親を亡くされ、趣味も広く、さっぱりした物言いのスカッとした方です。

ご両親が亡くなられて一人になった後、パニック障害になり、その後よくなって、ヨーガにも来られるようになりました。ところが、去年の秋ごろ、眼科の診察の結果、白内障の手術を勧められたことがきっかけでパニック障害が再発。手術のことを考えると怖いと手術を断り、それ以来、一人になるのが怖くて、誰かに一緒にいてもらわないと一人では居られなくなった、ということをお二人から聞きました。
この日、一緒に声をかけたY&Sのお二人は、何回かお宅にも呼ばれて話し相手に。私はお元気な時にYさんと一緒に一度お訪ねしたことが。Yさんは、ご主人を10年前に亡くされて一人暮らしなので、よく電話で相談を受けたり、マンションまで歩いてこられるようになったからと家で一緒に過ごしたり、Sさんも自宅に二人を招いてお昼を準備してランチをしたり、何かと援助している仲。


一時頃、Sさんが見えて、先週火曜日には着物地の手作りスカーフを母に、今回はオシドリ柄のくすんだオレンジの同サイズのスカーフをいただきました。二人で、3・11の話。7年経ってもなかなかね〜。阪神大震災地震と火災。東北大震災は地震と火災と津波。そして福島はそれに原発事故が加わります。オリンピックどころじゃないでしょうに、もっとお金を被災者に回してあげればいいのに。打ち切りなんてとんでもないし、見捨てることになるのに平気なのかしら・・・と話してしていると、母がプレゼントされた黒いスカーフをして入ってきました。

黒いトックリセーターに黄土色のベストを着て、その上から黒い絹のスカーフを緩く巻いて、とってもいい感じ。父に「どう?」ときいたら「いいな」と言われたんだとか。チョコレートの差し入れを持って来てくれました。そこへ、二人目のYさんも到着。「いい感じ〜!」とYさんも。母娘二人、いただいたスカーフのお披露目ができました。

母が引き上げてから、パニック障害のSさんの話になりました。カステラを出してコーヒーを淹れて話をしていると。チャイムがなりました。先に『玄関先で顔だけ見に行くから」という電話があったので、3人で玄関に。ドアを開けると、ご本人ともう一人女性が。あれっ!男性ではないと思いながら、「中に入って飲んでいかない」とSuさんに。もう一人の方にも、「初めまして。よかったら、少し、入って、いかがですか?」「はい、じゃぁ」ということで中に入っていただくことに。カステラを二人分追加して、コーヒーを二人分追加で淹れることに。
付き添いのTさんは、話してみると唐池公園の近くにお住まいで、深田久弥百名山を踏破した方とか。YさんはSuさんにコーラスに誘われて、そこでTさんと一度会ったことがあると。TさんとSuさんとはパッチワークで知り合ったとか。この日は、中山から逆瀬川のハイキングの予定だったけど、呼び出されて、これから夜7時までつき合うことになっているとか。預かってる娘さんたちの仕事が終わって帰ってくるまでということです。大変なお役目ですが、親切な方もいるもんです。Sさんもきっと良いところがあって、よいお友達にめぐまれておられるのでしょう。
20分ほどで、Sさんが帰りたいと言われたので、二人を見送りに玄関へ。
心療内科にもかかっておられるので、私としては気分転換にお茶でも飲みに出てこないと声をかけることしかできないのですが、何かのきっかけで好転することもあるそうです。お二人は、あまり状況は良くない、と思ったそうです。ご本人が、”このまま壊れていくような気がする”と仰っていたのが気がかりです。お医者さんを替えることも助言したいけど、一人で行けないとなれば、それも言えないし…とお二人も。

私たちも気分転換に場所をサンルームに移すことに。Yさんが大きなバッグからディズニーのキャラクターが描いてある箱を持って来て、アクセサリー類を取り出して、好きなのをもらってと言われました。粘土細工を趣味でやっておられた頃のブローチやペンダントトップやイヤリング。若い頃買ったたという派手で重いネックレスなど。重いものは私も無理ですが、軽いブローチなど3,4点いただきました。
私からは、「続・武力で平和は創れない/街なかの改憲不要論」(市民意見広告運動)のテキストをお二人に。「私もまだ読んでなくて、読んで勉強したいと思ってるので。デモにも行けないし、9条守れの意見広告とテキスト代カンパのつもりで取り寄せたので。押し付けて悪いけど、難しかったら勉強会してもいいし」と言って渡しました。

最後に、前日濾しておいたお抹茶でお茶を点てることに。今月で最後、東京へ引っ越すという能登出身の看護師さんから母が頂いたという金沢の「花うさぎ」という落雁を出しました。前回の同窓会では、お茶を点ててから、しまった、先にお菓子を勧めするのを忘れた!でしたので、今回は、先に甘いものを忘れずにお勧めできました。

4時だったので、すぐ両親を呼んで、午後のコーヒーを淹れて、終わってから買い物に出かけました。戻ってすぐにスマホに電話が入りました。2日目の15キロ程を歩けたという夫からの電話でした。一番きつい日を無事に終えたようです。私は、昨年暮れに、Sさんが二人で訪ねてくれた時、お茶に誘えばよかったと心残りでしたが、今日、お二人が、それじゃ〜と入って下さったので、よかった〜でした。お二人にとっても、少し、気分転換になったかな。Sさんは、「自分では甘いものを食べないので、今日はおいしかった」と帰りがけに言われたので、「元気がでるかも」と私も言えました。

今朝になって考えてみると、Suさんは、私が「来てもらっている人も一緒にどうぞ」と言ったことを実現しようと、男性の方を断ってTさんに急遽おねがいされたのではないかと思います。今、ご本人から電話です。几帳面な方です。昨日のお礼でした。「いろいろご馳走になって・・・」と。「無理じゃないかと思ったけど、お誘いしてよかった」「玄関先で1,2分と思ってたのに」「女性だったし、声をかけてみたのよ、入ってもらえてよかった」「昨日はしんどかったけど、今日はちょっと元気。長い間人と話してなかったし、行ってよかった」と。よかった〜です。