「前川喜平氏、東大で講演」と5月の庭に咲く花と・・・

元文部次官の前川喜平氏が母校の東大に招かれて講演。高級官僚養成所の東大のこと、しっかり聞いてほしいです。官僚は政治家より国民のためにと言われますが、前川さんは、自分もその国民の一人として権利も義務もあることを意識することが大事。ダメな政権なら変えたっていいんだと。だから面従腹背という言葉が出てくるのですね。デモに参加している前川氏を見たというお話もありましたが、そのことも、国民の一人としての行動だった:

 内田樹さんがリツイート

安全保障関連法に反対する学者の会
@anpogakusya 5月11日

UT-CAS主催の前川喜平氏講演会「忖たくと改ざんの時代に『君たちはどう生きるか』」。
2015年9月、文科審議官の時に一度だけSEALDsの国会前行動に参加した。これは自分自身の精神的バランスをとるために必要だった組織人である前に一個人、一市民である事を忘れない事が大事」。

UT-CAS@5/10前川喜平氏講演会
@todaijin_shukai 5月2日


前川喜平氏講演会 忖たくと改ざんの時代に「君たちはどう生きるか」】
前文科事務次官前川喜平氏が自身の生き方も踏まえ、後輩たちにメッセージを送る初の機会です。
5月10日(木)18:45〜21:00
東京大学駒場キャンパス 7号館3階743教室

入場無料・予約不要


↑大山蓮華(オオヤマレンゲ)の初めてのツボミが2つ。
我が家の二筋南に、独り暮らしの90代半ばの上品な方がおられました。10年以上前のことです。お茶やお花の先生をされていたらしく、テーブルの上には庭に咲いた花がざっくりと素敵に活けてありました。民生委員をしているときに知り合いました。高知城のお堀の内に家があったとか、家老の五藤為重の血筋の方です。門のすぐ横に木が植わっていて、真っ白で大きな変わった花が咲いているので名前を教えてもらいました。それが、大山レンゲでした。その後、服部緑地で苗を売っていたのに出くわして買い求めました。それから数年花は見えず。昨年、植木鉢に植えたまま南に移動させたら今年花が。うつむいた花なので、下からのぞくと真ん中が赤い!

平家物語冒頭に出てくる「沙羅双樹」の沙羅の木。別名夏椿。
椿の名前がついている通り、花ごと散っているのを見て、花が咲いているのに気づきました。
去年、植木屋さんが何を思ったか幹の途中でバッサリ切ってしまって、不格好な姿に。東側にひょろひょろ伸びた枝だけにたくさんの花が咲いているのがわかりました。


(↑昨夕、西日を受けて咲くピンクのクレマチス
日曜日は、隣の実家の応接間(兼居間、兼寝室)に退院する母のためのレンタルベッド用スペース作りに励みました。父の大量の写真は、ほとんどが『どうでもええ』という処分扱い。玄関に出して、空いた場所に掃除機をかけ雑巾がけをして、テレビを動かして、夫に父の介護用ベッドのサイズを測ってもらって、同じサイズのスペースを確保。片付け終わるころ、ブランチを食べ終えた父がキッチンから戻ってきました。これで、大丈夫。
さて、一夜明けて、額縁を残して中身が残っていなかったら・・・と捨てる写真をもう一度チェックすることに。サイズが大きいので妹たちに残しておいても迷惑かもしれませんが、もし要る場合でも、写真がなければ…と思い直しました。2,3枚、残して、あとはきれいさっぱり捨てることに。大量の額縁と写真類を車に積んで夫が焼却場へ運んでくれました。持ち込みで料金400円近くは、我が家で最高の金額でした。
昨日はまた、父が診てもらっている先生の往診日。先月分の支払いを済ませて、一か月分の薬の処方箋も。先生自身も3か月ほど遅れていた生体腎移植手術のため22日から6月一杯お休み。代診をよこしますとのこと。息子と同い年の万博生まれの先生の手術の遅れを母はとても心配していましたので、「早く済ませて、元気になって帰ってきてください。今度は二人でお世話になります」と私からも。

(↑ピエールドロンサールの残る2つの花)
父にブランチをすすめてから、二人で今度は病院の母のところへ。頼まれていた上着の替えを二枚ほど用意して、洗濯したタオルや着替えや昨日の新聞を渡して、母と3人で少し話しました。ベッドのスペースが出来たこと、父の写真の大半を処分したことなど伝えました。母は杖代わりのキャリーバッグ(先週届けた)で歩けるようになったとのこと。夫がちょっと歩いてみてとスマホで撮影。次男からは、「おばあちゃんスゴイ!安心した」とコメント。母は帰ったら何もかも元通り自分でするような口ぶりなので、帰ってすぐは私に任せてと言ってみましたが、どうなることか。

今日は11時から、主治医の先生と退院について話し合い。そのあと、私は、母が入院する前に約束したデイトがあります。ピアニストのブーニンファン仲間の一人と箕面の駅近くのご指名のレストランで会うことになっています。ブーニンさんと同い年ですので50代前半。まだ彼女が女子大生だった時、亡命後初来日のブーニンさんを招いたファンクラブの集いがあり、東京まで行った帰りの夜行バスで一緒に帰った仲です。我が家にも何回か。ヤマハのピアノの先生をしながら、医療事務の仕事もしていて独身。ブーニンファンは15年ほどで卒業、今は二人とも別々の音楽家ファンです。趣味でバイオリンを始めて、一度我が家で聞かせてくれました。小さな楽器なのに大きな音が出るのに驚きました。その彼女と何年振りかで会うことになっています。