サントリーホールへ


東京二日目の6月3日、この日がメインで、ウェルザーメスト指揮クリーブランドオーケストラのベートーヴェン交響曲全曲演奏会の2日目です。午後1時半開場、2時開演、サントリーホール。午前中はチェックアウトの11時まで、ホテル近辺にいることに。

朝食後、そのまま外に出て、まず道路向こうの豊川稲荷へ。
おびただしい数の幟とお狐様。
一巡して、道路を渡った左の赤坂御用地の周辺道路へ。
皇宮警察官のお兄さんに、一周するとどのくらいですか?と質問。
3キロぐらいというお答えでしたか…よく覚えていませんが、
二人で、時計の反対周りに歩き出しました。
少し先の角を曲がると、赤坂離宮の白い門扉が見えてきました。上京の4,5日前、ホテルの場所が赤坂というので、赤坂離宮の見学ができないか調べてみたら、土日はダメになっていました。巨大な白い門扉から遥か一直線の向こうに建物が見えました。


また少し行くとXさんが「あちらに行くと上智大学、これは学習院初等科」と説明を。敷地の周りの土手のようなところに、白いホタルブクロの花が咲いていました。アザミも。朝早くから、ランニングしている人たちがいます。追い越されたり、向かいから走ってこられたり。日差しがだんだん強くなってきます。今日もいいお天気になりそうです。一周回ると丁度良い時間。ホテルに戻ってチェックアウトの準備。いよいよサントリーホールへ向かいます。

私たちがメスト氏の初来日の「運命」を聞いて魂を抜かれた??のは1992年のことでした。ロンドンフィルを引き連れて来日したテンシュテット氏が病気で予定された全曲を指揮したのが当時32歳のフランツ・ウェルザー・メストさん。たまたまNHKの録画で見て、それまでピアノ曲か、協奏曲しか興味がなかったのに、オーケストラ音楽に目覚めました。この時、同じ体験をしたのが神奈川のXさん。ブーニンさんのピアノからメストさんの指揮する管弦楽やオペラに関心が移ってしまいました。ロンドンフィル、チューリッヒ歌劇場のオペラ、ウィーンフィル、そしてクリーブランドと聞いてきました。メスト氏は、聞くところによると、ロンドンフィルとはコンマスはじめ楽団員さんとうまくいかず、ウィーンフィルとは総監督と意見が合わずでしたが、アメリカの地方都市の名門クリーブランドとは16年目だとか。ヨーロッパの楽団より新世界アメリカと相性がいいのかもしれません。写真は、初来日から3年後の1995年、ロンドンフィルの音楽監督として来日、スタニスラフ・ブーニンさんとピアノ協奏曲のリハーサル。阪神淡路大震災の年、オウムの地下鉄サリン事件の直後でした。

昨年の11月、Xさんから電話で来日の話を聞き、ベートーヴェン交響曲全曲演奏を知りました。もしもの時に日帰り可能な昼公演と第7番が魅力で6月3日を選びました。
それが、プログラムを読むと、楽団創立100周年を記念する”プロメテウス・プロジェクト”という壮大な構想の演奏会であるとは思いもよらないことでした。
舞台は、本拠地のクリーブランドのセヴェランス・ホールとウィーンの学友協会、そして日本のサントリーホールの3か所だけだそうです。
チケットを見ると後援はアメリカ合衆国大使館となっていました。

プログラムの組み合わせも考え抜かれているようですので書き出して並べてみます。(写真↓はホール近くの地下道で見た広告)


6.2(土)18:00
「プロメテウスの創造物」作品43 序曲
交響曲第1番 ハ長調作品21
交響曲第3番 変ホ長調「英雄」作品55
6.3(日)14:00
「エグモント」作品84 序曲
交響曲第4番 変ロ長調 作品60
交響曲第7番 イ長調 作品92
6.5(火)19:00
序曲「コリオラン」作品62
交響曲第8番 ヘ長調 作品93
交響曲第5番 ハ短調「運命」作品67
6.6(水)19:00
交響曲第2番 ニ長調 作品36
交響曲第6番 ヘ長調「田園」作品68
6.7(木)19:00
弦楽オーケストラのための大フーガ 変ロ長調作品133
交響曲第9番 ニ短調「合唱付き」作品125


”プロメテウス”と聞くと、日本人の私としては7年前の福島の原発事故と絡めて、どうしても人類の恩恵でもあり、また災いのもとでもある『プロメテウスの火』を思ってしまいます。ところが本来、ギリシャ神話のプロメテウスは、ゼウス神に抗って人間に火を授けた英雄なんですね。自分の身を犠牲にして人間の味方をしてくれた神様。プログラムの「プロメテウス」にはバイロン卿による一節の引用から始まっています:

そなたは人類の運命と力の象徴と兆しバイロン卿「プロメテウス」より


古代ギリシャ人たち、ルネサンス期の学者たち、そしてベートーヴェンと同時代を生きた哲学者たち・夢想家たちにとって、プロメテウスはーー今日の表現を用いるならばー−「スーパーヒーロー」だった。
プロメテウスは、神話が差し出すロールモデルであり、実行の象徴であり、ベートーヴェンが志向した「善を求める闘い」を進展させるためのメタファーであった。プロメテウスは絵画、詩、戯曲、バレエの中で描写され、市民たちや教師たちはプロメテウスのエピソードを物語った。さらに思想家たちは、プロメテウスの行動やその意味について議論を深めた。
そしてーーフランツ・ウェルザー=メストは、プロメテウスをめぐる思想と理想を音楽に託した。自らの世界観を作品の受け手と分かち合うために、哲学を音に置き換えたのである。

◎う〜〜ん、そういう演奏会だったのか〜です。今なぜプロメテウス、今なぜベートーヴェンと考えなければいけないわけです・・・メスト氏のメッセージをここに。なんとなく、今の無茶苦茶・安倍政権のもと日本人よしっかりせよ!と言われているような気がしてきます・・・


「プロメテウス・プロジェクト」にようこそ


 このコンサート・シリーズは、ベートーヴェンの音楽家としての非凡な才能のみならず、彼の作品ーーとりわけ交響曲と序曲ーーに託された意味にも光を当てる試みです。そのため私は、ベートーヴェンが熟知していたプロメテウスの物語と、そのメタファーを引き合いに出すことにしました。ギリシャ神話に登場するプロメテウスは、地上の人間たちに知識・勇気・力を授けるために神々に抗った英雄です。


 ベートーヴェンは、人類の思想と理想について熟考しながら、一連の深い信念を心の内で育みました。彼の楽譜に対峙すると、それらの真実ーー自らの世界観ーーを、紛れもない手法で音楽の中に組み入れていく作曲者の姿が浮かび上がってきます。ベートーヴェンは、その芸術を通じて、自身の政治的・哲学的な信念を世界に明確に知らしめているのです。


 ベートーヴェンは自らが「善を求める闘士」になることを欲しました。彼が生きたのは、ヨーロッパ全土が政治・社会・哲学の面で激動の時代を迎えた時期でした。当時、アメリカとフランスの市民革命が世界中で反響を呼び、政治の在り方、正義、自由、個人の価値をめぐる新たな思想によって支持されていったのです
<中略>



 このたび新たにベートーヴェンの音楽に向き合うに当たり、クリーブランド管弦楽団の奏者たちと全ての聴衆の方々が、この作曲家の信念の強さを聴き取ってくださることを願っています。そしてこのプロジェクトが私たち皆にとって、各々の人生や、今日の世界で各自が担うべき役割について、考えをめぐらせる機会となれば幸いです。


 私たちが生きる今日において、芸術は日々の景色に大きな影響をおよぼし、私たちの価値に気づかせてくれます。一日一日は、ただ何かを肯定するための時であるだけでなく、人類の善を求めて実際に立ち上がるための時でもあります。ベートーヴェンと同様、私もまた、人間の価値と潜在能力を強く信じています。あらゆる人々に内在する力と善良さこそ、ベートーヴェンの音楽に込められているメッセージであり、その可能性を伝えることが「プロメテウス・プロジェクト」の趣旨なのです。


                      フランツ・ウェルザー・メスト


 なぜ今、プロメテウスなのか、なぜベートーヴェンなのか。日本の現実にこそピッタリの演奏会だったわけですね。でも、これを読んだのは演奏会を聞き終わった帰りの新幹線の中でした。メスト氏、30代のころと変わらぬ本当に真面目、信念の人です。理屈はともかく、この日のメスト氏とクリーブランドオケが奏でたベートーヴェン第7番は、理屈を超越して疾駆する美しい天馬のようでした。重厚で悩めるベートーヴェンではなくて、むしろ逡巡とか怯懦(きょうだ)とは無縁の推進力に満ちた超高速の軽やかで美しい音楽でした。


テンシュテットの代役で振ったロンドンフィルの「運命」のビデオを我が家で何人かで聞き(見)終わったとき、息をつめての30分近くの後、みんなで感嘆の声をあげながら、ふ〜っと一息ついたものです。その時、今は千葉にいるFさんが、何年か経ったあとのメストさんを聞いてみたいと言いました。あれから26年経ちましたが、メスト氏の音楽は老成とは程遠く、今も若々しくみずみずしいベートーヴェンでした。二人で、圧倒されながら、サントリーホールを後にしました。Eさんが誘ってくれたおかげで、こんなに素晴らしい演奏を聴くことができました。そして、母の退院を控えて大変な時に送り出してくれた家族にも感謝です。エグモント序曲の出だしの予感に満ちたぶ厚い和音も忘れられない響きでした。

8時半ごろ我が家着。9時前にEさんに到着とお礼の電話を。早速情報が入っていて、前日の第1日目は天覧コンサートだったとか。あれ、メストさんとクリーブランドでは以前にも天覧演奏会がありました。サントリーホール内田光子さんとのピアノ協奏曲。あの時、休憩をはさんで後半はベートーヴェンの「英雄」でしたが、お二人は聞かずにお帰りになりました。それで?なのか、今回は後半の「英雄」交響曲を聞かれたそうです。お目当ては曲目だったのか指揮者だったのかそれとも管弦楽団だったのか…気になります。
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PS<参考ブログ>
ギリシャ神話の「プロメテウスの火」から「原子力の火」までがわかりやすいブログ『ギリシャ神話「プロメテウスの火」って一体何なの?』(https://irenekitakami.com/2017/02/20/
サントリーホールで全曲を聴かれた方のブログです:9番の最終日は満員だったとか!
・「ウェルザー=メスト+クリーヴランド管のベートーヴェン7番 超名演だった!」(http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/7-e599.html
・「フランツ・ウェルザー=メスト指揮 クリーヴランド管弦楽団 ベートーヴェン・ツィクルス 第 2回 2018年 6月 3日 サントリーホール 」(
https://culturemk.exblog.jp/27311309/