残暑お見舞い申し上げます

一週間以上お休みしてしまいました。無事、一周忌の法要を終えました。妹夫婦たちや姪っ子ファミリーや従弟たち、息子やその従妹たちとも再会を果たして、母も元気でこの日を迎えることが出来、とても喜んでいました。京都の東山浄苑の施設で一周忌の法要をして、実家のお墓と仏壇がセットになった前でもお経をあげてもらいました。母が、娘三人を嫁がせた後、絶える家の仏壇とお墓を残すわけにはいかないと、売り出されてすぐに買ったものです。石川県から来た従弟たちは関心と感心?の初体験だったようです。

沖縄の次男は仕事で出席できずでしたが、東京の長男が前日から泊まって、翌日7時の会議に間に合うように帰りたいというので、終わった後、同じく日帰りの姪と一緒にタクシーで京都駅へ。この姪と息子は30年ぶりぐらいに会って話したとかで、「おじいちゃんがいとこ同士の再会を作ってくれたんだなあ」と言ってたよと息子がメールをくれました。嬉しかったです。

年とともに、冠婚葬祭の不幸の方でしか姉妹も従弟同士も会うことが出来ません。その点、父が元気なころ、30年近くも、毎年のように私たち姉妹夫婦と、父がゴルフをしなくなってからはピンチヒッターに小松のプリンス(新天皇と同い年の従弟)を加えて、ゴルフ会をして、その間、ゴルフをしない者は観光をして共に過ごした機会を作ってくれたことに感謝です。父の最大のプレゼントだったと思います。お陰様で遠く離れた妹夫婦たちとも懇意になれています。

京都で石川県から来た従弟たちとも別れて、姪っ子ファミリーと駅向こうの従弟夫婦と我が家の3台の車で妹夫婦と姪を乗せて箕面の風の杜へ。偲ぶ会と称して食事会をすることに。この時のために、夫が遺品整理の時に見つけた父が描いた若いころの母の肖像画と父の写真と母の俳句を収めた写俳集と、百寿の会に向けて作ったアルバムや毎年のゴルフ会の旅行のアルバムを持参しました。

母はサービス精神旺盛で3組の娘夫婦のそれぞれのなれそめや、甥夫婦の恋愛時代のエピソードを披露して、大盛り上がりでした。

翌日は風の杜を引き上げて、姪っ子ファミリーと姪は滝へ行ったり竜安寺へ寄ったり、あとは我が家でお茶飲み話。お昼には12名そろって食事をして、それぞれ帰路についたり寄り道したり。写真はこの日のために3枚のガラス戸を外してテーブルをくっつけた時のもの。

翌日から、私はのどの痛みと声が出なくなり、代わりに熱が出始めました。置き薬の漢方薬を飲んでも治らないので、月曜日はお医者さんへ。午後からのお茶の稽古はお休みしました。今日は母の付き添いで皮膚科へタクシーで。夫はお盆の立山行きが台風で9月に延期。親せきが帰った後、準備して、25日の早朝、四万十川カヤック川下りにグループで出発。雨のため予定を1日早めて今晩戻ると連絡があったところです。

平熱に戻れば、またブログを書き始めたいと思っています。