中村哲氏最後のメッセージ(ペシャワール会報No.142)【1】

中村哲史亡き後ペシャワール会はどうなるんだろうと待っていた会報が先々週届きました。村上裕会長の「会員の皆様へーー中村哲先生の訃報に接して」によりますと、

第1に、ペシャワール会中村哲先生の意思を守り事業継続に全力を挙げます。どうぞご支援ください。遺志ではなく今もこころの中で生きておられる中村哲先生の意思として。

第2に、この事態を前に、これまで中村哲先生がいつもされていたように、少し遠い先を見て、決して後ろを向かぬよう、前を向いて進みます。様々な困難を超えてこられた中村先生は、今でもこころの中に語りかけてくださいます。その声と語り合いながら、会員の皆様と共にアフガニスタンの復興と平和のための事業を続けます。

中村哲さんが襲撃された日は、丁度、会報142号の発送をしようとしている日だったそうです。会報の中村哲氏のメッセージが最後となりました。書き移してみます:

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凄まじい温暖化の影響

ーーとまれ、この仕事が新たな世界に通ずることを祈り、

   来る年も力を尽くしたい 

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表 中村 哲

 

 全ての力を川周りへ

 川とにらめっこしているうちに寒くなり、河川工事の季節が再び巡ってきました。皆さん、お元気でしょうか。

 今冬の川の工事は、カマ第一堰(せき)右岸の補強工事に加え、マルワリード堰の抜本的な改修があります。既に七月から準備し、川の水が下がる十月下旬、「すべての力を川周りへ」と、一気に取り掛かりました。カマ第一堰は最新の堰でしたが、対岸に予期せぬ浸食が発生したため、急遽決定したものです。増水期の三月までに、全ての必要な工事を速やかに終えねばなりません。

 最大の標的はマルワリード堰で、堰だけでなく用水路の本格的なを改修が予定されています。これは建設後十六年を経て、ある程度の補強が必要になった部分があり、昨年秋の鉄砲水被害からの復旧もあります。また、何よりも今後の維持の上で、私たちが範を垂れておく必要があります。

 

 人々の生活の安全を

 マルワリード用水路は山腹を這うように作られています。鉄砲水や土石流が通る谷をいくつも通過します。谷と言っても、四千メートル級の山から流れてくる洪水や土石が、信じられないような勢いで下ってきます。日常的に通過するところはある程度対策が立てられますが、最近の降雨は予測が不可能で、大丈夫と思っていた箇所が鉄砲水で決壊したり、通過水量が予想をはるかに超えたりで、その都度マメに補修しながら守る以外にないのです。

 普通の国なら行政が責任をもって保全するのでしょうが、まだまだ途上のようです。ここでは安全とはテロ対策のことばかりで、人々の生活の安全が考慮されてきたとは思えません。今は地元民と協力しながら、将来の河川行政の確立を待つ他はないようです。

 猛烈な勢いの砂漠化に抗して、いまはとにかくこの希望を守り育てるべきだと考えてす。

 「緑の大地計画」葉さらに拡大の勢いで、来年からはバルカシコート堰、ゴレーク堰が着手されます。

 

 バザールが立ち並んで大混雑

 このところ、作業現場までの道路が信じがたい大混雑で、いつの間にか延々とバザールが立ち並び、それが常態となってしまいました。以前には考えられないことです。特にジャララバードからカマ郡に至る約二十km区間がひどい状態です。

 考えれば当然で、農地が復活した私たちの作業地(ジャララバードの北部三郡)が州内でもっとも住みやすい場所になっているうえ、これまで最大の避難先であったパキスタンが難民の越境を厳しく取り締まり、もう逃げていく場所がないからです(パキスタン自身が何年も不作と不況に喘いでいます)。

 

 干ばつは確実に進行

 水の仕事を始めてから十九年、干ばつは動揺しながら確実に進行しているように思われます。かつて豊かな農村地帯で聞こえたソルフロッド郡は砂漠化でみるかげもなく、スピンガ山麓一帯はわずかにドゥルンガダムからの用水路が細々と潤すにとどまっています。川沿いも気候変化で渇水と洪水が併存し、年々荒れていきます。温暖化の影響はここアフガニスタンでもすさまじく、急速に国土を破壊しています

 それでも依然として、「テロとの戦い」と拳を振り上げ、「経済力さえつけば」と札束が舞う世界は、砂漠以上に危険で面妖なものに映ります。こうして温暖化も進み、世界がごみの山になり、人の心も荒れていくのでしょう。一つの時代が終わりました。

 とまれ、この仕事が新たな世界に通ずることを祈り、真っ白に砕け散るクナール河の、はつらつたる清流を胸に、来る年も力を尽くしたいと思います。

 良いクリスマスとお正月をお迎えください。

       二〇一九年十二月 ジャララバードにて

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 ◆今年10月には、中村医師はガニ大統領よりアフガン市民賞を授与!

中村医師の言葉をそのまま書き移します:

「これがアフガニスタン復興のカギ」

 ---事業への深い理解を感じた授与式

    PMS総院長/ペシャワール会現地代表 中村 哲

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 十月七日午後五時三〇分から三〇分間、市民賞の受け渡し式が大統領官邸でおこなわれました。日本大使館から高橋副大使以下二名、アフガン政府側から報道官、直属の秘書数名が列席されました。質素な集まりで、報道関係者は招かれませんでした。

 式は終始和やかな雰囲気で行われました。印象的だったのは大統領の喜び方で、初めから長い抱擁の挨拶で始まり、よほど嬉しかったのでしょう、最大の英雄、最も勇敢な男、最大の貢献、などなどと私たちの仕事に対する激賞の言葉が続きました。四月に市民賞の発行を支持してから、選挙や内外の政治的変化で忙しく、やっと願いが叶ったという感じでした。

 以前経済大臣をしていた頃、水と農業の問題をずいぶん考えたことがあるそうです。しかし、どの援助も話や理論ばかりで、成功したものはなかったとのこと。昨年、英語で書かれた、PMS事業の技術書『緑の大地計画』を手に取り、何度も熟読し、「これがアフガニスタン復興のカギだ」と思ったそうです。普段六時間以上続けて読書をしたことはなかったが、引き込まれて八時間以上をかけて読んだとのことでした。

 既にPMS方式の一部は大統領支持で、クナール河流域で行われており、小生らも協力を約しました。小生らの主張のエッセンスも良く理解されており、「実際の経験を以(も)って成功させた」ことが何度も称賛されました。やはり実を重んじ、勇気と実行を美徳とする古風なパシュトゥンの面影があります。

 大統領はどこか高貴な感じがする好々爺(こうこうや)で、ユーモアのセンスがある方です。「狂った川を愛を以って制したのですな。川から離れられませんな」とも述べられました。

 最後に、大統領官邸にはいつでも来てよろしい、何か困ったことがあれば知らせてくれるようにと、秘書官たちにも言いつけ、再会を約してお別れしました。破格の待遇に、ジア先生(蛙注・PMS院長補佐)も喜んでいました。