◎「ハルメク」の12月号の「リレー連載/こころのはなし」は先月までの「奈良少年刑務所詩集」の寮さんに変わって生命科学者の中村桂子さんです。雑誌を受け取るとき、またいいお話が載ってるわよと言われました。確かに! 丁度コロナ禍もなかなか収まらない今読むには最適かも。ダイジェストと思ったのですが短くするには難しすぎてそのまま書き移しです:
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こころのはなし / 生命誌研究者・中村桂子さんと考える「コロナとの向き合い方」
第1回
”地球に優しく”なんて、人間の”上から目線”。
そこに気付くと暮らしやすくなります
同時に二人の娘の母の役目も務めてきた中村桂子さん。
人間も含めた地球上の生物全てに隔てのない視点から
自然との関わり方について3回にわたってお話しいただきます。
コロナ禍や災害が続いて、みなさんいろいろと我慢をしいられてつらい思いをされていることでしょう。私の専門の「生命誌」の立場からコロナとの向き合い方について考えてみたいと思います。
「生命誌」という言葉は聞きなれない方もいらっしゃるのではないでしょうか。もう60年以上も前のことですが、私が大学生の時にDNAの研究が少しずつ進んできました。アリもナズナも、生物は細胞でできていて、DNAを持っている。姿かたちは違っても、生きているということではみんな同じということがわかってきたのです。研究を進めるうちに、人間を含めた地球上の生物すべての生命誕生からの物語を”誌しる”していくことが大切に思えました。そこで30年ほど前に「生命誌」という言葉が頭に浮かんだのです。
バクテリアもヒマワリも人間も同じ祖先から遺伝子を受け継いだ仲間
それを一枚の扇で示したのが(下)の「生命誌絵巻」です。扇の要の部分が、地球に生命が誕生した38億年前。生命は海の中にいた一つの祖先細胞から、たくさんの方向に分かれて進化してきました。 多種多様な生物がいる現在が扇の縁に当たります。バクテリアもキノコもヒマワリも人間もクジラも、みんな扇の縁に横並びで、どれが優れていてどれが劣っているなどということはありません。 38憶年前の海の中にいた同じ祖先から遺伝子を受け継いできた仲間なのです。
(↓ ネットで同じイラストを見つけてコピー)
コロナや自然災害などの問題を考えるときに申し上げておきたいのは、私たち人間は自分たちがこの”扇の縁の外”にいると思っていませんか、ということです。自分たちだけはちょっと特別で、何でもできると思って、人間以外の生物や自然をコントロールしようとしているのです。扇の外はいわば神様の領域。人間は神様ではありませんよね。私たち人間も含めて生物は、みんなそれぞれ、この扇の中で、一生懸命に生きている仲間です。
自然を大切にとか、地球に優しくしようとか、最近よく言いますね。でも結局その言い方も自然や地球に対して人間が働きかけてなんとかするという考え方ですから、扇の外から偉そうに眺めている、まさに「上から目線」なんですね。それは違うでしょうと思うのです。私たちはみんな、この扇の中にいることに気づいて”中から目線”で見てみましょう。人間は自然の外でなくて、自然の中にいるのだと考えると、謙虚に現状を受け止めて生きることが出来ます。
自分を守ることが他人を守る
コロナの話に戻りますと、ウィルスは生物ではありません。生物は遺伝子が入った細胞からなり、自分の力で増殖しています。ウィルスは細胞の中に入っている遺伝子そのものが殻を被って動いているのです。増殖するには、生物の細胞の中に入り込まなければなりません。扇の中の生物の間をウロウロしている動く遺伝子です。遺伝子と聞くと、生きものの体内でじっとしているイメージをお持ちではないでしょうか。人間の遺伝子とか私の遺伝子といって、生きものとは違うものだと思っていませんか。そうではありません。遺伝子は生き物たちの間を動いています。そしてウィルスは遺伝子を運ぶ役割をします。
ある遺伝子を持つウィルスが哺乳類の体内に入り込み、胎盤ができたのです
ウィルスは、いろいろな生物たちの中に入ってあちこち動きながら、その生物に悪さもしますが、新しい性質を与えることもあるのです。例えば私たち哺乳類には胎盤がありますでしょう。哺乳類は約1億5000万年前に生まれたのですが、ある遺伝子を持っていたウィルスが哺乳類の体内に入り込んで、胎盤作りの遺伝子になったのです。赤ちゃんがお母さんの体の中で血液や栄養分のやり取りができるようになったのは、ウィルスのおかげなのです。
ウィルスとよく混同される細菌・バクテリアですが、細菌とバクテリアは呼び方が違うだけで同じもので、たった一つの細胞から成る生きものです。
このように生物とウィルスは長い間色々なかかわりを持ってきました。コロナウィルスはコウモリの中で落ち着いていたのですが、たまたま出てきてしまった。エイズやエボラも、人間がアフリカの森を壊して入り込んでいったのが人間に感染するようになった原因の一つです。それまでは局所的に存在していたウィルスを人間が引っ張り出してしまったともいえるでしょう。人間が勝手なことをし過ぎると、ウィルスも暴れることになるのは確かです。
21世紀に入ってから、次々と新しいウィルスが出てきています。ウィルスが全くいない状況は考えられません。根絶することができた天然痘は、人間だけに感染するウィルスなので、ワクチンで抑えることができたのです。しかし他の生物と人間の間を行き来して増殖するウィルスをなくすことはできません。
コロナに対して今できることは、皆さんがなさっているように、三密を避けて、マスクを用いて拡散しないように注意し、手洗いを続けることです。一人一人が自分の命を守るために行動することが他の人も守ることにつながります。人間の素晴らしい能力である思いやりを生かすときです。
安心して暮らすにはワクチンが必要ですが、新型コロナの性質はわかっていないことも多く、それを調べながら進めなければなりません。副作用のチェックも大事ですし、有効性と安全性の高いものを世界中の人が使える量を作るのですから大変です。これには国を越えての協力が必要なのに、今は競争とお金の時代なので、それがうまくいっていません。”協力の時代”にしなければと思います。
ヒマワリもクジラもみんな立派
地震や台風などの災害もつらいですが、コロナの場合、とても長く終わりが見えないという特徴があります。今の社会は時間がかかることを待つのが特に苦手で結果を急ぎます。人間には想像力と創造力があるのですから、これを機会に時間をかけて、経済と自然との関り方を考え直す時だと思います。
人間と他の生物に優劣はないとお話ししましたが、想像したり、創造する力を持っているのが人間だけなのは事実。他の人の気持ちを思いやることができるからこそ、ワクチンをつくるのも、経済や個人の利益優先になってしまわないよう気を付けることができるのです。
今回のコロナで、人間が生き物であることをあらためて思い返しました。機械ではないのです。地球上では、多種多様な生物が、それぞれに精いっぱい生きています。ヒマワリはヒマワリらしく、クジラはクジラらしく、38億年かけてたどり着いた自分たちの長所を生かしながら。他の生物のことをうらやんだり、優位に立とうとはしないのです。(以下9行略)
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