「エルピス」の佐野亜裕美プロデューサーに聞く「『どこにもないドラマ』を追求」(朝日新聞)

(本日2つ目。「エルピス」放送の前に)

 

 ◎12月10日土曜日の朝日新聞付録「be」のトップ「フロントランナー」の写真を見て驚きました。タダならぬ真剣な眼差しの女性の顔です。「どこにもないドラマ」を追求. という大きなタイトル文字に「テレビプロデューサー 佐野亜裕美さん(40歳)」とあります。背後に写っているテレビ画面は、ぼんやりと長澤まさみさん⁉ じゃ、あれ!? そう、「エルピス」です。トップ頁と3頁を紹介です。

(「人を楽しませるのが好き」。エンディングロールまでこった仕掛けのあるドラマを作る。プロデューサーの仕事はドラマの全てに責任を持つことだという=東京都港区)

テレビプロデューサー 佐野亜裕美さん(40歳) 

     「どこにもないドラマ」を追求

◎記事を読むとこの人自身の歩みが「エルピス」に描かれているという気がしてきます。まず記事中の「プロフィル」から:

★1982年、静岡県生まれ。幼いころから物語を読むのが好きだった。小中時代はアニ   メやBL(ボーイズラブ)の漫画・小説、レオナルドディカプリオに、高校時代は「高校教師など野島伸司さんのドラマに夢中になる。

★2000年、東大文化1類入学。教養学部超越文化科学科(表象文化論専攻)へ進む。

★06年、TBS入社。

★13年、「潜入探偵トカゲ」で初めて連続ドラマをプロデュース。「ウロボロス~この愛こそ、正義。」「おかしの家」「99.9-刑事専門弁護士」などを担当。

★17年、「カルテット」を手掛け、翌年エランドール賞・プロデューサー賞受賞。

★20年、関西テレビ放送入社。21年の「大豆田とわ子と三人の元夫」で翌年大山勝美賞受賞。

★22年、業務委託でプロデュースした「17歳の帝国」(NHK)が放送。「エルピスー希望、あるいは災いー」が放送中。

★気分転換は料理と海外旅行。

 ドラマ好きをうならせる質の高い作品を次々と世に送り出してきた。今は放送中の「エルピスー希望、あるいは災い―」(関西テレビ制作)が話題を呼んでいる。冤罪疑惑の真相を懸命に追うテレビ局の人々とともに、権力を前に委縮するマスコミの実態も炙り出す。朝ドラ「カーネーション」などで評価の高い脚本家の渡辺あやさん(52)と6年越しで温めてきた作品だ。

 視聴率や経済効果が優先される昨今のドラマ制作の現場に会って「どこにもないドラマ」をめざし、オリジナルの脚本と丁寧な作りこみにこだわる。

 物語に携わる仕事をしたいと2006年、TBS入社。小説と漫画に夢中になる一方で、想像の世界と実際の社会の乖離、自分の居場所のなさに悩み続けた。自分には価値がないと思い続けたが、16年、脚本家の渡辺あや(52)さんと出会い、人生が変わる。連続ドラマの脚本を依頼、当初のテーマはラブコメ。話が弾まず、忖度が蔓延する日本の政治の話で大いに盛り上がる。渡辺さんに本当は何を作りたいのか問われ、実在の冤罪事件に着想を得た社会派のテーマに変更。それが今放送中の「エルピス」。

企画は通らなかったが、全話の執筆を依頼。主役は長澤まさみさんを想定して、3話まで出来た脚本でオファーすると是非出たいという返事。各社を廻っても放送は決まらず。でも、この作品は面白い、絶対に放送するという信念は揺るがず。ドラマの現場を離れる人事が出たのを機にTBSを退社。「エルピス」の制作に背中を押してくれたこともあり、関西テレビに入った。

 渡辺さんが評価する点は「良い作品を作りたいという欲望の強さ」だ。ドラマ造りほど面白い仕事はないと思っていて、65歳まで現場に立つつもり。

                         (以上、少し端折りながら)

1面のつづき「フロントランナー」3面です

写真のキャプション:「エルピス」の脚本を書いた渡辺あやさん(右)と台本を前に打ち合わせをする。撮影が終わった後も放送されるまでチェックを重ねる=東京都中央区

★つづきはインタビューです(本文中の太字色字by蛙)

「自分たちが一番知る世界を描くのは当然」

    佐野 亜裕美さん テレビプロデューサー

―――「エルピス」は企画から放送まで6年もかかったそうですね。

「カルテット」を準備していた2016年に初めて渡辺あやさんに会って、以来、島根県に暮らすあやさんのところに20回ほど行きました。打ち合わせはほどんど雑談。当時あやさんは私の第一印象を「しょぼくれた柴犬が来た」と。その頃、私は会社では組織の環境に合わず、辛かった。自信もなかった。あやさんはプロデューサーとして何がしたいのか、あなたは何者かと聞いてきた。心に言葉が刺さり、涙がポロポロでたことも。聞くだけでなく叱咤激励してくれた。

 その結果、自分の価値は自分で決めるのだと思えるようになったのです「エルピス」は価値がないと他者からレッテルを貼られた主人公2人が自分の価値を自分で認めていく物語です。主人公たちには私自身が投影されていると言えるかもしれません

  口説く、謝る

―――「エルピス」ではテレビ局の様子を赤裸々に映しています。描くのに勇気は要りませんでしたか。

 勇気?どうして? 私の中にはストップするブレーキが存在しないので、描くことが大変なことだとは思わないのです。自分たちが一番よく知っている世界なんだから、それを描くのは当然。その方が面白い。自分のところを批判的に描けないのに他のところを批判的に描けるのかという思いがある。ドラマはフィクション。今回、「エルピス」のメディア側の人々は一人一人、完全な悪人ではなく多面的に描かれた。怒られることでもないし、自分たちでブレーキをかけるようなことでもないという確信があります。

―――「エルピス」「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」……、キャスティングが絶妙です。

 「エルピス」の長澤まさみさんはアンバランスさが良いなあと。自分の内側にあるエネルギーと外に表出している像が合っていない。本当はすごいエネルギーがあるのに…それを出し切ったら破裂しそうな。でもそれは私が勝手に思っているイメージかもしれない。

 基本的には俳優と個別に親しくすることはありません。「プロデューサーは裁判官たれ」。TBS時代、そういう教えを受けました。現場の様々な場面で常に客観的にジャッジしなければならない立場にいるからです。

「カルテット」では松たか子さんと満島ひかりさんのかけ合わせを観たかった。松さんって天性のコメディエンヌだと思うんです。でもそうした松さんが見られるドラマはこれまでないと思いました。坂本裕二さんに書いてもらいたいと思い、二人に出て欲しいと手紙を書きました。プロデューサーの仕事の大半は、口説くこと、謝ることです。

  連帯したい

―――ご自身がかつて職場で受けた性暴力についてツィッターにあげました。

 今年、映画界できちんと性暴力を告発するために女性たちが声をあげたことに個人として連帯したいと思いました。プロデューサーというある部分では権力を持つ者、内側にいる人間が何かを発信するべきかと。ツィッターの記事自体は友達向けに数年前にフェイスブックに書いていたことです。再掲載しました。

 自分もこういう経験をしてこうやって生きてきちゃったけれど、それに対する今こう言った反省があるということを若い人たちのためにも、今闘っている人のためにも言っておこうと。勇気を出して告発した人たちが叩かれるという風潮が日本にはあります。それに対する抗(あらが)いと自分にできるささやかな連帯です。

                       (文・林るみ 写真・吉田耕一郎)