映画「春に散る」を観て・・・

◎昨年、我が家は何故か沢木耕太郎ブームでした。新刊の「天路の旅人」を回し読みしていたこともありますが、その前に夫は図書館から借りて「深夜特急」を全部読んでいましたし、その文庫本を見て帰省していた長男が、この本を読んでシベリア鉄道に乗ったと言い出して驚きました。大学生の時、シベリア鉄道でモスクワへ、ドイツのハンブルグからタイ経由で帰国という一人旅の話を聞いて、なんで?と思ったことがありましたが、その動機となった本が沢木耕太郎の「深夜特急」だったなんて初めて聞く話でした。私が読んだ後、夫も「春に散る」、文庫本の上下巻を読んでいましたので、今回、梅田まで出て、映画「春に散る」を観ました。

老いた元ボクサーでアメリカで実業家として成功した広岡仁一(佐藤浩市)が心臓病を抱えて帰国、かつて四天王と言われた仲間にシェアハウスで共に余生を送ろうと連絡を取る話が上巻。下巻は、ふとしたことで知り合った若いボクサー黒木翔吾(横浜流星)に教えを乞われて共に世界チャンピオンの夢を追う話が下巻。

映画は大胆に、上巻を飛ばして、下巻のみを今の世相に合わせて改変して、『今しか無い』という翔吾と、病を抱えた仁一の生き方・死に方に焦点を合わせたボクシングシーンのある濃密な人間ドラマになっています。

朝日新聞8月18日夕刊、W主演の一人、佐藤浩市さんの記事です:

★8月25日、同じく朝日の夕刊の映画評です:

★原作の改変では、仁一たちかつての仲間を含む四天王は一人減らして三人に、その内の一人を片岡鶴太郎が演じています。佳菜子(ノーメークに見える橋本環奈さん、好演)は、原作ではスピリチュアルな存在ですが、映画ではより現実的な女性に。大分で父親を看取った後、叔父の仁一のところに身を寄せ、子ども食堂と関わったりします。翔吾も、ジムの会長の息子ではなくて母子家庭の息子となって、ハングリー精神が旺盛になっています。付け加えられたラストシーンこそ、同年の瀬々監督と佐藤浩市さんの若い世代へのエールであり、失うものがあっても「今しか無い」生き方のもたらす結果かも。佐藤浩市さんも、悔いのない生き方の結果、翔吾はこの先ノックダウンされることはないと書いています。

★死に行くものとこれからを生きる若者、老いと若さを対比させて『生きること』を描いた映画。よく生きることがよく死ぬことに繋がるということを101歳の母の大往生で経験させてもらったので、映画のテーマに共感しますが、これはそういう教訓めいたお話では全くなくて、若者の今、この一瞬を生きることに賭ける「今しかねぇんだ」の爆裂の勢い、悔い無き生き方が周囲を巻き込む生き様の清々しさに圧倒される映画です。人生の先達が指導を乞う若者に指針を与え導くという面ももちろんですが、若さが老いたる者に与える喜び、生きること死ぬことへの勇気を若者から得るという相互の関係が描かれます。円熟した大人の演技で魅せる佐藤浩市さんが本当に魅力的ですし、粗野な青年がメンターに導かれて成長していく過程を生き生きと演じる横浜流星、そして本物にこだわる入魂のボクシングシーンのリアル。涙のシーンは有るものの見終わった後は時間が経つにつれ、なんだか爽快な気分になっている自分に気づきます。

★ボクシングシーンは俳優であり指導者でもある松浦慎一郎の指導・監修。パンフレットによると、昨年の映画「ある男」と「ケイコ 目を澄ませて」では、ボクシングだけでなく筋力トレーニングや減量なども指導とか。主演の横浜流星は映画の撮影が終わった今年1~3月の「巌流島」の稽古と舞台公演が終わった後の6月、プロテストを受けライセンスを取って本気度を証明しましたが、共演の坂東龍太、世界チャンピオンの窪田正孝も本気のボクサーで試合シーンはリアルそのもの。圧巻の世界戦の11ラウンドは演出ナシの横浜&窪田二人のアドリブだったとか。

横浜と練習を開始した松浦は、横浜から「今まで松浦さんが作ったことのないボクシングシーンにして下さい。そして、プロから見てカットで誤魔化していると思われないようにしてください」と頼まれた。キャスティングが難しかった世界チャンピオンの中西役は窪田正孝がその挑戦を受けてくれた。相当のプレッシャーだったはずだが「流星くんに遠慮されたくない」と厳しい訓練に耐え抜いた。

最後の世界タイトルマッチは4日間にわたって撮影され。第11ラウンドは現場でアドリブに変更された。「事前に決めた手を使わずに、約束事なしで挑戦したらどうだろうと二人別々に相談。流星君に「僕が作ったことのないシーンはこれだ」と持ち掛けると『やりましょう』と。リスクはあると説明しましたが、窪田君も『流星君なら大丈夫でしょう』と。俳優たちの様子を逐一観察し、話しかけ、止められるのは僕だけだという責任感で見守りました。

“本気”のボクシングシーンに魅せられる!横浜流星、窪田正孝が『春に散る』で挑んだリアル|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS

★仁一が翔吾に「テレビはNHKしか見ないからな」と言ったり、「ヤモリか!?」というシーンがあって、面白かったです。
★見終わった後、この相田冬二氏のnoteを読みました。とても共感出来ます。

書き下ろしの章を加え、全5章に纏めました。 『春に散る』の横浜流星が体現する「現代の若者」の心理と真理。|相田 冬二(Bleu et Rose) #note
1 瀬々敬久監督の『春に散る』は、プロットだけ見ると、よくあるボクシングものだ。 現役時代、挫折した元ボクサーが、才能と意気に溢れる若者のために、コーチとして、も
う一度、立ち上がる……わたしたちは、そんな拳闘映画を沢山観てきた。もはや見飽きていると言ってもいい。ところが本作は、違う。俳優たちの演技が、ありふれた設定を裏
切っていく。