アンティークのステンドグラス

15日の「デンドロが咲いた」で、日経「私の履歴書近藤道生さんの記事から木村上等兵の「音もなく我より去りしものなれど書きて偲びぬ明日という字を」という辞世の短歌を引用したところ、23日の同コラムにて訂正がありました。
訂正に至る経緯、その内容が大切だと思い、私ももう一度とりあげたいと思います。

 戦犯として処刑された木村久夫上等兵について「私の後任の隊長の命令でインド人夫婦を処刑した」と書いたが、そのS隊長のご子息から真相を認(したた)めた手紙をいただいた。手紙にはSさんが戦犯としてシンガポールの刑務所にいたころの手記が添えられていた。それを読んで私が伝え聞いていたことがまったくの間違いだったことを知った。 
 Sさんは木村上等兵の死と無関係だったばかりでなく、カーニコバルの島民を人間扱いせず無謀な命令を繰り返す参謀と対峙したために任を解かれていた。かろうじてそのインド人の妻と子どもの命だけは救ったのだが、かばってきたはずの島民の証言によって、拷問の末に十年の判決を受ける。
 六十年以上にわたってSさんを誤解していた自分を恥じ、Sさんに心からおわびする。そして戦場にあって人間性を失わなかった軍人がここにもいたという事実が、私の中に残る戦争の傷のひとつを癒してくれたことに対して感謝せずにはおられない。

新聞コラムを読んだ息子さんから上等兵の上官ご本人の手記の内容が近藤氏に伝わり、60年の誤解がとけたわけで本当によかったと思います。
そして、ここでも、やはり戦争は悲劇だと痛感。島民にとっては善意の日本人も区別なく「敵」であったということ。
つくづく戦争はしてはいけないと思います。

先日、節目の誕生日を記念してアンティークのステンドグラスを近くの雑貨屋さんで入手しました。