日曜日のテレビ番組から

NHKスペシャル深層崩壊が日本を襲う」。台湾で起こった山崩れ、一つの村が飲み込まれてしまいます。
表層で起こる山崩れや土砂崩れでなく、深層で大規模に起こる山の崩壊というのが新しい。
大雨のあと、あるいは大雨に伴って起こる、ここ10数年で顕著な災害で、地球温暖化が原因だという。
災害の為の備えもあって、その訓練もしていて、それでもとなると天災で、無力な人間にはどうしようもない。

ETV特集よみがえる戦場の記憶−新発見600本の沖縄戦フィルム
こちらは3つほどのエピソードに分けて、新発見のフィルムに映っている人を追跡調査したもの。
どのエピソードも辛い記憶を辿る話です。戦場で結婚式をさせられ、それをフィルムに取られ宣伝に使われた夫婦の話。
沖縄戦で初めて捕虜になった中年夫婦が映っていて、それを観た親戚の人の話では、その夫婦は解放されたあと日本軍兵士に「スパイ」だと言われ、山の中に連れて行かれ殺されたという。人口500人の阿嘉島に特攻船マルレの基地があり、300人の日本人兵士がいた。その元兵士たちと島の人々の交流が72年の沖縄返還後から始まった。
毎年米軍が上陸した湾で慰霊祭が行われて島民も参加している。最初の年、部隊の最高責任者だった人が深々と頭を下げて「昔は色々ご苦労を掛けて申し訳ありませんでした。私は詫びるために来ました」と言って涙を流した。「なんで殺したんだ」と追求したら「殺せとは言ってない、適当に始末しろと言った。ただし、大変悪い事をした」と言った。「あの時、謝らなければ今はなかった」。それから38年間、島の小学校への寄付を続けたり、交流を続ける中で、住民の反発も和らいでいった。「今は、あの6ヶ月も飢餓の沖縄戦をともに闘った戦友として付き合っている」という沖縄の人の話が印象的でした。「軍隊は許せないが、兵士個人は別だ、末端の者は自分も含めて同じ歯車」だという。
孤児院で育った人のエピソードも見ていて辛いお話でした。当時孤児院の先生をしていた人たち・ひめゆり部隊の女学生たちが名付け親だったとかで、自分探しの果てに会うことができて・・・というものです。

アメリカ軍がプロパガンダの目的で結婚シーンを撮ったり、孤児院のシーンをとったりしていた中に、遺体をなぶりものにしたり残虐シーンばかりを寄せ集めた一本が見つかるという話があります。本来はきれいごとであるはずのない戦場のこれは当り前の一面であって、意図的に省いたものがたまたま処分されず残ってしまっただろうということでした。

天災はどうしようもないと思えますが戦争は明らかに人災。だから悔しいし悲しいし、繰り返してはならないと思います。

三つ目は「ソロモン流 密着”藤原竜也の役者魂” 井上ひさしに捧ぐ舞台
井上ひさしの遺言とも言える舞台作品「ムサシ」のロンドン公演で主役の藤原竜也を密着取材した番組。
バービカンシアターは13年前、15歳で蜷川幸雄さんに抜擢されて「身毒丸」でデビュー公演した藤原くんにとっても思い出の劇場。私は93年に初めての海外旅行でロンドンへ行った時、ここのバービカンホールを友達と訪ねていました。その意味でも一寸嬉しい場面がありました。
このあとの埼玉での日本公演の様子をブログで読ませていただきましたが、今回、愉快なダンスシーンを垣間見たり、迫真の演技の様子を見たりできたのでとてもよかったです。勝地涼くんの小次郎も小さすぎないか?と心配でしたが大丈夫立派な小次郎ぶりでした。
井上ひさしさんは9条の会の発起人の一人でもあって、復讐の連鎖を断って寛容の精神で平和をという願いが、イギリスだけでなく、次回の公演先のニューヨークでも、このお芝居を観る人たちに通じてほしいと思います。
蕾がたくさんある中で1輪だけ咲いている  桔梗