スペイン旅行(1.マドリッド−3)マイヨール広場と王立植物園


スペインに入るにはマドリッドバルセロナの2つの空港があります。
右は「地球の歩き方」に載っていた参考コースですが、今回の旅は、マドリッドプラド美術館)⇒コルドバ(メスキータ)⇒グラナダアルハンブラとシェラネバダの山の村)⇒バルセロナサグラダ・ファミリア)というコースにしました。

さて、マドリッドイベリア半島の中央、海抜655mの高原にある、人口約313万人の首都。坂の街でした。9世紀後半にムハンマド1世によってイスラム征服地の北を守る砦として建設されたが、11世紀後半にはカスティリャ王国のアルフォンソ6世によりキリスト教徒の手に奪回された。1561年にフェリペ2世がこの地に宮廷を移し、マドリッドは全世界に広大な領地を持つハプスブルクスペイン帝国の中心となった。

マドリッド初日の22日(月) プラド美術館を出て、3時に街角のバル&レストランでランチ。一皿4人前分ほどのボリュームにビックリ。5時にホテルに戻ってシャワーや洗濯をすませて一服。私たちも2時ごろに昼食、日差しの強い午後はシエスタ(昼寝)、いつまでも明るい夜は8時か9時ごろに夕食、というスペイン時間にすることに。
今回、夫はタコの足三本で抱っこちゃんみたいに何かに絡ませて写真を撮ることが出来る三脚を手に入れていました。ホテル前で早速4人で写そうとカメラを付けたタコの足を街燈の柱に絡ませていたら、どこからか一人のおじさんが、「なんだなんだ、何やってんだ、頼めば済むことだろうが」と言わんばかりに駆け寄ってきて「お前も一緒に写してやるからあっちへ行っとれ」と夫を手で払って「ワッハッハ」と高笑い。私たちも大笑い。「すみませ〜ん!」と言って、撮って戴いたのですが、画像を見て??? 見事にピンボケでした。

さて、向かった先はマヨール広場。1619年にフェリペ3世が完成させたという4階建ての建物に四方を囲まれた広場。中央にあるのがフェリペ3世の騎馬像。石畳の風格ある広場です。
広場から歩いているうちに出くわしたのがサン・ミゲル市場1916年に建立された青果市場だったのが、2009年に新装開店してグルメスポットに生まれ変わったとか。市場内には様々な食材の店舗が約30あり、カウンター席でワインとタパスを味わえる。生ハムやソーセージ、オリーブ、チーズなど特産品の専門店から、伝統菓子や季節のスイーツを扱う店まで盛りだくさん。すごい賑わいでした。

そこから坂を上るように歩いて行くと王宮が見えてきました。この門の前ではタコ足三脚を石畳の上に据えて無事4人で写真に納まりました。この王宮はフランスのヴェルサイユ宮殿で生まれ育ったブルボン王朝第1代の国王フェリペ5世が、1734年に焼失したハプスブルク王家の宮殿跡にフランンス・イタリア風の王宮建設を命じ、1764年に完成したとのこと。この後、また大賑わいのマイヨール広場を通り抜けて帰ったのですが、私は足が疲れて動けなくなるくらいでした。地下鉄なら梅田から天王寺まで歩いたんじゃないかと思うほどでした。

夜は、遅いランチにお腹がすかず、カルフールで軽い食材を用意して8時から私たちの部屋でミニパーティ。トランクを重ねてバスタオルで覆って即席のテーブルに。椅子を1脚、持ち込んでもらって、お二人は椅子に、私たちはベッドの端に腰かけて、実質第一夜の祝杯を上げることにしました。盛りだくさんな一日に話が弾み、10時になって”じゃ、明日また”とお開きに。
6月23日(火)マドリッド2日目。朝一番にソフィア王妃芸術センターへ。ピカソゲルニカがお目当て。ホテルから歩いてすぐのところでした。10時前に着いて、18世紀の病院をモダンに改装したという建物の前の広場の椅子に腰かけて時間待ち。どうもおかしいと近くのインフォメーションでF氏が確認すると休館日だとか。火曜日なのに〜でしたが、諦めて、近くのアトーチャ駅まで行って移動日の明日乗る列車の乗り場の下調べををすることに。
アトーチャ駅は21日タクシーで前を通った時に円形の建物とドーム屋根の二つの建物が見えました。ドームの方は今は駅舎というより温室のようになって背の高い植物が植えられ池にはたくさんの亀が居て、これまたたくさんの店が集まっていました。新しい円形の建物が駅舎で、2階の方がアンダルシア方面に向かう中長距離列車の乗り場。バッゲッジコントロールという荷物のX線検査を受けてから乗るという事も解りました。ついでに地下鉄の駅や乗り方も確認。 


さて今からどこへ、という事で、プラド美術館近くの王立植物園ティーロ公園へと私。
図書館で借りてきたという最新版の「地球の歩き方」やホテルでもらった地図で道を探すF氏と、山で愛用のコンパス付きの時計で夫が方角を確かめながら歩いている私たち。
今回は、行けども着けず、途中で道行く人にF氏が尋ねると、近くまで来てはいるもののエントランスは反対側ということで、鉄柵で囲ってある周りを随分歩いてやっと入り口に到着。

入り口近くに花壇はあったものの、
また庭師の姿が見えるものの、
鬱蒼と茂る大木が目立つ一寸寂(さび)れた感じのする公園でした。
そのせいか小鳥のさえずりがよく聞こえます。
小鳥たちの鳴き方は、これは話し言葉や歌声で、きっと仲間と交信しているに違いないという鳴き声でした。

最奥にはぶどう棚や夾竹桃のアーチもありました。
入り口に向かって帰る途中の木陰のベンチで一服。今回もタコ足三脚を利用して4人で写真。


戻る途中に、赤白ピンクの夾竹桃が文字通りこぼれるように咲いているところがあり、その陰に温室がありました。手前から乾燥したサボテン、奥に行くほど熱帯雨林の植物が。
この植物園、フェルナンド6世の命によって1755年に造られ、1774年にこの場所に移された。世界中から集められた3万種以上の植物が植えられているとか
随分歴史の古い植物園。
道理で、どの木も古木・大木だったわけです。